タレも塩もどちらも好き

天鳥そら

第1話タレも塩もどちらも好き


「真美ってさ、焼き鳥は塩派だったよな?」


タレ味の焼き鳥をほおばっていた私は、思わず手にしている焼き鳥を落としそうになった。口の中のものを飲み込んでいる間に、落ち着きを取り戻す。


「特に決めてないけど、なんで?」


「いつも塩じゃん。焼き鳥食べるとき」


そういう康彦はタレ派だった塩派だ。家族がタレしか食べないから、小さい頃は塩があるとは知らなかったらしい。友達に教えてもらってからはすっかり塩派に変わっている。


スーパーの駐車場内に、焼き鳥屋がある。キッチンカーだけど、大抵、いつもいる。

小腹が空いたときは一緒に食べて帰るのが日課だった。スーパーの下にある青いベンチは私と康彦のお決まりの場所だ。


「うん。もしかして、好きな男でもできたのかと思ってさ」


口をもぐもぐさせながら、なんて返事をするか考える。ちなみに付き合っている彼氏はいないし、好きな相手もいなかった。ただ、妙なことを頼まれている。その内容を康彦に話すのは気が引けた。


「どうだろうね。私だって、高校生だし?好きな相手じゃなくっても、付き合う相手ぐらいいるかもね」


冗談めかして明るくかわし、そのまま話題をそらせようとする。


「まあ、そうだけどさ」


それ以上、康彦は何も言わなかった。二人とも無言のまま焼き鳥を頬ばっている。スーパーに出入りする人は多く、車の出入りも多かった。今は午後四時ぐらいだから、これからがピークになるだろう。夕方の割引セールを目当てに来るお客さんは多いのだ。


「なんで、そんなこと気にするわけ?」


私と康彦は友達だ。ただ、こうして一緒にいると恋人同士なんじゃないかって、錯覚することがある。知らない間に自分の好みを把握されているのは、友達でもあるのだろうけど気恥ずかしかった。


「もし、真美に好きな男がいるんだったら、もう一緒にいない方がいいかなって考えてた」


高校指定の学ランは、背の高い康彦によく似あっている。やっぱり高校の指定で髪は短めにするよう言われている。精悍な顔つきで、黙って立っていれば女の子にモテるだろう。


ずいぶん日が長くなったとはいえ、三月初旬の日は落ちるのが早い。五時近くになればさらに暗くなる。人も多くなり、こうして焼き鳥を食べ続けるのは迷惑になるだろう。それでも、こうして二人で並んで座っていた。


「もう一緒にいない方がいいのはさ、私の方なんじゃないの?」


食べ終わった串が、プラスチック容器に四本並んでいる。タレが容器内にたまり、うっかりひっくり返さないよう気をつけなければならない。


「真美もそう思う?」


「ずっと一緒にいられたらいいなって思ってたけどね」


康彦の背後で真っ赤な夕日が明るい金色をにじませる。康彦の顔がまぶしかった。


「それって、俺のこと好きだってこと?」


「どうだろうね。もうちょっと一緒にいたら好きになっていたかも」


目からあふれる涙はぬぐわない。ただ、まっすぐ康彦の目を見ていた。


「俺は好きだよ。好きだったよ」


康彦の顔が近づく、私の頬にそっと手を添えた。康彦の顔が近づいてきても、拒否することなくそのまま目を閉じる。唇の感触がしたような気がした。


「それじゃあ、今までありがとう」


康彦の背後で大きく夕日が光る。


「こっちこそありがとう。さようなら」


言い終わるか終わらないかの間に、康彦の体が夕日の光にとけて消えていく。涙で目の前がゆがむ。瞬きをしたらもう、そこには康彦の姿はない。スーパーの雑踏は私と康彦のことなど気にもとめていなかった。


焼き鳥の串は4本。プラスチック容器内のタレの中に沈んでいた。4本とも私が食べた分で、康彦の串はない。どこにもなかった。



「あの、ありがとうございました」


ひとりで涙を流していると、スーパーの影から十二歳ぐらいの少年が姿を現した。スーツに身を包んでいるせいか大人びて見える。もしかしたら、もっと年下かもしれない。


「これで、康彦は成仏できたのかな」


「はい。もう、どこにもいません。ちゃんとあの世に旅立ちました」


自分よりも年下の少年にねぎらうような表情をされる。清潔な白いハンカチを渡されて思わず手に取った。


「なんで、自分や私の家じゃなくて、焼き鳥屋さんの近くにいたんだろうね」


「真美さんとの時間が楽しかったんでしょう。焼き鳥もお好きだったようですし」


丁寧な言葉遣いにさらに涙があふれた。康彦の訃報を聞いたのは三ヵ月近く前、事故に遭い帰らぬ人となった。お葬式もして四十九日もすみ、心の整理がつかないままでも日々の生活に戻っていく。


康彦が成仏せずに幽霊としてこの世にとどまっていると聞いたのは一週間前のことだった。


「私さ、幽霊とか信じない人間だったんだよ?本当にいるんだね」


「知らずに通り過ぎる人の方が多いと思います」


夕日の中にとけていった康彦の姿を思い浮かべる。苦しいとも悲しいとも言わずに、いつも通り焼き鳥を食べただけだった。さっきのさよならも、明日もまた会おうの言葉みたいで現実味がない。


「あの、ありがとう。最期にお別れが言えて良かった」


涙をぬぐわないままのハンカチを返す。少年の表情は朗らかだ。


「僕も、あなたに頼めて良かった。ありがとうございました」


深々と頭を下げた少年は、僕はこれでと去っていく。駐車場の奥へ歩いていき、青い自家用車に乗り込んだ。家族が待っているのだろう。幼い見た目だが、陰陽師を先祖にもつ子供らしい。幼いころから修練を積み、ときには依頼を受けて働いているそうだ。


青いベンチにぼんやり座ったまま、少年が突然現れたときのことを思い出す。ひとりで、歩いていると呼び止められた。


「あの、あなたに頼みたいことがあるんです」


真摯な視線が真美を貫いた。低い背、声変わりのしていない高い声、ほっそりとした体のせいで小さく見える。それでも、自分より年下の少年だとは思えなかった。


「タレも塩もどっちも好きだよ」


プラスチックを閉じて輪ゴムでとめると、近くのゴミ箱に放りこんだ。






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