1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(20)

 そう勢いよく飛び出して走ったはいいものの、この霊術東学院はとても広い。初等部、中等部、高等部、専攻部の4つの校舎があり、しかもそれぞれに寮が存在している上、その他様々な訓練場や売店等が置かれている。だから門が閉鎖されたとはいえ、学院内というだけでも相当の面積がある。そうこう探し回っていると、学院中の生徒たちが手柄を欲すとばかりにかなりの数が外へ出てきてしまった。一応、外は出ないようにという学院からの通告があったのだが、あれぐらいの妖なら自分達でも余裕だという驕りがあるのだろう。


(まずいな……このままじゃ)


 三日月は焦りを募らせていく。誰かが自分より先に見つけて、殺されてしまうのではないかとそうなってしまったら後味が悪い。そうこうしていると、不意に東の方向から何やら足音が聞こえた。


 何やら追ってみると、そこには榎戀が居た。しかし、あんなことが起こった手前、彼女にまた見つかることはたいそう気まずいと思ったのか後退しようとする三日月、だが、彼女の前方には人間とはまた別の種を追いかけていた。彼女の左手には剣を握っているのが見えた。三日月の呼吸が一瞬止まる。


(まさか殺すつもりなのか……)


 妖が学院内に入ってきたから、殺す。それは至極当然のことであるが、ただリンは彼女と居た時間を凄く楽しそうにしていた。榎戀も同様だった。榎戀がリンを殺すところなんて見たくもなかった。だから、彼は走った。


 榎戀にはまだ少し迷いがあった。だから、あのあやかしを月の出てるところで斃そうと思った。そうすれば、罪悪感無く倒せると考えた。暗闇で顔があまりよく見えないのも好都合ではあった。


「お願い、榎戀! わ、私は、確かに、そうだったけど、でも、でも!」


 狼と化しても自我を失わず、榎戀にそう問い掛けていた。しかし一向に返事をせず、ただ追いかけ回している榎戀、気が付くとリンの背後は行き止まりであった。そして、何かに躓いたようにそこで転んでしまう。


「は、話を聞いて! お、お願いだから、そ、その、い、嫌!」


 不気味なほど何も言わず、手には長い剣を握り締め、ただ一歩一歩とぐんぐん距離を詰め続けていた榎戀。その時背後から想像していなかった声が聞こえた。


「おい! 恢島! 何をやってんだ!」


 榎戀は一瞬、ハッとしたような顔をしたが、すぐに冷徹な顔に戻った。そしてあの時と同じような鋭利な目つきをし、彼を睨みつけた。前と違う点としては、彼がその睥睨へいげいに物怖じしなかったことだ。


「何考えてんの? アンタは……? これをどうやったら、そんな庇おうと思えるのかしら?」


「何考えてるのかはこっちの科白せりふだよ、恢島! お、お前、リンを殺そうとするなんて」


「それはリンじゃない。ただの妖よ。名前なんてある訳ない」


 榎戀の豹変ぶりに驚きつつも、三日月は榎戀とその妖の間に入る。その妖の声はただの泣いている少女のようだった。


「本気で言ってるのか?」


「ええ、勿論、だから、そこをどいてくれる?」


「どかない」


 その言葉に榎戀は驚いたような表情を浮かべた。


「アナタ、本気で言ってるの? どかないってことは私と何をするのか、分かってるんでしょ?」


「ああ」


 そう短い返事をしたあとで、三日月は徐ろに剣を取り出した。


「今の貴方が私に勝てるとでも思ってるの?」


「やってみないとわからないだろ」


 そう言った彼の口調は確かに震えていた。

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