7.蔵府神社

 次の瞬間、後ろでがたりと音がした。振り返ると店の中に20人ほどいたお客が全員立ち上がっていた。立ったままで黙って僕と舞を見つめている。僕と舞は大将と店の客たちに包囲されたような形になった。包囲の中で僕と舞だけがカウンターに座っている。


 僕の顔から血の気が引いた。何だ、これは? 何かの冗談か?


 大将の声がした。


 「さっき、あんた、神社の境内でそこの姉ちゃんにこう言ってただろ。『蔵府ぞうふ神社は何度も鳥居が焼けたんで、焼き鳥居がなまって、焼き鳥神社になったんだ』ってな。だけど、違うんだよ。蔵府ぞうふ神社は、漢字の『焼き鳥神社』じゃあなくてね、ひらがなの『やきとり神社』なんだ。そしてね、ヒトの臓物を食べる神様が祀ってあるんだよ。蔵府ぞうふ神社の『蔵府ぞうふ』はね、臓物を表す『五臓六腑ごぞうろっぷ』の『臓腑ぞうふ』なんだよ。それでね、わしら氏子が、こうして何百年もヒトの臓物を食べる神事を続けているんだ。この商店街がね、人知れずその神事をずっと守り続けているんだよ。こうしてね、ふらりとやってきた見知らぬお客の臓物を食べながらね」


 僕の背筋が凍った。冷たい汗が首筋から落ちて、背中を流れていくのが分かった。


 そのとき、客たちが全員一歩前に歩み出た。僕と舞を取り囲む輪が急に小さくなった。それを見て、大将がカウンターの中から右手を出した。手には細身の包丁が握られていた。天井の蛍光灯の光を受けて、包丁の鋭い刃がきらりと光った。


 舞の悲鳴が声が店内に響いた。


 「キャー」


 客たちが一斉に僕と舞に飛びかかった。


                  了

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焼き鳥神社を知ってるかい? 永嶋良一 @azuki-takuan

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