第29話 哀楽懐古と、あいらぶないと


 意識が干渉する余地の無い記憶領域に埋もれていたその思い出、大剣の名称は『シュガーテール』。


 それ以外の情報をわたしは知らない。

 いや、思い出せないと言う方が正しい。


 正体不明の武器の名前を呼ぶと、目の前の空間にそれが召喚された。

 わたし好みの展開すぎてちょっと興奮するな。


 両手でしっかりと構えた大剣だったけど、重さを感じさせない。

 まるで綿で作られた剣を持っているみたい。


 多分、そういう能力を内包しているんだと思う。

 持ち主に対して、自らの重量を伝達さえないようにできる力が。


 こんな大層な武器、わたしはいつの間に手に入れていたんだろう。

 不思議で不気味で仕方ない。


 それにしても、可愛らしい名前に反して外見が厳つ過ぎる。

 シュガー感皆無のグロテスク造形。


 わたしが名付け親ならもう幾分かはイカす名称にしてあげられたのに。

 『虚空』みたいな感じで、例えば禍つなんとか、みたいな。


 ま、今はそんなこと考えている場合じゃないか。


 けど、本当にラッキーだったな。

 脇の甘い相手で助かったよ。



「手加減せずにさっさと殺しとけばよかったのに」



 自立人形ゴーレムに告げる。

 お前が手を抜いたおかげで、わたしは立ち上がるチャンスを手にしたぞ、と。


 何を思って醜い人間の真似事なんかしているのかは分からないけど、弱い者を痛めつける趣味はこういう時に仇となるよ。


 その意味を理解したのか、無機質な自立人形ゴーレムはこちらを睨みつけているように見える。


 確信した。

 こいつには自我がある。

 わたしの言葉を理解している。


 だったらやりようはいくらでもある。



「お前の最速も、対面している今なら余裕で受けきれる気がするよ」



 挑発を嘯く。

 弄んでいた相手にこんなことを言われるのは、とっても頭にくるでしょ。


 そして、予想通りに自立人形ゴーレムは動き出した。


 加減の存在しない速度で、肩を当てるように進撃してきている。

 躊躇無しの最速を以って、確実に仕留めにきている。


 防御力がおなざりなわたしは、きっとこのタックルを受ければ死んでしまうだろう。


 だけど、わたしの両手には禍々しい大剣が握られている。

 それが究極の業物なのか、はたまた見かけ倒しのハリボテなのか。


 それを確かめるために試させてもらうよ。


 大剣を頭の位置で構え直して、カウンターのタイミングを伺う。

 その一瞬を見逃さないように、全神経を眼球に集中させた。


 思い一撃を受けた直後にも関わらず、わたしの体はとても軽い。



「なんとかなりそうかも」



 頭の後ろまで大剣を振りかぶって、突進してくる自立人形ゴーレムの到着に合わせて勢いよく振り下ろした。


 自分でも驚くほど、善行のタイミングでカウンターを決めた。


 すると、世界が縦に回転した。

 何周も何周も回っている。


 いや、違う。


 回っているのはわたし自身。

 車輪のように回りながら宙を突き進んでいるんだ。


 脳みそが揺さぶられて吐きそうになる。



「おええええええぇぇえ」



 少し吐いちゃったかも……。


 そのまま大回転を披露しながら、この大きな空間を斜めに上昇しながら横断した。

 天井に刃が突き刺さることで、何とか停止する。


 どうやら剣を振り下ろした威力で、わたしが振り回されてしまったらしい。

 重さはわたしに伝わらないのに、遠心力や運動エネルギーにはしっかりと体が持っていかれる。


 味わったことのない気持ちの悪い感覚、初めての経験で脳みそが混乱している。


 物理法則を無視していることから、『シュガーテール』の特性でわたしの剣を振るう力が強化されているっぽい。


 だとしても、わたしはこの特性を乗りこなすだけ。

 主人を振り回すじゃじゃ馬には慣れっこなんだ。


 大剣にぶら下りながら、自立人形ゴーレムの様子を確かめる。


 巨体の接触に合わせて大剣を振るったが、斬ったという手応えは無い。

 がしかし、その左肩にしっかりと裂け目が入っているのが見えた。


 何が起きたかは分からないけど、回転の最中で斬撃を与えることができていたらしい。

 斬った感触を残させないほどの切れ味とは驚いた。



「やるじゃん、シュガーテール」



 刃の側面をそっと撫でる


 つくづく思う。

 どうしてこんな強力な武器を忘れていたのか。

 それとも、忘れるよう記憶を封じ込めていたのだろうか……まさかね。


 わたしの悪い癖だ。

 嫌な方へと思考を傾けてしまう。


 戦いに集中しよう。

 半端な気持ちで勝てる相手ではないのだから。


 さて、今度はわたしから攻撃させてもらおうかな。


 天井から刃を引き抜き、そのまま自立人形ゴーレム目掛けて落下する。

 腰に大剣を据えて、今度は振り回されないように。

 しっかりと柄と横腹を密着させて落ちる。


 それに気付いた自立人形ゴーレムは、すかさず右手を引いた。

 あの突きを発動する準備だ。


 攻撃を以って攻撃を制す。

 そんな信念を感じる正拳突き。


 愛剣『虚空』を破壊したその拳。

 思い切りの良い突きが再びやってくる。


 けどね、もうその手は通用しないよ。

 シュガーテールはお前の体を斬り抜ける。



「うおらああああ!!」



『シュガーテール』は自立人形ゴーレムの握られた右手のど真ん中を真っ二つにした。

 そして、威力を減衰させることなく拳から肘へ、肘から肩へと抜ける。


 そのまま巨人の背中を捉えて、何度も何度も斬撃を放つ。

 ゼリーを裂くように、わたしの大剣はぬるりと頑丈の体を斬っていた。


 それでも、傷口は次々と塞がっていく。



「ほんとしつこい!!」



 だけど、『シュガーテール』による刹那の斬撃はその再生速度をかろうじて上回っていた。

 悲しいけど、『虚空』よりずっと強い……。


 いけると思う。

 この大剣ならば、腕輪を回収できる。


 次の一手で終わらせる。


 自由落下で落ちるわたしは、着地の直前に自立人形ゴーレムの足首を切断した。

 二足歩行を行うお前の弱点を、確実に仕留めた。


 一瞬で回復させてしまうのかもしれない。

 だけど、その一瞬でわたしは勝てる。


 わたしは膝を屈ませて、思い切り垂直に飛んだ。

 狙うは核周辺、今度は防御不可能な背中側から斬る。


 絶大な威力を誇る『シュガーテール』を振り上げたその時だった。


 何かが割れるような大きな音が聞こえた。

 宙を舞うわたしより下の位置で。


 それは、自立人形ゴーレムの腰が捻れた音だった。

 この化け物は、腰を起点にして上半身を真反対に反転させたのだ。


 そうだ、こいつは人形ではあるが人間ではない。


 石の化身、自立人形ゴーレム

 自由自在に体を動作させることなど雑作もないはず。


 さらに、その身には魔力たっぷりの腕輪を宿していて、傷を瞬時に治療することが可能ときた。


 わたしは想像するべきだったんだ。

 予測できる範疇以外のイレギュラーを。


 自立人形ゴーレムは嘲笑うような雰囲気を漂わせて、左手で核と腕輪を内包している胸部を守り、右手でわたしを払い除けようとした。



「それでも、わたしのやることは変わっていない」



 腕輪を取り戻すんだ。


 まずは、振り上げていた大剣の軌道を強引に変えて、わたしの側面から払われた右手を切り刻む。

 さらに、魔力を込めた斬撃をノールックで放って右腕を消滅させた。


 見据えるは腕輪の内包されているその一点。


『シュガーテール』の勢いで体が吹き飛ばさそうになるが、根性で持ち直させ改めて核の横、自立人形(ゴーレム)の左肩周辺に狙いを定めた。



時折ときおり!!」



 わたしの完成された剣技は、見事にその力を発揮した。


 発揮したが、狙いを定めた位置と大幅にズレた部分を切り落としていた。

 自立人形ゴーレムの左腕の肘から先が、ゴトンと落下する。


 狙ったのは胸部付近。

 確実に当てることができたはずなのに。


 そして、ようやく気づく。


 わたしの腹部に激痛が走っていることに



「あぁ、ああああああああうぐっ」



 熱い、熱い、熱い、痛い、痛い、痛い痛い痛いいたいいたい。


 わたしは落下しながら痛み在処を確認する。



「あっ、ああ、ああああ……」



 無い。


 体が、わたしの足が、無い。


 腰から下が、存在していない。


 消えている。


 失くなっている


 どうして。


 腹から何かが出ている。

 血液が流れている。


 かんがえたくない。


 ……。


 落ちていく中、わたしは自立人形ゴーレムを見上げた。


 おかしい。

 切り刻んだ筈の右腕が残っている。


 違う。

 右腕が、その右肩から《二本》生えている。


 その内の一本は、下方へと降り下されていた。


 石で出来た手の先が赤で濡れている。

 わたしが身に付けていた衣類が付着している。

 肌色の肉と骨が付着している。


 斬撃の直前に、わたしの体は抉られていたんだ。


 憎い、自分が憎い。

 直前に、予想外の攻撃を予測すべきだったと後悔した筈なのに。


 相手は人間ではない、規格外の化け物だと認識を改めた筈なのに。


 結局わたしは何もできなかった。


 殺される。


 こんな物騒な大剣のことを思い出した矢先、わたしはその謎すら解けずに死んでいくんだ。


 お腹の傷口から垂れ流している液体が、零れ落ちた内蔵が、雪を踏んづけた時のような汚い音を立てながら地面に打ち付けられている。


 世界がぼやけている。


 脳が朦朧としている。


 ……。


 あれ、これって夢の中だったっけ。


 ……。


 ……。


 わたしの人生は、ここで終わる。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。



『今日はご主人様の大好物を作るから楽しみにしていてくれ』



 目が冴える。

 失せかけた意識が、再起する。


 まだだ、まだ終わっていない。



「みゅんみゅんが……待ってるんだから!」



 体なんてどうなったって良い。


 わたしが帰らないと、多分みゅんみゅんは悲しんでくれる。

 それだけは駄目だ。


 もうあの人は十分悲しんだんだから。


 わたしは、あるかどうかも分からない腹筋に力を込めてギリギリ握ることのできていた大剣を、思い切り振るった。


 体が回転する。

 大きな刃と共に回転する。


 体の中にあったものをそこら中にぶち撒けながら、わたしを見下しているそいつの元へ上昇し続ける。


 奥歯を食いしばる。

 心臓を動かす。

 涙を堪える。



「心閉ざして目を瞑る。私の世界に風は吹かない。あやめて。定めて。絡めて。なだめて。時間を折り曲げて、またこの思い出を食べてみたい」



 いつかの日、わたしが口ずさんだその詩(うた)に魔力を込めて。


 時折。


 『シュガーテール』はその歌に応える。

 体の内容と一緒に落ちていったなけなし魔力を吸い上げ、最高峰の斬撃を自立人形ゴーレムの左胸目掛けて放った。


 時空ごと斬り裂く。


 石の巨人は

 左肩から胸筋部分にかけてを両断され、体勢を崩した。


 その傷口から白銀の核と腕輪が露出する。


 わたしはそれを、巨体の少し上で見ていた。

 有り余る縦回転で上昇した結果、目指すべき胸部を通り過ぎてしまった。



「ぐぅっ!!」



 回転方向の逆へと力を込めて運動を無理やり停止させる。

 痛くない、痛くない、痛くない。



「ここで、決める」



 全身全霊の斬撃によって出来た大きな傷には、自慢の再生能力も間に合っていない様子。


 わたしはただ一つ、みゅんみゅんの落とし物目掛けて落ちるだけ。


 自立人形ゴーレムの胸部に開けられた大穴の中で、腕輪とは別にキラリと光っている球体がある。


 白銀の球体。

 自立人形ゴーレムの核部分。


 腕輪の回収と同時に、これも破壊しなければ。

 ここでこいつを殺す。


 霞んだ視界に影が映る。

 二本の右腕が、わたしを叩き落とそうと勢いよく向かって来ていた。



「もう!邪魔しないでよ!」



 その場で暴れるように大剣を振り回して、迫り来る拳を一つ破壊する。

 だけどもう一つの手を斬ろうとした時にはもう、振り絞る力すら残っていなかった。



「あ……やば」



 その石の掌は、わたしの右肩から腹へ向かって抜けた。

 肉も骨も管も神経も、わたしの大事なものを根こそぎ掘っていった。


 けどね、自立人形ゴーレム

 お前に一つ教えてあげる。



「喧嘩中は……焦んない方……がいいよ。



 払い落とされて勢いよく落下するわたしは、そのまま目的地へと到達した。

 両断した胸部へと。


 何とかその大きな傷口に顎でしがみつく。

 残った左手で力無く握っている『シュガーテール』の柄頭を、白銀の空体へ軽く当てた。


 わたしの軽い突きを受けた『シュガーテール』は、その勢いを増加させて自立人形ゴーレムの核を粉々に砕いた。


 これで、この巨体は機能を停止させる。


 後は、腕輪を取り除くだけ。


 ……。


 眠い。

 とても眠い。


 えっと……そうだ、腕輪を取るんだった。

 あれ、右手はどこだっけ。


 ごめん『シュガーテール』一旦離すね。


 手放した大剣は落ちていく。

 地面の方で大きな音がした。


 空いた左手で、腕輪を掴み取る。



「返して……貰うから……みゅんみゅ……の……だいじな………………」



 これで、終わり。

 やっと終わった。


 後は帰るだけだ。


 でもその前に、ちょっとだけ寝よう。

 瞼が勝手に降りてくる程度には眠いから。


 ……。


 みゅんみゅんの作るお夕飯、食べたかったな。

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