第9話 哀れな魔術師は歩みを止めない
魔術師リューカ視点
高級宿屋クレシェンド。
そんな聖教国随一の宿には、テンペストと呼ばれるギルドお墨付きの敏腕パーティが貸し切っている階層がある。
パーティメンバー分の宿泊部屋は用意されていることながら、全員がどれだけ贅沢に使ったとしても空き部屋の余りが出てしまう。
そういう部屋には各々が持ち寄った家具や備え付きの娯楽遊具が集められていて、団欒の場として使えるよう工夫がされている。
そして今現在、その団欒室ではあたしと一人の少女が休憩を取っていた。
「エリゼが辞めてからもう一月かぁ。
時間は自分勝手にさっさと進んでいくんだね」
「詩的なこと言うのね、格闘家らしくない」
エリゼを案じるような発言をしたのは、クッション製のソファに身を埋めている武闘家のラスカだ。
脱色されて白くなった髪は肩より上で切り揃えられていて、戦闘の邪魔にならないように工夫されている。
彼女はソファに身を委ねながら、すぐ側に設けられている大きな窓から優雅に外の景色を眺めていた。
対して皮肉めいた返事を発したのがこのあたし、魔術師リューカ。
リューカ・ノインシェリア。
大きなテーブルを一人占めしているあたしは、目を細めながら彼女を訝しむ。
すると、ラスカはこちらへ顔をゆっくりと向けた。
「はぁ、アラン様もリューカも酷いことをするね」
「なんのことかしら?
エリゼは自分からこのパーティを辞めて行ったのよ」
「いつまで戯言抜かしてるんだよ。
アラン様がエリゼを快く思っていなかったのは知ってるし、エリゼが自分からテンペストを辞めることもありえないって知ってるの」
「げっ、そういうことは早く言いなさいよ!恥ずかしいんですけど!」
「もっと自省に走った方が人間としての成長に繋がると思うけど」
「反省なんてする必要ないっての。
エリゼは仕事をせずに報酬だけ貰ってた甲斐性無しなんだから、当然の仕打ちを受けたまでよ」
あたしが正論で言い返すと、彼女はムッとした表情でこちらを睨んできた。
たった一蹴りで大型魔獣を絶命させた彼女から向けられる敵意は失禁ものだ。
「……確かにあの娘はサボり魔だったけど、ちゃんとみんなの力になってたよ」
「アラン様が決めたことなんだから、エリゼの心配なんてするだけ無駄よ」
エリゼをパーティから追い出す決断をしたのは、リーダーであるアラン様だ。
今更妄言をほざいてもその決定は覆らない。
それに、どうしてあんたは不真面目なエリゼを庇ってんのよ。
これまであいつがしてきた事を知らないわけじゃないでしょ。
「リューカ、あなたやけにエリゼに対してあたりが強いね。
後悔しても知らないよ」
「はっ、あの噂のことでしょ?
疫病神だかんだか知らないけど、呪えるものなら呪って見せろって感じだわ」
エリゼが離れたパーティは不幸に取り憑かれるなどという与太話。
あいつに悪い評判が付くのは自業自得だし気分も良い。
だけど、そんな噂話を信じて神経を擦り減らすほどあたしは柔じゃない。
噂の事故やトラブルが事実だったとしても、それは全くの偶然だ。
エリゼを恐れる必要なんて微塵もありはしないのよ。
「そんな出任せの話じゃないよ……ま、この話はいいか。
それより大変なのはセレナだね」
「は? なんで聖女様の名前が出てくるわけ?」
パーティメンバーへの治癒を担っているセレナ・アレイアユースという子がいる。
女神に許可された者だけが使えるらしい聖なる魔術を使うことができる聖女という存在の少女。
困っている人がいれば必ず手を差し伸べるという善性の塊。
不治の病を患っているのなら特別な治癒術で治療し、道に迷っている人がいれば懇切丁寧に案内をするという。
ラスカがどうして彼女の名前を口にしたのかは、一切見当が付かなかった。
「はぁ……あなたは周りを観察する癖をつけた方がいいよ。
見てる世界が狭すぎる」
呆れた声でそれだけ言うと席を立ち、あたしの方を見向きもせずに部屋から出て行ってしまった。
「なんなのよあの武道家。
肉体派の割には達観しすぎてない?
ていうか質問に答えてくれてないし」
部屋の中は痛く寒いほどに静まり返ってしまった。
聴覚から入ってくる情報といえば、あたしが暇つぶしに遊んでいた一人大富豪の音ぐらい。
自分で自分に配った手札を眺めて、場に出された捨札にどれを重ねようかと考え込む。
その捨札すら、あたしが置いたものなんですけど。
本当はラスカと二人で遊ぼうとしてたんだけど、あたしは人の誘い方を知らない。
だから、目の前で遊んでいれば何してるか聞いてくると思ってたんだ。
それで一緒に遊びたそうなら遊んでやるって寸法だったんだけど、失敗に終わったわ。
今回判明したことといえば、ラスカがあたしにあまり興味を示していないということ。
最悪ね……。
……あれ、もしかしてこれって。
あたし……ぼっち?
数秒考えた末、あたし脳みそはまごうことなき結論を導き出した。
あまりにも容易く推理を完了させてしまったので、何度もその答えを振り返る。
結局覆ることはなかったんだけど。
結論、どうやらあたしはこのテンペスト内で良い人間関係を築けていないらしい。
……。
ああああああああああ……悲しすぎる。
魔術にしか興味のなかったあたしへ、人間関係攻略本を読破してください。
今からでも遅くないか……いや、遅い。
これからコミュニケーション能力を高めるのは不可能に近いんじゃないか。
アイデンティティや自我の形成はそれなりに終わってるし、人がそう簡単に変われないことも知っている。
あたしはもう誰かを楽しませる事ができる人間にはなれない。
また一人になってしまったのか。
昔から一人で居ることが多かったしそういうのは慣れっこなんだけど、なんだか最近は調子が狂う。
他人と関わることなんて不要だと思っているし、興味もなかった。
だけど、アラン様に拾われてからはずっとテンペストのメンバーと関わって来た。
ううん、関わらざるをえなかったというのが正しい。
その生活の中で人と居ることの楽しさを知ってしまったからなのか、以前のように独りをものともしない精神はどこか遠くへ出掛けてしまったらしい。
中でも甲斐性無しのエリゼがウザいほど絡んできたせいで、余計に孤独を実感させられている。
エリゼを追い出したあの日以来、皆の態度がより一層素っ気なくなってしまった気もする。
まさか、エリゼを無理やり追い出したなんて思われてるんじゃないだろうか。
実際、その通りであることは否めない。
あの夜、アラン様とエリゼだけでなく、あたしまでもがあの場所にいた。
あれはアラン様に「一人じゃエリゼに言いくるめられてしまう」と言う理由で助けを求められていたからだ。
好きな人に、恩人に頼りにされている。
これほど嬉しいことはない。
だから、エリゼとの話し合いの席にあたしも参加した。
それに、アラン様からはエリゼがどう言う人間なのかを何度も聞かされていた。
どれだけ効率的に怠けられるか、責任から逃れられるか、人を騙し込めるか、そういうことばかり考えているらしい。
そのくせいい格好を見せたがる。
こういう人間には気を許すな、そんな風に教え込まれていた。
だから、エリゼを追い出すことに賛成した。
しかし、よくよく聞いてみると、この件に関してはあたし以外の誰にも知らされておらず、あたしとアラン様の二人が独断で決定したことになっているらしい。
パーティメンバーにそれが知れ渡ってしまった今、アラン様に好意を寄せている彼女達があたしを除け者にするのは至極当然のことだ。
なにせ、自分達は信頼されていないことを突きつけられたのだから。
どうしてあたしにだけ相談したのか、その真意は定かではないけど必要とされて嬉しかったのは事実。
だけど、こんなハブられ方をされるのなら皆とちゃんと相談して欲しかったかも。
少しだけ胸が痛い。
いやいや、なんでアラン様に非があるみたいな思考をしているんだあたしは。
気を引き締めるために両頬を強めに叩く。
「全部あいつのせいよ」
そうだ、エリゼのせいなんだから。
……ただ、こんな些細なことよりも、はちゃめちゃにやばい問題が発生している。
早急に治療しなければいけない体の問題。
最近、魔術の質が落ちてしまい魔獣を仕留め損なうことが増えてきた。
術式を撃てる回数も徐々に少なくなってきている。
これは魔術師にとって最大の危機。
このままではあたしが追い出されてしまうのでは、そんな不安も出てくる程度には参っている。
流石にそんなことはないだろう。
あたしはアラン様が直々に招き入れてくれたんだから。
うん、大丈夫。
大丈夫なはずだから。
魔術師としての質が落ちてきているのは一過性のもの。
魔力を失った症例なんて聞いたことがない。
だけど、もしものこともある。
もしも、このまま元に戻らずさらに症状が悪化してしまえば、力を失ってしまえば。
そうなれば、おそらくあたしはこの身を深き大海に投げ、海中を住処とする肉食系の生物に食われるだろう。
そして自然の摂理に消えていくんだ
「やっぱり、あたしってば悲観に向いてなさすぎるわね」
魔力を失ったとしても、あたしは杖を振っているだろう。
とはいえ、魔術を使えなくなってしまった場合のために、今できることをしておかないといけない。
こういうのは、常に最悪を想定して動けば案外なんとかなったりする。
その分仕事量が増えるけど、そこは根性で解決しよう。
そうね、まずはとびっきりの魔力と想いを込めたあたし専用の魔道具を用意しよう。
術式をストックする事ができる魔道具を用意できれば、これからもアラン様の役に立てる。
魔道具って、体に装着させておく事で魔術的価値の向上も見込めるんっだったっけ。
作るとするなら、ピアスにカフス、腕輪に指輪、あとは髪留めとかチョーカーあたりかしら。
こういうのって、プレゼントされた物で飾りたいんだけどそんな甘いことは言ってられない。
時間が尽きる前に制作に取り掛からないと。
幸いあたしの器用さを持ってすれば器自体は容易に作れる。
その次の段階、魔力を込め続ける作業が必要なんだけど……。
この工程が今のあたしにとって一番の難所で果ての見えない大きな壁だ。
なにせ現在進行形で魔力量が減少してきてるんだから。
そうと決まればさっさと自室に帰って器を作り始めよう。
いっそのこと普段使いできる様に、あたし好みの激カワアクセに加工してやろう。
脳内で設計図を組み立てながら、誰もいない部屋を後にして廊下へ出た。
部屋を隔てる扉の先には、煌びやかな照明が一本道を照らしている。
廊下ですら豪勢な造りを誇るこの宿に泊まる事ができているのも、アラン様があたしを見つけてくれたから。
本当、感謝しかないな。
☆
そう言えば、今度の仕事は少し厄介らしい。
謎多き『深淵の遺跡』に現れた標的の掃討。
元々、遺跡自体は危険区域の指定はされていたけど、近頃になってその度合いが急に増したという情報が入っている。
原因は一体の
遺跡に入って最初に遭遇する番人。
番人とは名ばかりで、ついこの間までは何の脅威にもならない存在。
赤子が歩く程度の速度で侵入者を追いかけるだけの、そんな塊だった。
だから、遺跡の調査を行う際は無駄に硬い
だけど事態は急変、突如として
地を緩く這うだけの塊は、常人じゃ逃げきれない速度を持つガーディアンへと変貌を遂げてしまっているらしい。
幸い怪我人すら出ていないらしいが、放っておくこともできない。
その対処をすべく、ギルドに所属しているパーティの中でもトップクラスの実力を持つテンペストが教会直々に指名されたってわけ。
そんな強敵を相手にするんだ、あたしが足手まといになるのは勘弁願いたい。
必ず特大戦力として、魔術師として力を振るわなければ。
廊下の一番奥にある自室の扉へ手を掛ける。
そこで、その手が震えていることにようやく気づいた。
怖い。
魔術師としての力が緩やかに失われているのを本能で感じ取っている。
威勢はどうとでも張れるけど、この症状はきっと治らないと思う。
本当は気付いていたんだ。
だけど、そうあって欲しくはないのよ。
あたしにはもう時間がない。
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