第26話 リューカちゃんマジ天才魔術師

 

 セレナが本気で呆れている。

 常に慈愛に満ちている彼女の表情が、過去一で曇っている気がする。



「いや、まあ、ええと……初対面なら間違えてもおかしくないですよ。だって彼女、ほとんど男装ですし、顔も端麗で中性的ですし。けど、あんなに一緒にいれば、ましてや同じ宿屋で暮らしているのに気づかないなんて……」



 ぐうの音も出ない。


 正直、あたしは恋愛とか性愛とかに疎い。

 そういう知識の収集は魔導書漁りをしていた時に、たまたま紛れ込んだ恋愛小説を読んだことがあるだけ。


 アラン様は……アランは女であるあたしを口説いたわけだから、そりゃウブな世間知らずは普通男だと思うわよ。


 けど、女が女を口説くこともあるみたいね。なるほど。

 ていうか、結局アランはあたしを口説いてはいないわね。

 騙しただけだ。


 今気付いたけど、あたしはそこまで性別を意識していないのかもしれない。

 多分、あたしを魔術師として見出してくれた者なら、男だろうが女だろうが、人間だろうが魔族だろうが、そんなちっぽけなことなど無視して心を射止められていたんだと思う。


 そして、それがアランではなくエリゼだったわけなんだけど……。

 いや、この話はここで止めておこう。

 色々と狂いそうになる。


 それにしたって、そういう知識が皆無人間なあたしにとって、アランの日常は少し刺激的すぎた。

 そりゃ、馬鹿なあたしも性別を勘違いしてしまう。


 きっとあれは世間一般で言う普通ではないんだろうな。



「毎晩女を部屋に連れ込んでたりしたから、ずっと男だと思ってたわ……」


「女を貪る女性もいますよ、その逆もまた然り。世界に尺度を合わす必要はありません。大切なのは、自分の中にある普通です。その定義を拡大させていくことが、生を豊かにさせるコツだったりします」



 この女から久しぶりに聖女らしい言葉が聞けた気がする。

 実際のところ、あたしの頭は説の八割も理解できなかったけど、なんとなく言いたいことは分かった。


 多分、自分を信じろってことよね。

 多分そうよ。

 多分……そう、よね?



「さて、治療も終わりましたしそろそろ上を目指しましょう……あ」


「え、何!?あ、って何!?」



 嫌な予感しかしない。

 例えば、セレナが落ちてくる際に動きを封じた無人の鎧がその結界を破った、とか。


 あたしは漆黒の杖を構えて、いつでも魔術を発動できるように準備を整える。

 大切な杖を抱えて視線を鎧がいる方へと向けた。


 って、絶賛魔力枯渇中だった。

 さらに言うと、聖女様も敵が誰でろうと攻撃することができない。


 もしあたしの予想が的中していたとしたら、成す術無くやられるんですけど。



「残念なお知らせです。階層の守護者を封じていた結界が時間切れで消えました」


「でしょうね!?だと思ったわよ!!普通に絶望!もう魔力無くて戦闘不能!!」


「やかましいですよ、馬鹿女。ほら、手ぇ出してください」


「え、何する気?こんな緊急事態に手品披露するわけじゃないでしょうね」


「繋ぐんですよ。私と!あなたが!手を繋ぐ!早く!」



 何を言っているんだこの聖女様は。


 ついさっき生涯純潔宣言をしたばかりでは。

 それをこんな一瞬の内に破ってしまって良いのか。


 いやいや、手を繋ぐぐらい友達同士なら普通のことよ。

 少し意識しすぎたわね。



「いや、あたしらはまだそう言う関係ではないと言うか何というか」


「私の聖なる魔力をあなたに流すために手を繋ぐんです。ていうか、手繋ぐ程度の関係ではありますよね?」



 そう言うことか。

 ちょっとはしゃいじゃった自分が恥ずかしい。


 魔力を分け与えるなんて芸当が可能なら、あたしはそれを喜んで受け入れる。

 あたしの夢は魔術師。

 もう一度その舞台に上がれるのなら、なんだってしてやろうじゃないか。


 今までの葛藤を忘れるように、躊躇なく手を握った。

 暖かいその掌と冷たいあたしの掌を結ぶ。



「うーん、なんかしっくりこないですね……そうだ!」



 すると、セレナは強引に手の繋ぎ方を変えてきた。

 違いの指を絡めるように、隙間を埋めるように。



「は?これは……何?」


「いわゆる恋人繋ぎ、ですね!」


「いわゆるを言わなくて良いわよ!どうしてわざわざそんなことをするのよ!」


「魔力の伝導効率を最大限にするためです」



 初めての握手が恋人繋ぎになるなんて、喜んで良いのかわからない。

 複雑な気分だわ。


 石造の床が削れる音が聞こえた。


 結界から放たれた守護者が使命を全うし始めた音だった。


 鎧が動き出す。歩き出す。走り出す。

 重量増し増しな体を思わせない速さで近づいてくる。


 大きな剣、クレイモアの先端を地面に引きずりながら向かってくる。



「では、聖魔力の譲渡を開始します。お覚悟ください」


「上等だわ。さっさと流しなさいよ!」



 じゃあ頂くわよ。

 生産地聖女様現地直送の特性聖魔力。


 その優しさと苦労を掴み取れる慈愛の右手が、あたしの頑固で愚かしい左手へと魔力を伝え始める。


 体が痛む。心が痛む。魂が痛む。


 聖なる魔力はあたしに罰を与えてくる。

 罪を精算するように全身の管を焼いて回っている。


 熱い、苦しい、痛い。


 だけど、これで許される訳ではない。

 あたしは、もしかすると人生をかけてあいつに償い続けないといけないのかもしれない。


 だから、あたしはこの痛みを感じてはいけない。

 許された気になってはいけない。


 負けてはいけない。

 この程度であたしの罪は拭えない。


 漆黒の杖の先で対象を捉える。


 これは八つ当たり。

 上の階ではあんたのお仲間にお世話になったから、そのお返しをくれてやるわ。



「今度はあたしの全霊を披露したげる」



 大きく息を吸って、肺を魔力で満たす。


 さっきは魔力が足りなくてちっぽけな火の玉になっちゃったけど、本当はもっと凄いんだから。



「際限なく降り頻る涙よ、その息吹を大いなる空へと還元せよ。フレイムアンカーっ!!!」



 杖の先、その少し向こうに灼熱の焔が顕現する。

 あたしの全長を優に超える大きな炎の槍が発現した。


 自立人形(ゴーレム)に撃ったそれとは、比較対象にならないほど偉大な術式が発動されたのだ。


 それは回転を始め、強大な熱風を部屋中に発生させる。



「あっつ!?暑い熱いあつい!!」



 まさか自分の魔術の熱に脅かされることになるとは。

 はっきり言って、あたしがこれまで発動してきた魔術の中で、一番威力の高い術式だと思う。


 これも、エリゼが贈ってくれた杖のおかげか。

 あいつは一体どこでどのようにしてこんな立派な杖を見つけてきたのだろうか。


 それもまた、次に会った時に聞き出せば良い。

 今は、ただ敵を倒すことだけに集中しよう。


 工程を最終段階へ。

 狙い穿つは階層の守護者、無人の鎧。


 既に防御態勢に入っているようだけど、あたしの魔術は簡単に防げないわよ。



「発射」



 回転力が加わった炎の槍が、大部屋を遮った。

 そこら中を溶かし、抉りながら進み続ける。

 ただ一点、標的を狙って。


 鎧は、その大きなクレイモアを体の前へ両手で構えている。

 その身を守るために。


 だけど、それはきっと無駄になる。

 その選択は間違っている。


 焔は全てを破壊し進むのだから。


 術式は、無人の鎧と接触した直後に暴発した。


 爆音が鳴り響く。

 空間が震える。

 黒煙が立っている。


 余韻が消えて、フレイムアンカーが突き進んだ軌跡が丸見えに。

 その跡に残るは、高温へ至った石の赤だけだった。


 鎧の姿は微塵も存在していない。

 何も残っていなかった。


 それはあたしの勝ちを意味している。


 緊張で止まっていた息を吐き出す。

 一時の安堵が訪れていた。


 あたしは横にいる聖女様の方へ顔を向ける。


 繋いだ掌が手汗でびしょびしょになっているのなんて、もうどうでも良い。

 まずはセレナに一言浴びせてやらないと。



「あんた、最悪ね。聖魔力を聖女以外の人間に流すとどうなるか知ってたでしょ?」



 あらゆる書物を読んできたあたしですら知らなかったその事実。

 聖魔力はきっと聖女以外は扱いきれないんだ。



「もちろん。だけど、私は最悪ではありませんから。罰を願ったのはリューカさんですよ、私はそれに答えただけです」


「そんなこと口にしてないわよ……」


「おっしゃる通りで。ただ、罰がほしそうな顔はしてましたけどね」



 セレナはニヤリと笑いながらそう言った。


 この小悪魔め。


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