第25話 真実と向き合うことにする
セレナは首を縦に振った。
あたしを見つけてくれた人間が、アラン様ではなくエリゼであることを肯定したんだ。
なら、そういうことなんだろう。
聖女は嘘をつけないのだから、あたしの推測が的を得ていると断言して良い。
夢を見ている気分だ。
セレナの肯定は、これまで忠誠を誓っていた人間に騙されていたことを示唆しているのだから。
まだ納得はまだできていないけど、理解はできた。
アラン様が何を考えていたかは何となく予想できる。
あたしに割と辛辣な態度を示していたのも、容易く切り捨てられたのも。
全部全部、あたしは良いように利用されていただけなんだ。
きっと、エリゼに対する嫌がらせのために。
感情がぐちゃぐちゃだ。
何も見えていなかった自分が嫌になる。
「今、ちょっと隕石に潰されたい気分だわ」
「駄目ですよ、エリゼさんに再会するまでは何としてでも守り抜きますから。隕石程度なら聖女パンチでかち割っちゃいますよ!」
「それはありがたいわね」
エリゼに会うまで、か。
そんな日が果たして来るのだろうか、あたしは許されるのだろうか。
違うわね……。
あたしはもう一度会わなければいけない。
会って話さないと。
あたしの推測で固められた仮初ではなく、本人の口から真実を話してもらわないと。
そして、あたしの口から言わなければいけないことが山ほどある。
まずは手始めに、セレナに聞けることを聞いておかないと。
あたしは真実と向き合わなければいけない。
「ねぇ、あんたからはどこまで聞いて良いのよ。あれでしょ?アラン様に頼み事として色々口外できないようにされてるんでしょ?」
聖女には、その偉大な肩書きと力を引き換えに善行を積み続けないといけない特性が生じる。
つまり、慈善活動を行う義務が生じると言うこと。
街の掃除はもちろんのこと、困っていそうな人がいれば即座に対応し、負傷者が出れば無償で治癒をする。
しかも、これを全て好意で行わなければいけない。
さらに、聖女には頼み事をされると断ることができない縛りがある。
例えば、テンペストに勧誘されたのもアラン様がセレナに頼んだからだとか。
犯罪や殺生、他を害することだけは拒否できるらしいけど、今回のような秘密の口外禁止というケースは拒めないらしいわね。
セレナは、あたしの質問に対して笑顔で答えた。
「大丈夫です。さっきのように契約の穴を潜れば何とかなりそうですから。リューカさんが私に聞きたいと頼んでくれれば、可能な範囲で答えさせていただきます」
どうやらうちの聖女様は肝が据わっているらしい。
だったらとことん聞いてやろう。
あたしには、知らなければいけないことが大量にあるんだから。
「それで、エリゼが抜けた直後からあたしの魔力が減っちゃったわけだけど、これはどう説明してくれるのかしら」
いや、待てよ。
ということは、あたしの魔力が増えたのもエリゼが原因なのでは。
魔力が増え始めたのはテンペストに加入する少し前。
もし、その頃にエリゼから何らかの干渉が合ったとすれば説明が付く。
正直、あたしの見えない場所からずとエリゼに見られていたと考えると心底気持ち悪い。
けど、魔術師の夢を手助けしてくてれたという結果だけを見れば何とか許せそうね。
続々とエリゼがあたしを見つけ出してくれたことを裏付ける根拠が揃ってくるおかげで、胸の痛みが増す。内臓がどよめいている。
今までエリゼにしてきたことを考えると、あたしが傷つくのはお門違いも甚だしい。
そう思っているのに、あたしの感情は落ち続ける。
セレナは、うーん、と唸るように悩む素振りを見せて勿体ぶるように返答した。
「えっと、エリゼさんには、自身も知らない特異能力が宿っているんですよ」
「得意能力?あんたでいう聖女の力みたいなもののこと?」
「それとはちょっとだけ違うんですけど、まぁ大体近いですね」
このタイミングであたしの治療が終わった。
聖女様は白い杖を自分の胸元に抱き寄せて、後方で封じられている無人の鎧を確認した。
まだ時間はありそうですね、と前置きをするとあたしの目を見据えて言う。
「エリゼさんには、親しい者の真なる願いを叶える力が備わっているんですよ」
「は?」
あまりにも現実離れした言葉が聞こえた。
しかもそれをさらっと言う物だから、聞き間違えすら疑ってしまい思考が停止している。
願いを叶えるなんて力を宿しているのなら、もう何でもありじゃない。
エリゼは世界の半分どころか、全てを手にしてしまう力を持っていることになるわよ。
困惑しているあたしを置いて、彼女は話を続ける。
「叶えることのできる願いの規模や対象者の条件を網羅している訳ではないんですけど、エリゼさんには願いを叶える力が備わっていることだけは断言できます」
「え、ごめん全然話に着いていけていないんだけど。それ、マジ?」
「マジもマジの大マジです。聖女が嘘付けないこと知ってますよね?」
そうなんだけど、確かにそうなんだけど、そうじゃないじゃない。
だって、今まで何の役にも立たないと思っていたサボり魔のエリゼが、実は強大な力を持っている特別な存在でした、なんて言われても信じれるわけがない。
「だって、あいつそんな感じ見せてないわよね!?ずっとフラフラしてただけよ!?」
「だから、エリゼさん自身も知らないんですよ。とっても機密性の高い情報なので私以外に知っている人はいません」
「なんで教えてあげないのよ?そんな力があるって知ったら絶対エリゼも喜ぶわよ」
「教えることはできないんですよ。願いを叶える力ですよ?もしその情報が流出すれば、悪用を企む人間が一斉にエリゼさんに群がります。
それに、エリゼさんがその力に溺れてしまうかもしれないじゃないですか……だから教えられないんです」
真っ当な意見だ。
目先のことではなく、エリゼのことを一番に考えているということが滲み出ている。
「なるほどね。あんたはどうやってそれに気づいたのよ」
「エリゼさんをずっと観察していたら自ずと判明しました」
なんだか危ない匂いがする。
聖女の名に相応しくないような、例えばストーカーと呼ばれる類のジャンルにカテゴライズされるような、そんな危ない匂いがする。
怖いから言及は避けよう。
え、ていうか。
「ていうか、そんなヤバい情報あたしに言って暴露して良いわけ!?」
「ええ、リューカさんは誰にもバラさないし、悪用もしないでしょ?だって、あなたは努力の人間ですから」
「ま、まぁね」
なんだか照れるわね。
ただ、あたしの精神状況は台風も驚くほどに荒れているため、素直に喜ぶことができない。
こうやって会話をしている最中でも、アラン様に騙されていたことに傷ついている。
エリゼの感情に気づけなかったことを悔やんでいる。
「リューカさんも、その力の恩恵で魔力炉が活発化したんじゃないかと私は考えています」
魔力炉とはその名の通り、魔力を生成し貯めることのできる体内器官。
あたしが生まれつき機能していなかった魔術師にとって重要なものだ。
「それって喜んでいいのかしら。結局あたしは、エリゼの手を取ることでしか魔術師になる術が無かったてことよね」
他人の力を借りて夢へと至った。
心に靄がかかる。
そんな卑怯な夢の叶え方をして良いのだろうか。
「違いますよ……全っ然違います!!」
「そ、そうかしら?」
「そうです!だってそれってリューカさんのこれまでを否定することと同じですよ」
「え?」
「リューカさん、魔術師になるために何をしてきましたか?それをさっき思い出したんじゃないですか?
きっといろんな人の力を借りてきたはずです。先人が残した書籍や記録、数えきれないほどの人に支えられて今のリューカさんがいるんですよ。
エリゼさんも、その内の一人に過ぎません。
あなたが培ってきた計り知れない努力無しでは、きっとこんな立派な魔術師になれていませんよ」
ああ、そういうこと。
あはは、本当にあたしって馬鹿ね。
すっかり取り乱していたみたい。
あたしは最初からずっと人に頼って生きてきたんだ。
現役の魔術師を頼って、過去の魔術師が残した資料を手繰り寄せて、あたしはそうやって夢へと進んできたんじゃないか。
「確かに、願いを叶える力って聞くと偉大なことに感じますけど、その力は少し背中を押す程度のものなんですよ。
私の推測が正しければ、太陽を落としてくれみたいな大きな願いを叶えることはできないんです。
本当に心の底にある願いだけを叶える、それがエリゼさんの力なんですよ」
セレナは強く説いた。
背中を押す力、そう言い換えれば尊い力に聞こえるわね。
もし他人の力だけで魔術師になることができたのなら、あたしはきっと腐っていただろうな。
「エリゼの力は理解できたわ。テンペストのみんなも人知れず願いを叶えてもらっていたわけ?」
「ラスカさんは残念ながら何を叶えてもらっていたのかは分かりません。けど、メイリーさんは矢を標的に当てる感覚や、重い弓を引くための力を補ってもらっていたんだと思います」
それなら合点がいく。
メイリーは今回の戦いで、いつもの様な鋭い矢を放つことが出来ていなかった。
普段の彼女なら、即座に弱点を狙い穿つ位はやってのけれたはずなのに。
ということは、彼女も純粋に弓術を極めようとしている者だったてことね。
見た目がギャルっぽいから見縊っていたけど、あたしと同じ人種じゃないか。
さて、じゃああの人はどうだ。
エリゼを追い出したあの人は何を願ったんだろうか。
「じゃあ、アラン様は?」
「あー……彼女ですか?んー、何と言うか、多分なんですけど……」
めちゃくちゃ言いづらそうにしている。
そんな思わせぶりな口籠り方をされるとこっちも勘ぐってしまうじゃない。
まさかとは思うけど、破廉恥なことだったりしないわよね。
けど、全然あり得る……。
メイリーが弓兵としての力を願ったように、あたしが魔術師としての力を願ったように、せめて剣士として力になることを願っていてほしいわね。
意を決した聖女は口を開ける。
「えと、美肌です」
「え?」
「美肌です」
「びはだ?」
「はい。肌を綺麗にしてもらっていたっぽいです」
ま、まあ、人の根底にある願いなんて多種多様だし、別にそういうことに執着があっても良いとは思う。うん。
何だか今までは王子様のように慕っていたけど、話を聞いていく内にアラン様の評価が滝のように急降下している気がする。
「私がテンペストに入った頃には、既にエリゼさんとアランが在籍していたので、願いを叶えてもらう前のアランのことは全く知らないんですけど。
エリゼさんがいなくなってから彼女に異変があったことと言えば、ニキビがたくさんできるようになった位なんですよ」
「なるほど……そこから逆算して願いを特定したってことね」
セレナは、一見人の願いを暴くようなことをしているけど、エリゼの力が悪用されていないかそれを執念深く確かめているだけね。
本当にエリゼのことを大切に思っているんだろうな。
それにしても、さっきからずっと違和感を感じていることがある。
セレナが天井から降ってきてから今に至るまでに、あたしの常識が悉く覆されてきたわけなんだけど、何だかもう一つどんでん返し待っている予感がしている。
最初は言い間違えかな、程度にしか思っていなかったけど、ここまで来るともう言い逃れできない。
「なんか、さっきからずっと彼女って言ってるような気がするんだけど?え、誰を?誰を女として扱ってるの?え、え、ええええ!?違うわよね!?」
セレナは特定の固有名詞、言わば人名を口にした後にその人を彼女と指している。
今の会話だって、『彼女に異変があったことと言えば』としっかり言葉にしていた。
アラン様は男よね?
だって、そこまで勘違いしていたらあたしは本当に馬鹿を通り越して超絶馬鹿じゃないか。
「誰って、話の流れ的にアラン以外考えられないと思いますけど?」
あたしは超絶馬鹿だった。
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