第11話 速達される因果応報

 エリゼ視点

 


 無事採寸は終了したようで、したり顔の店員は試着室から出てくると用意してあった商品を次々とミュエルさんへ渡していた。


 結局わたしの杞憂は無駄に終わったようで、二人の間に特殊な事故は一切起こらなかったみたい。

 安堵の嵐でこのまま眠ってもいい。


 ただ、採寸中の店員が発した「うお、お腹バキ割れですね」や「かっったっ!? 突き指するかと思いましたわ」という言葉の数々が延々と脳内を流転している。


 とりあえず腹筋が割れていることはわたしとお揃いで嬉しい。。

 それを発見したのがわたしじゃないという事実が悲しい。



「ミュエルさんのお腹、わたしだって見たことないのに」


「え、てっきり出会った初日にやましいこと命令するタイプの極悪人だと認識してました」


「最悪なんだけど!

 わたしはそんなことしないし、メイドがなんでも言うこときくと思ってる店員さんだけが変態なんだからね」


「そうですよ、私は色欲に正直ですから腹筋の溝をなぞったりなんかもしました」


「あがっ……!?」


「嘘ですよ」


「だ、だよね……嘘じゃなかったら隕石落として心中するところだったよ」


「そんな綺麗な景色見ちゃうと、死ぬ気もそがれますよ」


「確かにそうかも」



 雑談らしい雑談をしていると、カーテンの向こうから微かに驚く声が聞こえた。

 たぶん、着替え終えた姿を室内の鏡で確認しているところだろうね。


 気に入った服を着ている自分を確認するという行為は、少し恥ずかしいけど破顔するぐらいには気分が良くなる。

 きっとミュエルさんも、他人の視線が存在しない仕切られた空間の中で存分に楽しんでいるんだろうな。


 しかし、それから数分経過したというのにうちのメイドが試着室から出てくる気配はなかった。


 そろそろわたしに披露してくれてもいい気がするんだけどな。


 

「あの、みゅんみゅん。わたしにも見せてほしいななんて」



 カーテンの向こう側で一人ファッションショーをしていたであろうあなたは、勢いよくカーテンを開けた。


 何の前触れもなく解放された試着室には、絶背の美女が仁王立ちで構えていた。

 照れなどは一切ない、ただ堂々とこちらを見据えている。


 多分、ミュエルさんの引き出しに入っているポーズは聖騎士時代のものばかりなんだろう。

 いささか格好が良すぎる。


 黒を基調としたナイトウェアを身に纏うあなたにそれは似合っていないかもしれない。

 あなたはもう、争う必要などないのだから。



「すっごく似合ってる! 可憐! 天使! 端麗! 永遠!」


「ありがとう。ところで、永遠ってどういう褒め言葉なんだ……」



 ミュエルさんは構えを解くと、お腹の前で両手を結んでそう言った。

 隠したつもりなのかもしれないけど、あなたの表情が緩んだ瞬間を見逃さなかったよ。



「とにかくこれは買わないとだね」


「ああ……ご主人様はこれと同じのをもう一着持ってたりしないのか?」


「昨日みゅんみゅんにあげたやつしかないかも、どうして?」


「揃えられるかなって」



 ……!?



「買おう、このお店にある在庫を全部買い占めて世界でたった二人のペアルックをしよう」


「ロマンチックなのか暴論なのか分からないな。

私がもらったものを返すということも候補だが、気分はよくないだろ?」


「え!?」



 プレゼントした服が最高級中古品になって戻ってくるとは思っていなかったので、素で驚いてしまった。

 こんな最高な提案が過去あっただろうか。



「ん、やはりデリカシーに欠けていた提案だったな。忘れてくれ」


「ぜ、全然大丈夫。あの服も着られるのが一度キリなんて可哀想だしね。

 帰ったらありがたく受け取らせてもらうよ。あとこれどうぞ」



 危うく提案が棄却されそうだったので早口で返事をすると、わたしは手に持っている複数の衣類をミュエルさんへと渡した。

 断る暇もなくそれらを受け取ってしまったミュエルさんは、顔を傾げながら不思議そうにしている。



「これは?」


「みゅんみゅんに似合いそうな服を集めてきました。全部試着してみて!」



 ミュエルさんが採寸されている間の時間で店内を物色していると、次から次へと彼女の着せてあげたい商品を見つけてしまった。

 手渡したのは、その中でも選りすぐりのもの。


 ベルドで腰を絞められるタイプのワンピースやアゲハ蝶が舞うレトロなシャツなど、完全にわたしの趣味なんだけど。



「私、ナイトウェア分のお金しか持ってきてない」


「知ってるよ。だからこれはわたしからの贈り物」


「嬉しいけど、申し訳ない気持ちもある」


「それなら、今度ここに来るときはみゅんみゅんがわたしに服を選んでよ。

 わたしがあなたを染めるから、あなたがわたしを染めて」



 咄嗟に思いついた決め台詞をぶち込んでおいた。

 内心恥ずかしい気持ちはあったけど、こういうのは真剣に口にすると意外とかっこよかったりする。

 逆に変に照れてしまうとダサくなる。



「ご主人様は言葉回しが素敵だな。了解した、次回は私の好きを贈ろう」



 言葉の選び方が上手なのはあなたの方だよ。


 ミュエルさんは再びカーテンを閉めて試着を始めた。

 わたしの顔はすぐさま火照り始めた。


 キザな言葉を伝えるのも程々にしないといけないな。

 上手いこと言えたとしても、彼女は即座にカウンターを決めてくるんだからこっちの身が保たない。

 


 「店内でいちゃつかれると困ります。

変な客が居着いてるなんてレビューされたらと思うと出禁処置も致し方なしですからね」


「うっ、それは困る」


「だったら時と場合をわきまえやがれです」



言われてみれば少しテンション高まってたかも。


 さて、わたしが選んだ服に着替えてくれているミュエルさんを待っているわけなんだけど、ちょっとだけ不安。

 気に入ってくれると良いな。


 そして、試着室の中から一言、「開けるぞ」とだけ報告した直後にみゅんみゅんはその姿を披露してくれた。



「どうかな。似合ってるだろうか」



 今回彼女が身に纏っているのは、お腹より上の位置で履かれた黒のロングスカート、ウエストインされたレトロなシャツ。

 それらと凛々しいミュエルさんの容姿が相まって全部が全部抜群の一言に尽きる。



「すっごく似合ってるよ!

あ、でも……みゅんみゅんはどう思ってるのかな。

多分、趣味じゃないタイプの服装だと思うんだけど」



 ミュエルさんの好みはメルヘンでロリータジャンルのファッションだと把握してる。

 対して今回試着しているのはクールな感じのセットアップ。


 おそらく、ミュエルさんが自分の意思では買わないであろうタイプのもの。

 だからより一層反応が気になる。



「ん、正直に言えば私の選択肢にはない服装だと思う。

 だけど、ご主人様が言ったんじゃないか。

 私をあなたで染めるって」


「うん、そうだった。

じゃあ改めて聞かせて。

わたし色に染められてもいいの?」


「もちろん。私はご主人様のメイドなのだから」



 あまりにも大きな慈愛を受け取れた様なきがして、胸が暴発するところだった。

 気を抜くと、意識がふわふわとどこか遠くへ飛んでいってしまいそう。


 そんな夢見るわたし達の元へ、タイミングを見計らった店員が商品を抱えてやってきた。



「ゲロ甘タイムは終了です。

 それではこれをどうぞ、メイドのお方用のパンツとブラです。

 柄とか形とかの確認よろしくお願いしますね」



 そう言い終えると商品をみゅんみゅんへと手渡した。

 なにこの人、明らかに雰囲気破壊するワードぶち込んできたんですけど。



「さっきまでインナーやらランジェリーやら洒落た呼び方してたはずなんだけど」


「嫌がらせです。

 エリゼさんも購入されます?

 インナー双子コーデとかできますよ」


「インナー双子コーデはちょっと惹かれるかも……って、それ意味あります!?」


「他人には見えない箇所でお揃いの品を身につけてるって、何だか秘密的でエモーショナルじゃないですか?」



 エモーショナルというより俗な気がする。

 もうこの人、商品売ること考えすぎて脳みそがおかしくなってないか。



「ま、まあ買っても良いかな」



 口を尖らせ斜め上を見ながらそう答えた。


 別にインナー双子コーデがしたいわけじゃないよ。

 そろそろ下着も新調しないといけないなと思ってたような気がするから買うだけ。

 決して秘密的でエモいことをしたいわけじゃないよ。



「はい了解しました。

 ではメイドのお方が選んだ物と同じ商品をサイズ違いでご用意致しますね」


「ってことはわたしの採寸か」


「メイドのお方が今身に着けてる下着がエリゼさんサイズですよね。

 彼女の採寸時に確認してるんで大丈夫です」



 それって何だかとっても恥ずかしいことじゃないのか。

 だって、ミュエルさんにあげたあれは……ちょっとアレなやつなわけで。


 店員はわたしにしか聞こえない小声で、囁く。



「それにしてもエリゼさん、ヤッバイ人なんですね。

 まさかメイドに勝負パンツをプレゼントするなんて。

 しかも自分用のやつ」



 言い終えると、彼女は爆笑しながらわたし用の商品を取りに棚へと向かった。


 対して、わたしの肝は極寒の様に冷えきってしまった。

 多分心臓も止まっていたと思う。

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