1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(6)

6


 「で、私に何個か聞いたいことあるんでしょ? 言いなさいよ」


 彼女は三日月に問い掛けた。


「分かった。じゃあ、なんで、さっき逃げたんですか? 逃げなければ、説得出来たかもしれないのに……」


 三日月は単刀直入に、彼女に向かって質問をした。すると、返ってきた理由は考えてみれば至極真っ当な理由であった。


「だ、だって、もう少しで夜が明けちゃうから」


「え? どういうことだ。夜が明けて人間の姿になった方が都合良いじゃないか?」


 そう言った三日月に向けて、彼女は呆れたような顔をしたあと「バカじゃないの?」と言った。


「そ、その、私が、人間の姿のまま、森を離れるのは、は、恥ずかしい……じゃない」


 ここまで言えば大抵の人間は察することが出来るだろう。しかし、世の中には婉曲的な表現では、伝わらない人も居る。杠葉三日月という人間はどうやら、そんな鈍感な人物の一人だった。


「人間の姿を見られるのって、そんな恥ずかしいのか? そんな恥じる必要も無いと思いますよ。そ、その、なんというか、普通にか、可愛いと思うし」


 その言葉を聞いた狼女は、最初はこれでも汲み取れない三日月の鈍感加減に嫌気が刺し、どんどん腹を立てていたが、なんせ、人と会うことが少なかったのだろう。自らの容姿を初めて褒められ、彼女の顔は怒りと照れによって真っ赤に染められた。


「バ、バカ! なんで、ここまで言っても分からないのかしら! だから、その…森の外にすっぽんぽんで出ることになるのよ!」


 そこで、三日月は彼女の言ったことの趣旨が分かったのと同時に、そんなこっぱずかしいことを言われてしまった罪悪感と、先程見た裸身を思い出したことによる羞恥が芽生えた。


「ち、あ、あの、ごめんなさい!」


 彼女はムッとした顔で、「分かればいいのよ」と呟いた。


「じゃあ、次は私がアンタに質問する番ね。アンタ、何考えてんの? 私を助けて」


 突然、三日月は彼女が怒ってることを察した。彼女の冷徹な睨んだ目の裏に、たくさんの温情がこもってることが分かった。


「さ、さっき言ったよね。お礼を言いたかったって。そのために」


「それだけ?」


「それだけ」


 彼女の疑いの目を払うかのように、大声で断定する。


「アンタ、びっくりするほどお人よしだね。私にお礼をしたいからって、校則違反までして何してんの?」


「な、なんで、校則まで知ってるんですか」


「さっき皆んながコソコソと言ってたわよ」


「そ、そうなんですか」


 あの時は彼女を守ろうと無我夢中だったため、三日月は何も聞こえてなかったらしい。


「話は終わってないし、論点はそこじゃない。次からはこのようなことは絶対にしないようにね。命を救ってあげただけで、ここまで感謝されるなんて、アンタのその過度なお人よしは、いずれ自らの身を滅すわ。これからは、たとえ、どんな妖に遭ったとしても、今日のようなことは絶対にしないでちょうだい。じゃあね、気をつけなさい」


「ま、待って、聞きたいことはまだたくさんあるんだ!」


 このまま彼女と会話出来なくなるのは何故だろうか、とても惜しいと感じた三日月は、ありふれたセリフで彼女を呼び止める。


「何よ。とっとと言いなさい」


「え、えっとねぇ」


 三日月は何も考えてなかった。そのまま、5秒ほど時が過ぎてゆく。そうして三日月は思いついた質問を言った。


「さ、さっき、名を捨てたって言ってたですけど、何かあったんですか?」


 三日月は無理矢理質問を捻り出したものの、自分の発言を振り返ると、それは非常に失礼な質問とも捉えられる。それを察した三日月は「答えたくないなら、別にいいんだけど」と付け足す。それに対し、狼女は


「別に教えても構わないわよ。話長くなっちゃうけど」


「別に気にしないですよ」


「そう、分かった。教えてあげる。私が6歳の時……」


「ちょっと待ってください。今、何歳なんですか?」


 三日月は気になっていた事を問い掛ける。そもそも、狼男(この場合は狼女であるが)の寿命は何年なのだろうか。魔族の平均寿命は60歳と言われているが、種族による差は大きい。精霊はあまり変わらないらしいが、妖はかなり種族によってのばらつきが大きく、200年近く生きるものの入れば、1ヶ月生きれば、良い方の妖も居る。それと成長スピードも分からない。彼女の体は人間では小学生ほどに見える。


「14歳よ」


「じ、14!?」


 あくまで人間の話だが、男性の中では小柄な部類であった三日月より、一回りも二回りも三回りも小さいので、三日月はてっきりもっと下の年齢だと思っていた。やはり、狼男(この場合は狼女であるが)は少し成長が遅いのかもしれない。しかし、思春期の男子高校生である三日月はそのことを訝しみ、小さいお山に目を向ける。すると目線に気付いた狼女はこう言う。


「どこ、見てんのよ……この変態」


「ご、ごめんなさい」


 三日月はぎくりと感じ、それから謝った。確かに、しっかりしている性格を見れば、相応の年頃なのかもしれない。


「あんたがそんなこと言うから、話が脱線しちゃったじゃない。全く…まあ私、ずっと森の中で住んでたのよ。けど、家族なんて誰も居なかったわ。アンタには珍しいかもしれないけど、私たちからしてみれば、そんなことは珍しいことじゃなかった。その時はまだ、獣のように何も考えずに暮らしてた。だけど、ある夜、森の中に多くの精霊使いエスプリットユーザーが入って来たらしいんだ。なんで?って、それは私がそいつに聞きたいわよ。私だって分からない。そして、その精霊使いエスプリットユーザーは強かった。私は手も足も出なかった。だけど、私は殺されなかった。運が良くて、私がまだ生きてるのを誰も気付かなかったみたい。そして、私、運の良いことに、私が倒れたところはアンタたちの住んでる街の近くだったみたい。だから、分かるでしょ?分からないの?アンタ、察することって出来ないわけ?ほんと鈍感ね?だからつまり、朝方になると、生えていた毛が全て無くなり、あたかも妖に襲われ、血を流してる小さな女の子のようになっちゃったのよ」



「それから、私は保護された。けど、何も喋れなかった。怖くて、何が起きてるのか分からなくて、当時の私は月の光さえ、当たれば周りの人たち倒せるのに、と何度も思ったわ。窓の無い部屋に居たから、変身出来なかったのよね。今思い返せば、月の光が当たらないところで助かったんだけど、それから、私は孤児院へと入れられた。そこでも、私は運が良くて、そこの孤児院、とても面倒みの良いとこだったらしいのよね。だから、夜になると皆んなを寝かしつけようとしたから、バレなかった。けど、私は、アンタたち人間のことなんて何も分からなかったから、言うこともろくに分からず、歯向かってばかり居た。だから、狂犬、手のかかる子どもと言われて、よくわからない部屋に幽閉されていた。それほど危ないことをしたらしいのよ。けれども、孤児院に入れてそんな日が経たないうちに、私を、受け入れてくれた家があるの。こんな私を。「その家の名前はなんだ」って?なんでアンタに教えなくちゃならないのよ。「神田」って名前だったわ。特に何も無いわよ。しっかり者のお母さんと、おっちょこちょいのお父さん、妹のような姉と居た。そんな家に私は入った。楽し……かったわ。凄く。そこで、私はたくさん学んだ。何も知らなかった私に、全てを教えてくれた。箸やスプーンの持ち方、買い物の生き方、そして、社会常識も、小学校にも通わせてくれたわ。だから、私はそこで、自我のような物が出来た。通常、会話もろくに応じることが出来ないと言われている妖に、ね。だから、私はそこで、私たち妖がどのくらい忌むべき存在なのかを知った。だから、私の存在は誰にも知られてはいけないと分かった。だから、私は私が妖であるという事実を隠した」

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