1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(19)
三日月は仰向けの状態から徐ろに立ち上がった。リンを助けるか否か。数秒の逡巡の末に、彼の歩みは寮の方へと歩き出した。
(僕はどうしようもなく、クズな人間なんだ。助けに行くわけない。部屋の二人から何か言われるのは癪だが、仕方ない。今回のことで、お咎めがあるとは思うが、学校はかつての僕にまだ期待している。僕の言い分だって信じてくれるに違いないし、少なくともすぐに退学にはならないだろう)
そう開き直り、歩き始めた彼の膝は震えていて、初夏だというのに酷い寒気を覚えていた。少し歩みを進めたところそんな状態だったからだろうか、何にもないところで転んでしまった。それにより、ポケットに入っていたお守りが外に出てしまった。それは彼のかつての相棒・ユグドラシルから貰ったもので、いわば形見みたいなものだ。
「ごめん......ユグ爺......こんな状態の僕を見たら、どんなことを言うのだろうかな。きっと怒るのかもな、こんな出来損ないに落ちぶれちゃって......」
そう思った瞬間、彼の目から涙が溢れ出してきた。自分の惨めな行為がいやという程また思い知らされる。たくさんの人を裏切って、たくさんの人を騙した。それが僕であり、僕は善人とは全く裏返しな人なのだろうと。
(僕はどうせクズ人間にしかなれなかった...... ごめん、本当にごめん、ユグ爺......)
そして、彼は本当に悪になりたかった。だから、形見であるお守りの紐を解き中の札を破り捨て、決別しようと思い至った。榎戀にゴミだと思われる程度にはボロボロで薄汚れていたので、親切な人が拾ってくれることもないだろう。紐を解き、お札を出そうと手を布の中に突っ込むと、何やら折り畳まれたメモ用紙が入ってた。
びっくりしながらもその紙を開くと中には「迷うな」という簡素な文だけが書かれてあった。生まれる前に実の祖父を亡くした三日月にとって、ユグドラシルは彼の本当の祖父のような存在だった。悩みごとも打ち明けられ、物知りで色々なことを教えて貰った。そして、最後は......
怒ったことは一度もなかった程気も安らかで、おっとりとしていたが、そんなユグドラシルに初めて怒られたような感覚を覚えた。ユグドラシルにこのお守りをくれた時に言われたことが蘇ってくる。
「三日月よ、お前さんに渡したいものがあるんじゃ」
「ん? 何何? ユグ爺から何のもの貰えるか、楽しみなんだけど!」
「じゃーーーーーん! お守りじゃ! これはな......ってなんでそんな微妙な反応をするんじゃ!」
「い、いや、だって、お守り貰ったところで、ねぇ? まぁ有り難く貰っておくけど」
「お前さんは年とは不相応に達観しておる。ワシが今まで
「そう簡単に死なせないよ。って何回も言ってるじゃん」
「そうは言ってもいつか時は来る」
途端にまたもや、涙が止まらないほど溢れ出してきた。しかし、泣いてる暇はないと思い袖で涙を拭い、誰かに見せるように不敵に笑って、そして
「ありがと、ユグ爺。もう迷わない。もう一度やり直すよ」
そう呟き、彼はさっきまで行ってた方向とは逆の方向に走り出した。その足取りはさっきまでとは違い、とても軽やかなものだった。
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