1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(13)

 幸運にも突然の恵みの雨により、なんとか危機を抜け出したリン。彼女が小学生(と偽っていた)頃は、夜にどこかへ行くということが少なかったため、長らくバレなかったものの、このままではまずいと危機感を募らせる。


 そうして、彼女は早いテンポで道を歩いていく。そして、多少不自然に思いながらも榎戀が後ろからついていく。


「あ、あの、リンちゃん?」


 若干不審に思いながらも、榎戀はリンにそう問い掛けた。


「なんですか?」


「ひょっとして、怒ってる?」


 リンはびっくりした。そのようなことを言われるかなんて。振り返ってみれば、さっきからのリンは一切何も言わず、足早に帰路を辿ってるだけであるため、「怒ってる?」と思われても仕方のないような態度であった。


「い、いや、そ、そうじゃないです」


 榎戀を不快にさせてしまったのではないか、怪しまれたのではないかと不安になりながら否定し、こう付け足した。


「雨、今はまだ弱いですけど、酷くなったら困りますから」


「でも、この程度の雨だと、多分すぐ上がるよ? そこで雨宿りしてから帰る?」


 榎戀の良心から捻り出された言葉だったが、リンにとってはとんでもない発言だった。雨が止んでしまうと、月が出てしまうかもしれない。そして、彼女が狼のような姿に変わってしまうかもしれない。さっき買ったばかりの洋服は汚れてしまうのは惜しいが、それでも彼女にはバレたくなかった。もしバレたら、この人間も私を……


「い、いや、あの私、暗いところが嫌なんです」


 上手く雨宿りしない訳を作れた上、これから生活する際にも色々使えそうな嘘を思いついたため、早速言ってみる。


「な、なんか、暗いところに居ると、いきなりあやかしが襲ってくるんじゃないかって思うと、怖くて……」


 人間ではなく、妖がこのような発言をするなんて虚言も良いところだったが、榎戀は寧ろ、この発言を重く受け止め、かなり深刻そうな顔をした。だって、この女の子はあの何が居るか分からない魔法の森で保護された子だ。普通の子には平気でも、きっと暗闇に関するなんらかのトラウマがあるのだろうと彼女は考えた。


「じゃあ、早く帰ろっか? 私も嵐山先生に言わなきゃいけないし、このことを」


 榎戀はリンという女の子が安心して、普通の子のように生活できるまで、彼女の部屋に預からせてくれないかと学校直々に申し出た。孤児院に預けるというのが、1番良い方法な気もするが、今の彼女は過度にそれを嫌がってる。よって、猶予期間として1ヶ月の間、暮らそうという案が出た。その案が可決されるかどうかを行って確かめるのだが、嵐山先生曰く、間違いなく可決されるだろうとのことだった。よって、形だけではあるが、この後、彼女は職員室へ行き、書類を書くことになる。


「そうだね。帰ろう」


 そして、二人は学校の寮まで走った。


13


 どうしたら、退学の危機を免れるのか、三日月はそればかり考えていた。一ヶ月以内に相棒バディを見つけられなければならない。普通の精霊使いエスプリットユーザーには容易そうなミッションであるが、三日月にとっては重い十字架として彼の背中に鎮座していた。


 右手にある何も光っていないからっぽの契約の腕輪カンセントバングルを見つめる。


 精霊使いエスプリットユーザーには、相棒バディ契約を結んだあかしとして、腕輪が配られる。精霊と契約をすることで、契約の腕輪カンセントバングルにあるガラスの色が変わり、その色は精霊にある属性により異なる。例えば、八津遥の相棒バディであるオクソールは電気属性であるため、黄色に光る。


 この精霊の属性というのは、火、水、電気、木、その他の五種に分類され、火なら赤、水なら青、木なら緑、その他なら白く光る。「その他」とはなんなのか。と思うかもしれないが、この属性による分類分けとは、人間が後付け的に作られたものであり、例外が非常に多い。よって、存在する精霊の4割ほどはその他属性が占めており、全属性の中で一番多いという少々気味の悪い構成である。


 なお、火属性は強い霊術が他の属性と比べて多いが、水属性の精霊には弱い。逆に水属性はそんな強い火属性を弱められるが、電気属性に弱い。木属性は特に得手不得手はないが、その代わり非常に木属性の精霊自体が少ない。という特徴もある。


 既に契約を交わしたあとの腕輪は、いつでもそこから契約精霊と対話出来るようになり、霊力を供給できる他、いざとなれば自らの契約精霊を召喚することだって可能。契約を交わしていない腕輪は、近くに精霊が居ると、その精霊の属性の色が点滅する仕組みだ。なお、この状態で近くにあやかしが居れば、紫色に点滅し今すぐ逃げろと警告を出してくれる。そんな便利なアイテムなら、広く国民にも伝わってもいいかもしれないが、残念ながら契約の腕輪カンセントバングルは決して安くないため、庶民の手には渡らない。


 普段、精霊は妖が大量に居る魔法の森ではなく、西にある妖精の森に住んでいるが、人里にも稀に無契約の精霊はたまに見かける。だが、今日は全然に光らない。さらに、

(どんどん暗くなってきた……それに雨も……)


 精霊は暗闇を嫌う。よって夜になると精霊は寝たり、明かりを求めて人間の家の近くに佇む。結局今日も収穫という収穫が無いまま、寮に戻ろうかと思った次の瞬間、突然腕輪が紫色に点滅した。


 あり得ない、はずだった。基本的にあやかしは人間に対して、強い恐怖心がある。そのため、滅多に人里に姿を見せない。(だから、この間の狼男騒動が起こったのだが)


 三日月は警戒する。ひょっとしたら、いきなり襲いかかってくるのではないかと。そうすると、今度は二人に出会った。


「アンタ、こんなところで何をしていたの?」


 榎戀とリンだった。


「あ、いや、その、契約する精霊を探していまして……」


「そんな急がず、次の休みの日に妖精の森にでも行ってくればいいじゃない」


 ごもっともだった。しかし、三日月に重くのしかかってる退学という重みにより、居ても立っても居られなくなってしまい、人里で精霊を探していた。


 そんな理由だなんて、言ってしまったら余計な心配をかけるだけなので、その訳を隠しどう言い訳しようかと考えていたら、あっさりと向こうから手を引いてくれた。


「じゃあ、私急いでるから。この子を戻さないといけないし、暗闇が苦手らしいくてね」


 三日月はそれが、リンが正体をバレないようにしようとしてついた嘘だと咄嗟に判断できた。しかし、それだからと言って特にいうこともなく「そ、そうなんだ」と返した。


 「それじゃあね」そう言って、彼女達は走って寮の方へ駆けて行った。三日月も走ろうかと思ったが、一つのことに気がついた。


 妖に近づくと、紫色に光ってしまう。この腕輪の有能な機能により、リンの正体がバレてしまう危険性を。前回リンに近づいた時は狼男を助けようと、急いでたため、この腕輪をつけてなかった。よって誰も気がつくことは無かった。そして今回も榎戀が急いでたため、気がつくことは無かった。偶然の結果に二度救われたものの、もうその偶然に助けられることはないだろう。と勝手に思う。

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