第24話 全部全部違った、なにもかも違った


 あたしは、物心ついた頃から魔術師を夢見ていた。

 理由は特に無い。


 憧れたから、好きだから、なりたいと思ったから。


 言葉にすると拙いけど、原動力はそれだけだった。

 説明のできない感情があたしの進むべき道を作り上げていた。


 そして、あたしが魔術師になれる可能性が限りなくゼロに近いということも知っていた。


 生まれつき魔力を貯めることができない体質だったから。

 それを嫌と言うほど思い知らされていたから。


 だけど、あたしは魔術師への道を馬鹿正直に進んだ。

 可能性が少しでもあったから……いや、なれないと分かっていても進んでいたかも。


 魔術師になると決めたその日から、できることを全てやってきた。


 足を運べる範囲にいる凄腕の魔術師には全員会ってきた。

 それが一番効率的だったから。

 まだ幼かったということを利用して、一銭も支払わずにこれまで歩んできた経験を享受してもらった。


 こいつだって年齢というのは武器になる、それを無意識ながらに乱用していたわけね。

 これに関しては流石あたしと褒めてやりたい。


 そう言えば、とある魔術師からは「人生二周目?」なんて言われたこともあったな。


 少し年齢を重ねて、専門的な知識が理解できるようになってきた頃は、魔導図書館と呼ばれる魔術の資料が山ほど並べられている施設に、毎日のように入り浸っていた。


 魔術師にとって重要な専門書から最新の検証が足りていない論文まで、借りることが出来た資料は全て読むことができたと思う。


 公園や広場で遊ぶ同年代の子を横目に、あたしはずっと本を読み漁っていた。


 そんなことをしているから、友達なんて一人も出来なかった。

 ううん、必要ないと思ったから作らなかっただけ。

 作ろうと思えば作れたし。


 図書館にこもっていると、稀に喋りかけてくる輩がいたけど例外なく無視していたな。


 それだけのことを試しても、あたしは魔術師としての道のりを一歩む踏み出せずにいた。


 だって、魔術が使えないんだもん。


 どれだけ大量の知識を持っていたとしても、それを術式として出力できなければ意味がない。


 魔術を使えない人間のことを魔術師とは呼ばない。


 学者とか魔術博士みたいな存在にはなれるかもしれないけど、それはなんか違うしな。


 10歳を過ぎた辺りから、あたしはとにかく杖に魔力を込めて振った。

 安物の杖を振り続けた。


 筋肉を鍛えるのと同じ容量で、魔力の貯蔵量も増加するかもしれないと思ったから。

 いつか必ず魔力が人並みに増えると思ったから。


 半年ほど試してみたけど、結局魔力が増えることはなかった。

 あたしは無意味なことに時間は費やしたくないクチだから、魔導図書館から自宅に帰る合間や、空き時間にとりあえず杖を振るだけになってしまった。


 それからテンペストに入るまでは、ずっと子供が通う魔術塾にも通っていた。

 16歳にもなったあたしが子供に紛れているのを嘲笑う輩もいたけど、気にもしなかった。


 本当は、魔導学院と呼ばれる魔術師のために作られた学校に進みたかったんだけどね。

 座学が完璧にできるだけじゃ入学は許してもらえなかった。


 正直、魔導学院に入れないとわかったその日は荒れに荒れた気がする。


 親に隠れて魔力瓶に入っている液体状の魔力をがぶ飲みしたりした、

 絶対に駄目なんだけど、もうそれ位しか頼れることがなかったし。


 もちろん、即教会に運び込まれたけどね。

 普通に体めちゃくちゃに壊したわ。


 それからあたしは、一年ほど同じ日常を繰り返していた。

 今までと同じように図書館や塾に行って基礎と応用を学び続け、その帰りに子供が遊んでいる広場の隅で杖を振る。


 今思えば気持ち悪い不審者な気がするけど、多分気のせいだろう。


 だけど、ある日。

 あたしの体に魔力が宿り始めた。


 原因は分からない。

 何も特別なことはしていない。


 それなのに、魔術を展開できるようになっていた。


 初めて使った魔術は今でも覚えている。

 風を吹かせる程度の安全な術式。

 幼児が初めて使う魔術として有名なもの。


 それでも心臓が爆発するレベルには嬉しかった。

 久しぶりに笑顔になれた気もする。


 それからとんとん拍子で魔力が増加した。

 あたしが人生をかけて吸収してきた知識も相まって、すぐに難解な魔術も使えるようになった。


 そしてあの日がやってくる。


 あたしがいつものように公共広場の隅で魔術の特訓をしていると、背がすらっと高い容姿端麗な美形が明らかに此方に向かって歩いてきているが見えた。


 それが、ギルドの上位に属する有名なパーティのリーダー、テンペストのアランだった。


 まるで白馬に乗ってきた王子様。



『君を迎えにきた。魔術師として、僕に力を貸してくれないか?』



 今思い返すとちょっと痛い感じに聞こえるけど、その時のあたしにとっては奇跡のような言葉だった。


 だって、夢が叶った瞬間なんだから。


 だって、あたしの人生がようやく報われるんだから。


 だって、あたしは恋をしてしまったんだから。


 本当に綺麗な思い出。

 ずっとずっと宝物にして飾っておきたい美しい奇跡。


 ……。


 それで、合ってるわよね?


 本当にそう思っていていいの?


 駄目。

 駄目に決まってるでしょ。


 ここで思考を止めるわけにはいかない。

 もしあたしが道を踏み外している可能性があるのなら、それを正さなければ。


 ……。


 聖女様のいうことが正しければ、あのアラン様の姿は虚像だったってことになる。

 あたしの体も能力も必要としていない人間が、あんなに素敵なことを言うはずがない。


 テンペストに入って気づいたけど、アラン様の自由時間は大体夜中、陽が沈み切ってからの時間帯だ。


 それからあの人は街を練り歩く。

 酒場や遊技場、とにかく女を探し歩いていた。


 対して、あたしが魔術の特訓をしていたのは真昼間。

 いくら遅くなろうとも、夕飯時には家に帰っていた。

 お金無かったし……。


 だとすると、全く合わない。

 行動している時間が互いに重なっていない。


 あたしの存在に気づけるはずがない。


 テンペストに加入してから暫くたったある日の夜、あたしはそれに気づいた。

 もしかしたら、あたしがある意味変人として有名だった可能性もあるから、その筋でアラン様はあたしを認識したのかも。

 そう強引に解釈して、あたしは忘れるように眠りについた。


 そんなことはあり得ないと理解しながら。


 その日から考えないようにしていた矛盾に、目を向ける時がきてしまったな。


 嫌な想像ばかりが脳内を支配している。


 日の出ている時間に外をふらついている、そんな怠け者をあたしは知っている。


 あたしに気づくことのできる人間を、あたしは知っている。


 テンペストに加入した翌日に、とても良質な杖を嬉しそうに手渡してきた人間を知っている。



 ☆



 目の前にはあたしをずっと治療してくれているセレナがいる。

 ちょっと高いところから落ちただけなんだから、そんなに熱心になる必要はないってのに。


 唇が震える。


 怖い。

 結論を出すのが怖い。


 だけど、言わないと。

 真実を明かさないと。


 あたしはセレナの目を見て、縋るように、足掻くように言う。



「……多分だけど、いや、まだそうと決まった訳じゃ」



 言葉が詰まる。


 信じていたものが、実は間違っていたんじゃないのか。

 それを認識するのが本当に怖い。


 だけど、この恐怖は逃げだ。

 自分に対する甘さだ。



「私が無理にでも代弁してあげましょうか、本来あなたが信じていなければいけなかった人の名前を」



 あたしが苦しんでいるのを察した心優しい聖女はそう提案した。


 だけど、それは彼女にとって良くないことで、あたしにとっても良くないことだ。



「……事情はわからないけど、あんたは口止めされてるんでしょ。それを破るってことは、聖女としてヤバいんじゃないの」


「ええ。約束を破るってことですからね、きっと私が受けている聖女の恩恵が薄れるでしょう。けどいいんです、半ば無理やり契られた約束ですし」


「それなら、あんたは首を振ってよ。あたしが今から言うことが本当なら縦に、違うなら横に」


「良い案ですね。なんだか契約の抜け穴を通るようでズルい気もしますけど」



 あたしが今たどり着いた答えは、あたしにとって残酷なものだ。


 けど、もしそうだとしたら不思議に思っていたことの辻褄が合う。


 美しかった記憶がどんどん汚されていく。

 醜く嘘に塗れたヘドロのような思い出へと変わっていく。


 あたしを殺してやりたい。


 どうしてそれに気づけなかったのか。

 どうしてずっと騙されてきたのか。



「……あたしを……リューカ・ノインシェリアを見つけてくれたのは……」



 あーあ、あたしって本当に馬鹿なんだ。


 こんなに胸が苦しいのは初めて。



「エリゼ・グランデなのね」



 聖女様は綺麗な銀髪を靡かせながら優しく頷いた。

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