1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(23)

 榎戀の放った雷撃が三日月の身体を駆け巡る。二度も三度も雷撃を浴び、彼の身体はボロボロの筈だが、倒れず、榎戀の身体を強い力で、抑えていた。彼にはもうそんな体力も何も残ってないはずだろうに。


「なぁ、お前だって、本当は分かっているんだろ? 本当にこんな結末でいいのかって」


 舌が麻痺しているのだろう。三日月の呂律は回らず、見知らぬ人が聞けば何も解読出来ないであろう言葉の数々。だが、全部分かってしまう。自分の心の底を言い当てたような、見透かされたような、耳を塞ぎたくなる言葉の数々は、さながらカクテルパーティ効果のように、全てするりと耳に入ってくる。


「あいつは人じゃない、あいつは妖だから、そんなんで、本当に手にかけていいのかって。あいつが、何をした? あいつは誰を殺したんだ? 誰も殺してなんか居ないだろ!」


 その言葉を聞いた時、あの妖は酷く顔色を変え、怯えてしまう。


「あいつ言ってたんだ。昔も、あいつは人間と一緒に暮らしてて、人間と一緒に生きてたんだって、お前にすぐ懐いたのは、多分、その時と同じように安心できる環境がまた手に入れることができるんだって、そう思ったからなんだよ。それを壊してもいいのかって、安心していて、信頼していた友達が、急に豹変し、自分を殺そうとしてきたとき、お前はどう思うんだ!」


「アンタの言う通りね……」


 彼女は声を震わせながら、そう口述し、右手を徐ろにあの妖の方に翳した。


「さっさと、霊術で、倒せばよかったわ」


 その時の彼女の表情は酷く汚く醜く、美しさとは空集合な様子であった。見ていられなかったのだろう。三日月が思わず、平手打ちをした。二度も三度も雷撃を浴びた人間とは思えないほどの、力強いビンタ。今まで、三日月をしばきあげていた榎戀に対して、三日月が初めて、彼女を叩いた瞬間だった。


「も、もしもだけど、私を殺そうとするような人が大勢現れても、私を守ってくれる?」


 数日前、いきなりリンがこんな突拍子もない、変なことを言ったことを思い出した。それに対して、榎戀はなんと言ったのだろうか。


「勿論。決まってるでしょ。君みたいな少女に暴力振るうような人なんて、最低の人間だからね。こう見えても私、強いんだよ?」


 榎戀は思い知らされた、いつの間にか私が「最低の人間」になってたことを。


「だ、だって……」


 蚊の鳴くような小さな声で


「だって、仕方ないじゃない! あの子は妖、それが分かった今、前のように接してあげることなんて、出来っこないじゃない! ここまで学院内にも伝播して、誤魔化すことさえ無理なことになって…… アンタが悪いんじゃない! アンタが、この子を持って来なかったら……」


「あぁ、僕が悪い。だから、責任を取る」


「責任って、どうやって……」


「おい、なんかいるぞ!」


 その時、二人ではない第三者の声が聞こえた。これだけここでドンパチやっていたのだ。気が付かない方が不思議だった。そして、それを察知した三日月はリンを担ぎ、道を引き返して走って逃げる。何度も言うようだが、彼は二度も三度も雷撃を受けていて、ヘトヘトなはずなのに、ボロボロなはずなのに、彼の信念のみでただひたすらにがむしゃらに、幾度も最後の力を振り絞って踏ん張っている。一体、何が彼を突き動かしているというのか。


「あいつ! あの時の狼男かよ、またなんで庇ってんだ」


「なんかの情に絆されたのかね」


「あの妖、狼男じゃなくて、狼女らしくて、それに超美形だから、まんまと騙されちゃったのかな」


「あいつ、もともと3位だかの子でしょ。相棒バディ失った途端、ここまで落ちぶれちゃうなんて、憐れなもんね」


 口々に彼への罵詈雑言が聞こえる。榎戀はその声に対して、異論を上げたかったのであるが、自分にはそんなことを言う資格もなければ、もし有ったとしても空気がそれを躊躇わせた。


「おい、あのバカは何処行った? こっちか?」


 その声を聞いて顔を上げると、三日月が走って行った方向に指を指している神谷明治だった。


「うん、そっち」


「そっか、やっぱりお前はショックを受けているだろうな」


 しばしの沈黙が流れる。


「リンの正体が妖だってこと、気付いていたの?」


「あぁ、あいつは俺がそのことを言い当てると、大人しく帰ろうとしていた。俺も不本意だけどな。だから、別に殺そうともしなかった。穏便に済めば、それに越したことはないからな」


「じゃあ、私が壊しちゃったんだね。私が、リンちゃんを月の光に浴びさせたから」


「そうだな」


「あいつが服を着てなかったのは、これを破ることを避けたかったかららしい。気に入ってたそうだな」


「それは私があげたワンピ…………」


「あいつはお前と別れると分かった時、一つお前に伝言を頼まれたんだ」


「何?」


「「ありがとう」だとよ」


 それを聞いた榎戀はハッとしたような顔持ちになったあと、後悔に満ちた顔へと変わり、そのまま三日月が逃げた方向へ、走ろうとした。


「おい、どこに行こうとしている?」


 明治は途端に彼女の左腕を掴んだ。


「決まっているでしょ? 助けないと、謝らないと」


「何バカなこと言ってんだ。あのバカの二の舞だぞ。それに、あのバカなら百歩譲ってまだ分かるが、お前はあいつに


「ちょっと待って、さっきから言ってる「恩」とかって、何のことを言っているの?」


「お前、知らなかったのかよ。まぁ確かにあいつがこんなこと言う訳ないだろうけど、あいつだって、あの狼女が可愛いから、とか何の意地悪もしてないから、って理由だけで倒そうとする訳ないだろ。落ち着いて聞け」


「それは半年前のことだが……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る