第10話 これって、いわゆるデートでは

 エリゼ視点


  

 聖教国クオリアの首都。

 そこには国の総本部である教会やギルド、趣味に振り絞った雑貨屋から富裕層向けの高級宿まで全てが揃っている。


 町外れに建っている屋敷うちから林道を抜けたその先にあるその都心部へ、わたしとミュエルさんは買い物へ訪れていた。


 太陽が昇りきっていない時間帯だからか、主要な店が並ぶ大通りに窮屈な人混みはできていない。

 普段のわたしなら見向きもされないんだろうけど、今日はそういうわけにもいかない気がする


 わたしと並んで歩く美少女メイドがいるからだ。

 多くの人々が行き交う街中とはいえ、メイド服の高身長女子を侍らしていると嫌でも目立ってしまう。


 しかも元聖騎士ときた。

 きっと、見る人が見れば瞬く間に人だかりができてしまうに違いない。

 なんて想像していたが、案外誰もこちらを気にしていないらしい。


 人の目を気にしすぎていた自分に嫌気を差しながら、街の通りを歩く。


 辺りを見渡せばレストランやカフェが立ち並んでいるのが見える。

 料理の香りに誘われそうになるけど、そういうのは目的地のブティックで買い物を終えてからにしよう。


 大通りから外れ、少しだけ狭まった道へと曲がる。

 人通りも少なくなり、アングラな雰囲気が漂うその通路の先に目的地がある。



「ここだよ、みゅんみゅん」



 そう言いながら、わたしはとあるお店を指差した。

 寒色に彩られた外装とアゲハ蝶のアートが散りばめられているのが特徴な店舗。

 入店には少しだけ勇気がいるかもしれない。


 看板に記されているのは『アゲハアガペー』の文字。



「可愛い……」



 そう呟いたメイドは、ショーケースに飾られているマネキンが着ている洋服に興味津々のようだった。

 なんとなく、こういうことに関わるのを我慢していたんだろうなというのが伝わる。


 聖騎士としての重圧はもうどこにもないんだ。

 だからその調子で楽しんでね、ミュエル・ドットハグラ。



「中に入ろっか。きっと素敵な世界が広がってるから」



 あなたは頷くとわたしの後ろへと小走りで歩いてきた。


 甲高い金属音を放つ鐘のついた扉を開け、店内へと入っていく。

 内装も見渡す限り冷たい色で揃えられていて、落ち着きのある空間を作り上げられていた。


 お店の中には店員が一人いるだけで、どうやらお客はわたしたちだけみたいだ。


 とりあえず、昨日プレゼントしたナイトウェアのサイズ違いを探そう。

 その次にメイド服以外の普段着、例えば休日に着用できるようなカジュアルなもの。


 となってくると、わたしの趣味で探すのは得策じゃないかも。

 だってわたし、人に見せられる服は全部店員に選んでもらったものだから。


 結局、好みの服以外に興味を持てない人間は店員に相談するのが安牌。



「すみません、今いいですか?」



 陳列された服を見回っている店員さんに思い切って声をかけた。

 彼女の服装は黒いブラウスに黒のロングスカート、全身黒ずくめに見えるが所々に水色のグラデーションや刺繍が仕込まれている。


 綺麗な右耳に対して、左耳は数えきれないほどのピアス類が飾られている。

 かなり刺激的なビジュアルだ。



「お久しぶりですエリゼさん。何かお探しですか?」



 店員と言うには割とフランクな彼女だけど、このお店を一人で担っている人。

 ここらじゃあまり見かけない綺麗な黒髪と綺麗な一重が特徴で、どこか独特な世界観を醸し出している。



「この前購入したナイトウェアのサイズ違いが欲しくて。

 後ろにいる彼女用のなんだけど」


「わお、でっかいメイドですね。

 けど安心して下さい、うちのデザイナーもでかめの方なので大きいサイズも取り揃えているんですよ。

 今用意しますね」



 中々に失礼なことを言うと、女店員は早足でレジカウンターの奥へ行き、同一商品のサイズ違いを数種類とメジャーを持ってきた。


 そして、何も言わずにメジャーを伸ばしてミュエルさんの体を測定し始めた。



「ちょっ!? 断りも無しに採寸し始めないで下さいよ!」


「どうせ測るんですから断りなど必要ないのです。

 それに、一刻も早く試着させてその気にさせなければ、好奇心の鮮度が落ちてしまいます。

 考える間を与えずに売るのがノルマ達成のコツです。

 うちにノルマなんてありませんが」


「この人商売魂ありすぎでしょ……」



 これ以上言っても仕方がないので、商品棚の側面に設置されている小さな椅子に腰を下ろして事が終わるのを待つことにした。

 入店前に「素敵な世界が広がってるから」なんてほざいてしまったけど、黙って撤回しておくね。


 採寸中のミュエルさんを眺めていると、店員の測定したい箇所を察して体の向きをそそくさと変えていた。


 この間まで料理を消滅させていた人とは思えないほど手際がいい。

 それに加えて、店員の方もかなりの速度で次々とサイズを測っていくのであっという間に作業は完了した。



「これで終わりです。

 厚い服の上から測ったんで多少ずれは生じると思いますけど、ナイトウェアを着る分には問題ないでしょう。

 それでこれがメイドのお方にあった商品です」



 店員はいくつか持ってきた商品の中から、適切なサイズのナイトウェアをミュエルさんに手渡した。


 あなたはその服を広げてまじまじと見つめる。

 数秒後、凛々しい顔がふにゃけた瞬間をわたしは見逃さなかった。


 そして、その絶好のタイミングで女店員は動き始める。



「ささ、試着室へどうぞ」


「りょ、了解した」



 そう言いながら、ミュエルさんの背中を軽く押してレジカウンターの側に設けられている試着室へと誘導し始める。

 商売時を見逃さない、彼女はそういう人種なんだ。


 ミュエルさんはは流されるがままに靴を脱がされると、あっという間に試着室へと押し込まれた。



「メイド服はそこのハンガーにお掛け下さい。では、ごゆっくり」



 標的を見つけてからそれを仕留めるまでの洗練された一連の動きは、もはや達人の域に至っていると言ってもいい。


 わたしも椅子から試着室の前へ移動しておこう。


 道中にある商品棚やマネキンを吟味しながら歩く。

 ここにある全ての商品がわたしの趣味嗜好に突き刺さっているため、誘惑の勢いが脳髄にまで響いている。


 あとで一着だけ買おう。

 一着だけね。


 試着室の付近まで来ると布の擦れる音が聞こえてきた。

 わたしの予想が正しいのなら、メイド服を脱いでいる音だね。


 今現在、試着室のカーテンの向こうにはメイド服脱衣状態のミュエルさんがいる。

 境界線を隔てる布切れは、本来なら微塵の防御力も持っていないペラペラの紙に等しい。


 カーテンなんて手で払ってどかすことができる訳なんだし。


 だけど、誰もその領域に侵入しようとは試みない。

 人の遵守精神はなんて強固なものなんだろう、感動しちゃうなほんと。


 ハンガーを壁にかける衝突音が聞こえた。

 きっとミュエルさんは今赤子同然の姿をしているんだろう。


 駄目だ、こんな公共の場所でいけないことを妄想するのはやめよう。


 わたしの目の前で試着室を一点集中で見つめて立っている店員を見習わなければ。

 きっと彼女は今もどうやって商品を売ろうか、などと商売熱心なことを考えているに違いない。


 なんだかんだ言って、この人も商売という世界で言えば凄い人なんだろうな。


 そして、店員は予備動作無しで試着室のカーテンの隙間に頭を突っ込み、露出レベル全開の脱衣モードミュエルさんを舐めるように観察し始めた。


 何してんだこいつ!?



「店員さん罪に問われたい感じですか?

 今ならその後頭部を躊躇なく粉砕してみせるけど」


「私、覗きに関してはプロフェッショナルなので簡単には捕まりませんよ。

 そうじゃなくて、メイドの方を測定したとき違和感を覚えたのでそれを確かめているだけです」


「違和感?」



 わたしもそれを確かめるべく、試着室の中を確認しようとしたが店員の背中が邪魔でよく見えない。


 ていうか、わたしですら見たことないんですけど、ミュエルさんの半裸。

 今日初めて出会ったばかりの女に簡単に見せないで欲しい。


 かろうじて分かるのは、ミュエルさんが突拍子の無い出来事に遭遇して真顔のまま固まっているということだ。



「メイドのお方、下着のサイズを抜群に間違えていますね」


「……あ、えっと……それは昨日ご主人様から貰ったものだから」



 余りにも自然に問いかけてきた店員に対して、あなたは有無を言わず返事せざるを得なかったらしい。


 そうでした。

 プレゼントしたのはわたしサイズの未使用品、元聖騎士の肉体を到底収められる容器ではない。


 ここからでは見えないけど、おそらく大変なことになっているだろう。

 そうなるようにわたしサイズの物をプレゼントしたのですから。



「む、うちのブランドではない。

 気に入りませんね、エリゼ・グランデ。

 あなたはこの店だけのお得意様だと思っていたのに」


「だ、だって……店員に顔覚えられてる店じゃ恥ずかしいし……」


「はあ? 私があなたで変な妄想しちゃうとか考えてます?

 自意識過剰も甚だしいですね。

 というわけで、このままメイドのお方の正確なサイズも測っておきましょう」



 え、とみゅんみゅんの口からこぼれ落ちた疑問符を無視して、試着室の中へと踏み込んでいった。


 流石のわたしもこれには冷静装い激怒を発動せざるをえない。

 絶賛試着室の聖域を侵そうとしている女の肩を掴む。



「何がというわけでなのかな。

 そういうお肌に触れることは全部わたしに任せてよ。

 やり方さえ教えてくれれば何とか採寸してみせるから」


「だ、駄目! ご主人様は駄目だ!」


「がーん」


「その……恥ずかしい!」


「がーんじゃないかも!!」



 分かってるよミュエルさん。

 わたしに見られるのだけは恥ずかしいってことだよね。

 そう受け取って良いんだよね。

 この浮世離れした店員に一目惚れしたとかじゃないなら全然オッケーだよ。


 目に涙を浮かべながら文字通り泣く泣く承諾した。



「安心してくださいエリゼさん。

 私は覗きだけではなく服飾に関してもプロフェッショナルです。

 女体なんざ見慣れてますし、あなたが心配しているようなことはしないですよ」



 全く安心を抱けないのだが。

 わたしがうじうじしていても話が進まないから、今回はこの人を頼っておこう。

 実際わたしも別の店で採寸してもらったことあるし、駄々捏ねちゃうとミュエルさんに迷惑が掛かってしまうから。


 店員は履物を脱いで試着室へと登った。

 そして、心配性なわたしの方を見ながら。



「あー、心配ならカーテン開けときます?」



 正直開けときたいけど、何も言わずにそっと閉めておいた。

 カーテン全開で採寸される美少女と採寸する店員とそれを覗き込む変態が出来上がってしまうと、この店が閉業しかねないだろうから。 

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