1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(12)

12


「リーンちゃん! 大丈夫だった?」


 榎戀は元気そうな声を、リンに掛けた。すると、リンも引き攣った笑顔ではあるが、「だ、大丈夫だったよ」と声を出した。


「そうだ、リンちゃん。服買いに行かない? そのダボダボの服着るのも嫌でしょ?」


 確かにリンが着ている服は、彼女の背丈には合っていない代物だった。ただえさえ、榎戀は一般的な女子生徒よりも高い背丈をしているのに、十四歳(実際はもっと下の年齢に見えるが)のリンにはTシャツでさえ短めのスカートなようなものだった。そのため、いつまでもその格好にしておく訳にはいかず、新しい服を買おうということになった。下級とは言えど、榎戀の家は貴族出身であり、そもそも趣味が少なく、お金をあまり使わない榎戀は彼女の服を買うことに厭わなかった。


「うん、五番通りの服屋さん行きたい」


 五番通りの服屋さんはここら辺ではかなり大きな服屋であり、ここら辺の地域に住むほとんどの人はそこの服屋を利用している。だが、榎戀は一つ疑問に思ったことを話した。


「五番通り来たことあるっけ?」


「い、いや、なんでもない……です」


 狼化した時に、見かけたからだなんて言える訳が無かった。


「あ、ごめんね。変なこと聞いちゃって」


 そして、リンは首を振って否定した。


「じゃあ、服屋行こっか!」


 そして、二人は服屋に向かって歩き出した。


 ちなみに、榎戀はリンが本当は記憶を、失くしてないのではないかと感じている。それは彼女が先程のように妙に、この国について詳しい。そして、何故かずっと何かに怯えてるように、何かを恐れているかのような言動を示したり、ひょんなことを聞くと、悲しそうな顔をする。榎戀はリンが実は親から虐待を受けて、森に捨てられたと勝手に考察した。実際、里親探そうかという話になったら、彼女は何かに恐怖を感じるような顔をした。それから、榎戀は里親探しをしていない。そして、彼女にある大きな背中の傷、あれは包丁のような鋭利な刃物で切ったような傷痕だった。この子をなんとかしてあげたいという、母親のような気持ちで面倒を見ている榎戀はどうにかして彼女を元気づけてあげようと必死だ。


 一方、榎戀がどれだけ良い人だと分かってても、リンは気が晴れなかった。彼女は知っている、どれだけ私たちあやかしが嫌われてるのかということを。一見すると優しい風貌を持つ人も、私の正体を知ったらどう豹変してしまうのかも


(いっそ、あのムカつくチビに会いたい)


 リンの正体を唯一知っている人物だが、リンはまだ彼を恨んでいる。あの当時のことを、まだ彼には許してなかった。その筈なのだが、さっきから彼に会いたいという欲がどんどん高まっている。けれども、リンはその気持ちを否定し、気持ちを落ち着かせようとした。


(彼は私にあんなことをして、チャンスを奪われた。あんな奴、きっといつか、私を……)


「ああ、あそこがその服屋さん、好きな奴選んで良いよ。そこまで高くなければ買ってあげる」


 そうこう思いを巡らせてたうちに二人は服屋に着いた。リンは榎戀に「ありがとう」と告げた。


「別に良いのよ。そんなこと、リンちゃんはかわいいんだから、もっとオシャレしないとね!」


 そして、リンは榎戀の言う通り、色々な洋服を試した。リンにとってはこのような経験は久しぶりで、時間があっという間に過ぎたように感じた。それから、彼女はやがて、一つの服に指を差し「これが欲しい」と告げた。

 それは、どこか清潔感を感じさせる爽やかな水色のワンピースだった。袖が無く大きく肩を露見させ、スカートもかなり短いものであったが、現在の初夏の気候には合っている格好と言えた。余談だが、我が大光倉帝国だいこうそうていこくは北以外の三方が山に囲まれてることによって、盆地のような気候となった。つまり、夏は厳しい暑さ、冬はしばりつく寒さに見舞われる。そのため、夏の間は彼女のように肌を大きく露見させる者も少なくなく、そこまでおかしな服装ではない。


「うん、似合ってる、可愛いよ!リン!」


 榎戀がそう、リンを励ますと、彼女ははにかみながら、「ありがとう」と嬉しそうに返す。

 そして、そのワンピースを買ったのち、リンと榎戀は二人で一緒に帰ろうとした。そして、出口に辿り着いた途端、彼女は自らが犯したどうしようもないミスに気付いた。


「もうこんなに暗いね。どこか食べに行く?」


 すると、リンは「い、いや、だ、大丈夫、で、です」と動揺を隠し切れなかった。迂闊だったと彼女は気付いた、服を選んでることに気を取られ、夜が来ていたことに気が付かなかった。月の光を浴びると、みるみるうちに狼と化してしまう。


「ま、まだ、ここに居たいです」


「ん?まだ他に買いたいものあった?」


 榎戀が振り返ると、リンはまた何かにすこぶる怯えてるような顔をしていたのを見、榎戀は彼女を詮索するのは止めようと思い至った。


「さ、先、帰ってくれませんか?」


 と、リンは榎戀に本当の姿を見られたくない一心で、そんな荒唐無稽なことを言う。リンの身柄を心配する榎戀はそんなことを承諾する筈もなく「いきなりどうしたの?」と心配された。「な、なんでもないです」とリンは返したが、状況の打開は出来なかった。先延ばしすることは出来ても、まさか夜が明けるまでここの店で過ごすなんてことは出来ない。


 どうしようかと悩んでいた時、別の客が「ちょっと雨、降り出したちゃったね」と言ったことが耳に入ってきた。すると、リンは「は、早く、か、帰ろ。あ、雨が強くならないうちに」と急かした。

 態度の急変に驚きつつも、榎戀は彼女の言ってることを飲んで一緒に帰った。

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