第7話 狂わされる者、狂わせる者
ミュエルさんはあの後、すぐに会社へ戻って住み込みの手続きをしてくれた。
ついでに、彼女が所属する『合法御奉仕集団メイドメイン』という厳つい名前の企業が迅速な対応をしてくれる集団であることも判明した。
というのも、事務手続きやら就業形態の変更といった処理を済ませたミュエルさんは自分の荷物を持って屋敷へ帰ってきた訳なんだけど、その全てが一時間にも満たない間に詰め込まれていた。
屋敷から都心部の会社までの距離問題に関して言えば、元聖騎士のミュエルさんにとっては壁にすらならない。
実際、彼女の見送りに出たとき、一回瞬きしただけでその後ろ姿を見失ってしまうぐらいの速度は出せていた。
移動時間を省略したとはいえ、この短時間で全ての手続きを済ませてしまったのは異常と言える。
恐るべし合法御奉仕集団、一流のメイドを育てるだけの腕はあるみたいだ。
陽が落ちきり、星空が綺麗に映えてきた時間帯。
猛スピードで都心部から帰ってきたミュエルさんは、汗で服やら髪が扇情的な感じになっていたので浴場で体を洗ってもらうことにした。
そしてわたしは今、ずっと夢見てきたシチュエーションに直面していた。
屋敷の浴場前にて、わたしは彼女の着替えを用意している。
実はミュエルさん、メイド達が住んでいる寮では同僚の普段着を借りていたらしく、自前の服を一着も所持していないヤバい奴なのでした。
わたしがその話を聞いたのはつい先程のこと。
浴場へ足を踏み入れた彼女に対して、わたしが扉越しに部屋にある器具や洗髪剤の使い方を教えている最中だった。
お湯を全身に浴びた音が聞こえた直後に「……すまない、寝巻きを買ってくるのを忘れてしまった」と、情けない声で懇願されてしまった。
憧れの人にそんなことをされてしまっては此方も蒸発寸前。
ちょっとドジっ子の域を超えている気がするけど、わたしにとっては彼女の全てがプラスに転じるので問題はない。
そもそも、裸を見られるのが恥ずかしいという理由で扉越しに説明させられていた時点でわたしの体は気体に変わっていた気がする。
満面の笑みを宿したわたしが扉を蹴破って覗きにくる可能性だってあるはずなのに、ミュエルさんはわたしの善性を信じて頼りにしてくれていた。
大切な人に頼られる、そんな嬉しいことはない。
わたしは扉を隔てた先には理想郷があるんだと暴れる精神を押さえつけるのに必死だったわけなんだけど。
騎士時代から理解していたことではあるんだけど、この人は女を堕とす天才だ。
仕方がないので、今日はわたしの服を着てもらうことにした。
それも今夜限りの期間限定イベントになっちゃうだろうね。
なんてったって、ミュエルさんはわたしより一回り以上大きいのだ。
きっと体格が露出するぐらいムチムチになってしまうだろう。
はしたない妄想はここまでにしよう、
自室から持ち出してきた手中の服を見つめる。
わたしが現在手にしているのは、ゴシック調に仕立て上げられたワンピース型のナイトウェアと裾が軽く締まっているズボン。
身に付ける都度、自分には不相応な可愛さだなと恥ずかしくなっていた衣服。
ナイトウェアだというのに緊張して寝付けなくなるという矛盾事故が多発していたので、一夜限りとはいえプレゼントするには丁度良い品物だった。
ついでにインナーもゴシックでロリータな新品の物を用意しておいた。
いつかの日にノリで買ったはいいものの、身につける機会がやってこなかった勝負的なアレ。
そんなこんなを浴室の手前に置く。
風呂上がり、わたしの趣味を纏ったみゅんみゅんが出来上がると思うと、生きる活力がどこからともなく湧いてくる。
「みゅんみゅん、扉の前に服置いとくからね」
「あー」
すっかり気の抜けた返事が浴室に反響していた。
とろける美声を聞きながら、視界の端に迷い込んだ洗濯籠を覗いてみた。
メイド服と黒いキャミソールが見える。
先にお風呂に入ったわたしの衣類がそれらの下敷きになっていると考えると、心臓が爆発しそうになる。
なんとなく、メイド服の上に乱雑に入れられたサイズの大きなキャミを手に取り、そのまま鼻に近づけてみた。
別に、ただ匂いを確かめたかっただけだし。
保てていたはずの理性はご臨終。
自立して動く鼻の内側では体内へ吸引する風が巻き起こってしまった。
「あ、夢壊れるやつだこれ。
ミュエルさんのキャミ普通に汗臭い……いや、それが良い」
すぐそこに被害者がいるというのに、わたしは自問自答を口にしながらそっと元の位置に戻しておいた。
ナチュラルに屑なムーブをかましてしまった訳だが、服を一式プレゼントした代償ということにしておこう。
わたしは興奮気味な気持ちを罪悪感と後悔でラッピングをし浴室を後にした。
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