1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(7)

「私が十一歳のとき、家の庭でBBQしたの。楽しくてさ、羽目外してお姉ちゃんといっぱい遊んだ。遊び過ぎて、疲れちゃってさ。そのまま外で寝ちゃったの。だけど、夏だったから夕方でも外も暖かくて、親はそのまま放置しちゃったの。そしたら、あんたでも分かるでしょ? そう、夜になって、私が月の光を浴びて狼となっちゃったの。そしたら、お母さんもお父さんも怖がってね。そしたら……」


 しばしの間が空いた。


「軍が出てきて、私は森に追いやられたってこと」


「お姉さんはどうなったんだ?」


 三日月は気になったことを尋ねた。


「え?」


「その話だと、お母さんとお父さんは怖がったみたいだけどお姉さんも怖がったんですか?」


 一瞬、その狼女は悲しそうな顔をした後、取り繕うような顔をしてこう言った。


「え、えぇ。私のお姉ちゃんも、そう……だったわよ」


「なんか、悪いな。こんな話させてしまって」


「いいわ、もう気にしてないもの。というか、逆に5年も嘘を貫き通せたのが凄いわよ」


 その時、背後から足音が聞こえた。三日月の方に走ってきているのだろう。


「おい、三日月! お前、一体何したと思ってる!」


 三日月にとっては耳馴染みのある友人の声がした。



7


 走ってきたのは、三日月の友人・神谷明治だった。


「お前、何をしたのか分かってるのか!」


 彼は温厚で、とても優しい人だ。視力が悪いのかメガネを掛けているという特徴がある。水属性の霊術を用い、ポセイドンという精霊を相棒バディにしている。そんな彼がここまで声を荒げて感情的になるのは珍しい。それだけのことをしたのだ三日月は。


「バカげた恩を返そうとして、我が校のルールに則らず、妖の味方をし、その結果、その妖は逃げた。お前、人に害を齎す妖に対しての幇助行為をしたら、またお前は罰則を受けることになるんだぞ。」


「ご、ごめんなさい」


「で、そこにいる女の子は誰なんだ?」


 明治は彼女に聞かれないように、三日月の耳元でそう囁いたが、狼女にも聞こえていた。そのため、狼女は正体を言おうとした。しかし、


「え、えっと……森の中で小さい女の子が倒れてたんだ」


 三日月は混乱して、そう言った嘘をついた。それにより、明治が三日月にしていた説教がいつの間にか彼女の話になってしまった。


「そいつはどんな感じで倒れてたんだ。名前は分かるのか」


「え、えっと……あっちの方の森で倒れてて、記憶も……ないみたい。あの記憶喪失ってやつだと思う」


 成り行きで吐いてしまった嘘を正当化するために、デマカセの嘘を連発する三日月。


「なるほど」


「分かったか。よし、じゃあ僕が言うのもなんだけど、帰ろうよ。もうそろそろ授業始まるんじゃない?」


「いや、一旦榎戀に連絡する。そこの女の子も保護しないといけないし」


「い、いや待って、呼ばなくてもいいんじゃないか?二人で帰ろうよ」


「何を言っているんだ。お前は、折角保護したのになんで町に連れて行かずに、森へ放置するんだ」


「た、確かにそうだね。うっかりしてたよ」


 明治は謎にしどろもどろな三日月に対して訝しみながらも、携帯で榎戀と話すため、その場を離れた。


「誰がまた人間として暮らしたいと言った!」


 その狼女は今まで以上に鋭い目で、三日月を睨んだ。


「貴様、どういうつもりだ。私に何を期待しているのだ」


 狼女は大きすぎる怒りを秘めながら、そう言った。反対に三日月は人の状況下を軽々しく決めてしまったことに気づき、反省した。


「ご、ごめんなさい。本当に」


「本当にそう思ってるなら、なんとかしろ。なんで私がまたあんな地獄みたいな市街地に行かなければならないんだ。ふざけるな」


「は、はい」


 そんな時、はたまた後ろから声が聞き覚えのある声が聞こえた。榎戀だった。彼女は勝手なことをした三日月に怒りを滲ませながら、こう言った。


「おい、三日月。全く私たちを心配させといて、本当に何やってんのよ。さっき言ってた女の子はどこ?」


「あ、そのことなんだけど、実は……」


 三日月が、彼女の存在を明かそうとした瞬間。


「か、か、か、かっわいいいーー!」


 榎戀がそう叫んだ。そして、その狼女に駆け寄ったあと、抱き締めて、ご機嫌に鼻歌を歌いながら頬擦りをする。


「こんな可愛い子が、なんでこんな所にいたの。でもね大丈夫。お姉さん達が守るから!」


 その言葉を聞いた狼女は昔のことを思い出した。かつて、お姉ちゃんと呼んだ人、私を最後まで信じてくれた人、彼女はどこか懐かしい気持ちに浸ると、無性に甘えたくなった。


「え、えっと、恢島、あの実は……」


「実は、何?」


「怖かった」


 三日月はその言葉を聞いた瞬間、後ろの狼女の方へと、首を向けた。そして、激しく困惑した。あんなに人間として暮らしたくないと言ってたのに、狼女が正体を隠すようなことをしたからだ。


「怖かったの。なんか、よく覚えてないけど、怖かった。誰も知ってる人、誰もいなくなっちゃって……それで」


「無理に思い出そうとしなくていいのよ」


 榎戀がそう諭す。そして沈黙が流れる。三日月はどうすれば良いのか分からなくなった。さっきまで、榎戀と明治に正体を明かしたかったはずなのだが、榎戀に懐いてしまった。正体を隠そうとしているように、そんな彼女の矛盾的で背反的な行動に悩んでいる間、榎戀はあることに気づいた。


「ねぇ、この娘、アンタのコートしか着てないみたいなんだけど、アンタ……まさか……」


 三日月ははっとした。が、言い訳が何も思い浮かばず、頭を下げて。


「え、あ、えっと……ごめんなさい!」


 そう言うと、彼女は抱き締めてた両手を離し、彼に近づきながら、


「この、変態ロリコンロクでなし野郎!」と言った。


 そして、彼を思いっ切り殴った。「ふげぇー!」と言いながら、頭を下げたまま彼は殴られる。


「な、なんかされなかった? あの男に」


「胸とか、お尻をじろじろと見られたり、私を起こす時に、わざと胸を揉まれたり」


「み〜か〜づ〜き〜」


「ちょ、ちょっと待てください、僕はそんなことしてません。誤解です」


「アンタの弁明と、彼女の言い分、どちらを本当かなんて明白でしょうがああああ!」


 そう言って、彼女は顔を赤らめながら、激しく怒り、彼に腹パンをかました。三日月は「グフッ」という声を上げ、その場に蹲った。顔を上げると狼女がニヤリとした顔で、僕を見た。そんな時、強風が吹いた。そして、榎戀が着ていたスカートがほんの少し捲れた。普通なら見えない角度だが、榎戀は一般的な女子高生にしては背が高く、三日月は一般的な男子高校生にしては背が低い。それに、今の三日月は腹パンを食らったことにより蹲っている。これにより、榎戀が身につけていた下着が露わになった。


「黒……」


 彼は顔を赤らめながら呟くように言った。だが、それを聞いた彼女は瞬時にその意味を理解し、そして、


「な、な、何見とんじゃ! この変態!」


 彼は彼女により三度吹っ飛ばされた。

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