1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(21)

 両者ともに剣を構えた。少しの間、見合いが続いたものの、先に動いたのは三日月の方だった。彼女の足元を狙い、剣を突く。当然、榎戀の方がそれが分からないわけが無く後ろに下がる。突いた時の僅かな隙きを見逃さまいと、攻撃を仕掛けるものの、それをギリギリで防いだ。だが、それを契機に彼女は猛攻撃を開始した。それをなんとか見切って防いだものの、キン!キン!という鍔迫り合いの音が何回か響いた後、三日月の手から、剣が離れてしまった。三日月は腐っても元三位といったところだ。度重なる榎戀の攻撃を受け流してみせた。だが、当時の動体視力は劣ってなくても、筋力は劣っていた。昔の伎倆ぎりょうは消えなくても、体力は確かに衰えていた。それは彼が霊術の修行を怠り、放棄していたツケだということは明らかであった。それを榎戀は察したのだろう。だから、ただ力で押した。さすれば勝てると思ったのだろう。落ちた剣を諦め、三日月は後ろに下がる。再び見合いが始まった。


「私まだ、霊術すら使ってないのだけれど、もう終わり?」


「いいや、まだだ」


 ぜぇぜぇ息を立てながら、三日月はそう返す。誰がどう見たって、無理してるのには間違いなかった。


「来なさい。サンダーバード!」


 彼女はそう言いながら三日月に追い打ちをかけるように精霊召喚を行う。「精霊召喚」とはその名の通り、契約した精霊を呼び出す。これにより、精霊と一緒に戦えるだけでなく、特定の霊術の発動に長けることが出来る。榎戀が呼び出した契約精霊、相棒バディは電気属性であるから、電気系の霊術が性能良く使える。


「喰らいなさい! 雷神ジュピターズの煌めき・トゥインクル!」


 彼女の手から強い電撃が走る。寸前のところで初撃を躱し、対抗するために叫んだ。


空虚な森ギンヌンガガプ!」


 彼がそう叫ぶと、彼の前にいきなり巨大な木々が立ちはだかる。そして、榎戀の雷撃を全て吸収し、三日月を守った。三日月が主に木の属性の霊術を扱う。木は絶縁体であり、非常に相性が良い。だが、一回の霊術の行使なだけで、彼の体力を根こそぎ取られていた。彼は息を切らし、汗だくになりながら、尻もちをついた。


 三日月は現在、精霊契約をしてはいない。それの割には霊術が強いのは、やはり昔の彼の相棒バディであるユグドラシルの残滓ざんしだ。しかし、それも限度がある。精霊契約をしていない人間とした人間戸では全く霊術の効率が違うのだから。


 三日月は諦めずにもう一度立ち上がろうとした時、


雷撃サンダー


 彼女が放った初等の麻痺霊術により、また、地に伏せてしまった。あれだけ体力消耗し、麻痺の攻撃を喰らったために彼女はもう動けないと踏んだ。


「やっぱり、今のアンタじゃ私に勝てないじゃない 弱い、弱すぎる」


 三日月は思い知らされた、こんなにも差があるのかと、それは考えてみれば当然のことだった。三日月が努力を放棄した半年間、彼女はずっと鍛錬してきたのだ。業を磨き続けたのだ。情けなかった。悔しかった。そんな思いに押し潰されそうだった。 だから彼は作戦を変えた。

 榎戀はそんな彼を一瞥し、剣を携え、泣いている妖に向かって、一歩また一歩と歩み始めた。その妖は恐怖で再び顔を染め上げ、小さな嗚咽を零す。


「嫌……お願い、助けて……」


 実は、霊術の強度で圧倒的に劣る人類でも、一つだけ人類の方が得手である霊術が存在する。その霊術は上手く使えば、人を喜ばせ、また上手く使えば、人を悲しませ、そんな人の感情をコントロールすることができ、人を欺き、騙し、操ることさえできる、最強の霊術。

 それが「言霊」だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る