第28話 返してよ、その腕輪

 エリゼ視点


 遺跡の中を進んでいると、外観と中身の広さが一致していないことに気付いた。

 原理は分からないけど、こんな魔術が使うことが可能なら倉庫に困らないんだろうなと思う。


 入口から続いている一本道の通路には、そこかしこに青い光源が散りばめらている。

 その様子が星空に見えたりして、なんだか落ち着くような気がする。


 少しの間、そのオルゴールが似合いそうな道を歩いていると、景色の境目に衝突した。


 そこは通称大部屋と呼ばれている箇所で、これまで歩いて来た通路よりも倍以上は大きい空間が広がっていた。

 あからさまに戦場を思わす造りではあるが、その部屋の中には何も存在していない。


 そんな真っさらな空間の中に一際異彩を放つ違和感があった。


 床の一部に不自然に空けられた大きな穴がある。

 そのまま下の階層まで貫通してそうな大きな穴が。


 よく観察すると、その他にも壁が崩れている部分が多々ある。


 おそらく、わたしが到着する直前にここで激しい戦闘があったんだと思う。



「もしかして自立人形ゴーレムさん倒されちゃってる感じ?」



 一足遅かったか。

 だとしたら、腕輪の方も回収されてる可能性大。

 ギルドに戻って買取り作戦にフェーズ移行しないと。


 ま、ここまで来たことだし念の為この大きな広間を調べておくか。

 もしかすると、この惨状の中でもどこかに転がっている可能性もあるし。


 広大の空間を持つ部屋の中心へと向かい、足を進ませる。

 わたしの足音が部屋中に反響して、保たれていた静寂を崩す。


 部屋の中央へ到達しようというときに、微かに音が聞こえた。

 わたしの靴が床を蹴る音ではない。


 足音に混じって、全く異なる音が聞こえた。

 石が削れたような、掠れたような無機質な音が。


 その直後に、細かい砂のような粉に小石が混じってパラパラと上から降ってきた。


 あー……とっても命の危機を感じている。

 出来れば思い過ごしであって欲しいな。


 欠片が降ってきたであろう天井を見上げる。

 いるんだろ、そこに。


 見上げた先には、石の巨人が、自立人形ゴーレムがいた。

 その四肢を天井に貼り付けて、こっちを見下ろしている。


 巨大な石の化け物は明らかに敵意を向けている、このわたしに。

 そして、そいつはわたしの視線に気付くや否や、天井を蹴り飛ばして急降下を選択した。



「上えええええええええぇええぇええ!?」



 そんな古典的な登場の仕方するのかよ、ここのガーディアンは。


 見た目で判断できる重量的に、どう足掻いてもわたしがその巨体を受け止めることはできない。

 避ける以外の道は死に繋がっていることを意味している。


 わたしは、咄嗟に背中から地面へ倒れるように身を落とした。

 ある程度後方へ傾いたところで、地面を蹴り飛ばして強制的にその場を離れる。


 大砲玉のように飛ぶわたしは、体を横に回して空を見ていたお腹を裏返す。

 そのまま踵を地面に押し当てて、勢いを殺す。


 靴底から火花を散らしながら、全力のブレーキを行った

 振り返り、わたしが一瞬の内に離れた地点へと視界を移す。


 そこには、両手を握り合わせて勢いよく地面へ振り下ろした自立人形ゴーレムがいた。

 重い一撃によって石材の飛沫が散っている。


 そいつは、間一髪で回避できたわたしをジロリと睨みつける。


 勝手に倒された後なんだと思って油断してしまった。

 今度からは、ちゃんと部屋中を確認してから足を踏み入れないと。


 みゅんみゅんの話通りならば、腕輪を堕としたのはこの大部屋で間違い無い。

 そして、凶暴化した自立人形ゴーレムもきっとこいつだろう。


 腰に携えた剣、『虚空』を鞘から抜いて巨大な敵へと刃を向ける。



「腕輪を取り込んでると思うんだけど、それ、返してほしいな」



 魔力を蓄えている『奇跡』と呼ばれる腕輪を手にした結果、自立人形ゴーレムは極限まで強化されたんだとわたしは予想している。



「死にたくないから、殺さないでね」



 直後、わたしは跳躍する。

 両手で構えた『虚空』を斜め後ろへ振りかぶりながら、標的へ急接近を試みる。


 狙うは魔力が溢れ出しているその胸部。

 その一点を狙って刃を走らせる。


 自立人形ゴーレムはその大きく硬い右腕で斬撃を防ごうとするが、わたしにそんな防御は通用しない。


 防御に使われるその腕を踏み台にしてさらに跳んだ。

 相手の胸、その斜め上から斬撃を放つ。



時折ときおり!!」



 単語詠唱コマンドを口ずさむ。

 それは、詠唱を大幅カットし威力を最小限に抑えた術式展開。

 これで十分だ。


 わたしの剣技に、ほんの少しの後押しをするだけでこの斬撃は完成する。


 自立人形ゴーレムへと刃を当てたその瞬間に、斬撃は空間ごと胸部の岩肌を抉り取った。


 その傷口から、七色に輝く煌めきが放出される。


 自立人形ゴーレムの核となる白銀の球体が露出している。

 そこに、金属の輪っかのようなものが引っ付いているのが見える。


 煌めきはその輪っかから発されているものだった。


 密度の高い魔力を感じ取れるそれが、みゅんみゅんの落とし物。

『奇跡』と呼ばれる形見の腕輪なんだと思う。


 それ目掛けて全力で手を伸ばす。

 あと少し、あと数センチメートルのところで斬撃によってできた傷口が閉じ始めた。


 岩が増殖するように傷を再生させているんだ。


 反射的に手を引き、そのまま自立人形ゴーレムの体を蹴飛ばして距離をとった。


 とんでもない再生速度だ……。

 一瞬で決めないといけないと勝ち目ないかも。



「やっぱり持ってるじゃん。返してよ、その腕輪」



 対話が通じない相手だと理解しながら、無駄な言葉を吐いた。


 それを合図にして、自立人形ゴーレムはわたしに向かって走り出した。

 目にも止まらぬ速さで距離を縮めてくる。


 詰められて来られたとしても、その挙動を見て次にどう行動を移すかを考える程度の時間を作れるほど離れていたはずなのに、石の巨人はもう目の前に迫ってきている。


 予想だにしない速度で迫って来られるもんだから、普通に息を止めてしまった。

 その大きな体でこの高速移動を矛盾しているだろ。


 脊髄が命じるままに体を動かす。

 質量の塊にすり潰されない回避ルートを瞬時に見極めて、走り出す。


 要領の悪いわたしが刹那で導き出した答えは、向かってくる巨体の隙を突くことだった。


 勢いよく走り出したわたしは、両足の間を最小限の走りですり抜け、そのまま前傾姿勢の自立人形ゴーレムの体を駆け上がる。


 できる限り、持てる最大の速さで全員に剣を斬りつけながら走る。

 だけど、連撃は意味を成していない。

 術式の後押しが無い斬撃は自立人形ゴーレム相手に機能していなかった。


 厄介すぎる。


 自立人形ゴーレムの背中から飛び降りて、巨体が突き進む反対方向へと移動をする。


 初撃でぶちかました時空を斬るオリジナル術式『時折ときおり』。

 人気小説の二次創作のノリで考えてみた術式なためか、妄想を強引に再現しようとして魔力消費が激しいのが難点。


 だけど、今のところ奴に傷を与える唯一の手段だ。

 それを連続で当てることが出来れば、なんとか腕輪を取り返せるかもしれない。


 核である白銀の球体を破壊してしまえば、即座に任務完了で最高の気分で帰れるんだけどなぁ。


 それも、わたしの技量じゃ不可能っぽい。

 核と腕輪は恋人同士のように密着していたのだから。


 頬を優しく叩いて気を入れる。


 ミュエルさんの忘れ物、返してもらわなくちゃ。


 突進を終えた自立人形ゴーレムがこちらに振り返る瞬間を狙って、わたしは再び跳躍した。


 今度は成功させる。狙うは胸部。

 核と腕輪を避けるように斬撃を与える。



「ときおっ」



 単語詠唱コマンドが終わる前に、視界一杯が拳に占拠された。


 それは、斬撃をもろともしない攻めの姿勢の表れ。

 攻撃にはより強い攻撃を与えてねじ伏せる。


 そんな強い意志を持つ岩の拳が、とんでもない勢いで突き出されたのだ。


 どこでそんな力技を学習したのかは知らないけど、こういうことされると立ち回りだけが取り柄のわたしは身動きができなくなるんだよな……。


 繰り出そうとしていた斬撃は、火力の高い打撃で押し返された。


 さらに、刃でもろ突きを受けてしまったわたしの愛用武器『虚空』の刃は、根本で二つに折れそのまま木っ端微塵になってしまった。


 その威力がわたしに伝わらないように、剣の柄から手を離した。

 死ぬ気で自立人形ゴーレムの横腹付近を滑空しながら通過する。


 何とか地面へと着地すると、思わず絶叫してしまった。



「ちょっ!?『虚空』がーっ!!武器壊すのは反則でしょうが!!」



 鍛治屋の安売りで購入した、割と丈夫な剣が破壊されてしまった。

 名前まで付けて愛着も湧いていたのに、なんてことだ。


 全身の穴という穴から汗が吹き出しているのが分かる。

 この瞬間、わたしは叛逆の術を持たない圧倒的弱者になってしまったのだから。


 これじゃお得意の痩せ我慢もしてらんないな。


 仕方ない、今日のところはここまでにしておいてやるか。


 来た道を引き返すために、全速力で出口を目指して走り出した。

 全速力で高速移動をしてしまえば、きっとこいつは追いついて来れない。


 速さという部分においては、ギリギリ対抗できているとこれまでの打ち合いで判明している。

 だから、わたしが捕捉されることはない。


 ……。


 その慢心がいけなかった。


 走るわたしの横に、巨大な腕が見えた。

 岩肌のようなゴツゴツした腕が。


 自立人形ゴーレムは、すぐ後ろまで迫ってきている。



「ですよねー」



 逃がしてはくれないか。

 おそらく、わたしはこの腕に払われる。


 全身の力を抜く、出来るだけ、極限まで。

 抵抗する筋肉の強張りを解く。

 最小限のガードだけを残して、わたしは攻撃を受け入れた。


 払うような攻撃を受けた直後、瞬きをする程度の時間が経過しただけだというのに、わたしの体は壁に叩きつけられていた。


 痛い。

 体に痛みを感じるのは久しぶりかも。


 テンペストにいる頃は、ずっと補助役してたから体が鈍っちゃってるな。

 わたしも、みんなを守るように戦っていたかったな。

 今はそんな過ぎたことに嘆いてもしょうがないか。


 でも、もうどうしようもない。

 わたしを逃さないようにと追ってきたあの速さ。

 明らかにこれまでの攻撃を凌駕したものだった。


 もしかして、こいつはわたしを弄んでいるのか。

 わざと手加減をして痛めつけているのか。


 なるほど、力を手にしたことで心まで凶暴化しているんだな。

 自立人形ゴーレムに心があるかどうかなんて知らないけど、多分そうなんだと思う。


 これからどうしようかな。

 夕飯までには、屋敷へ帰らないといけないんだけどな。


 もう、今までのわたしとは違うんだ。

 わたしの帰りを待ってくれる人がいる。


 だから、何としてでもここから脱出しないといけないんだ。


 でも、武器はなくなっちゃった。

 大した魔術も使えない。


 為す術無し女じゃん。


 ……。


 ……。


 ……。


 ある、わたしにはまだ武器が残っている。


 どうしてわたしは忘れていたんだろう。

 それがいつかは分からない、どこなのかも分からない。


 だけど、確実にわたしはその武器と契りを交わしていたんだ。


 何も覚えていない。

 どういう状況で契約を行なったのか。

 何の為に契約を行なったのか。


 そんなことはどうでもいい。


 今、わたしがしないといけないこと。

 それは、その名前を叫ぶことだ。



「来て、シュガーテール。甘いお話を聞かせてよ」



 その名は『シュガーテール』。

 それだけを思い出した。


 その刹那、目前の空間に大剣が現れた。


 それは、禍々しくも見たもの全てを魅せる紅蓮の剣。

 亜空間より空中に召喚されたその大剣は、重力を思い出したかのように地面へと落ちてゆく。


 音もなく、その大いなる剣は刀身を床へ突き穿ち聳え立つ。


 わたしは片手で大きな柄を握りしめ、大地を切断しながら引き上げる。

 露出した剣の全長は持ち主であるわたしの身長を裕に超えていた。


 思い出せないほど遠い昔、遥か昔に契約したわたしの武器。


 現れた大剣の影の下に紛れるわたしは、全身の露出を確認すると、両手で握ってもなお有り余る長い柄を掴み刃を構えた。


 大切な人の大切な物を利用している相手に向けて、巨大な剣を構え直す。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る