第7話 幸運男ジョンの反撃する幸運

 お父さんの言葉に僕は耳を疑った。

 囮にする? 人を、あの魔獣の群れの中に?

 それが何を意味するのか。命の危険と隣り合わせのこの世界で、五年しか生きてこなかった僕でも理解出来た。


「マイルズ、貴様はアイツらを引き付けて私たちが王都に入るまで時間を稼げ」

「……っ」


 今回の件の発端となったマイルズはお父さんの言葉に息を飲むも、覚悟を決めたのか次第に目つきが変わっていった。


「……」


 ライガさんは何も言わない。

 それどころかマイルズの仲間である傭兵のみんなも、レオナも何も言わない。ただ唇を噛み締めて受け入れているような様子だ。


「良いか? これは貴様の責任で、その償いがこれだ」

「……あぁ、分かってる」


 すぐ横で僕はこんな会話を聞いている。

 助かるために人を犠牲にする内容を、聞いている。


 責任は報いを。罪は罰を。

 人の命が軽いこの世界じゃそれは普通かも知れない。

 でも相手は自分のやった事を悔いていた。

 それまでの経緯は人なら普通にある失敗だ。結果的にその失敗はみんなの命を危険にさせる物だけど、あくまで結果論だ。不幸なすれ違いによる報いがこれなのか。躊躇なく、その命を散らせる選択肢を取らせるほどの物なのか。


 分からない。

 前世で平和な国に育ってきたのか、僕にはその責任の重さというのは分からない。


「……気持ち悪い」


 いいや。人を殺して助かった僕だって同じだ。

 僕は、僕とお母さんが助かるためにクレアという女性を死なせた。いや殺した。見殺しにした。運が悪かったと言い放った。


 今回もそうだろう。


 自分たちが助かるためにたった一人を犠牲にするだけだ。

 死にに行け。全部お前の責任だ。お前は運が悪かった。そのような言葉を吐いて、僕たちの命は守られる。


「気持ち悪い」


 違う。違うのだと僕の理性が叫ぶ。

 マイルズとクレアは違う。あの女はそうなって当然だ。だがマイルズは事故だった。悲しいすれ違いだった。同情したからもう許してやれよと考えてしまう。


 だから僕は、囮作戦に反対だ。

 それを口にしようとしたけど、何故か声が出てこない。

 一体どうしたのか? いや理由は分かる。

 反対する理由が薄いからだ。


 ――本音を言えよ。


 本音。僕の本音はなんだ。

 人が死ぬのを見たくない。

 死ぬと分かって人を送りたくない。


 ――それだけか?


 ……正直に言うとマイルズは情状酌量の余地はある。

 でも悪い事をしたんだから、それで罰を受けるのも別になんとも思わない。

 自業自得だし。僕とは他人同士だし。彼がどうなろうと知ったこっちゃないし。


 いや、そうか。そうだ。

 色々考えて、正当化しようと来たが結局のところ他人のためじゃない。


「よし、分かったら早く――」

「――お父さん、ちょっと黙ってて」

『!?』


 お父さんの言葉を遮った。

 周囲は顔に驚きの表情を貼り付けて僕を見る。


「じ、ジョン……一体何を……?」

「囮にするのは反対だよ」

「なっ、ジョン! お前はこの状況を理解しているのか!? 魔獣はもうこれ以上増えないが未だに私たちに向かって追い掛けているのだぞ!? それをこの男が犠牲になれば――」

「黙って、って……言ったでしょ?」


 気持ち悪い。そう、気持ち悪い。

 僕の家族が、お父さんが、そんな他人の命を犠牲にしようとしてるのが気持ち悪い。心底軽蔑する。


 それに何より。


 お母さんがそんなお父さんの事を辛そうに見るのが辛いのだ。

 だから認められない。クソ食らえだそんな物。


 後味が悪い方に生き残っても、幸運とは言えないんだよ。


「……は、はは! おいおい坊主なんだその目は! 自棄になったのか覚悟を決めた目か分かんねぇぞそれ!」


 ライガさんが僕の目を見て笑う。


「だがどうする坊主! スタンピードはまだ続いているし、それに後ろを見ろ!」


 ライガさんの言う通りに僕は後方を見る。

 するとそこには巨大な魔獣の姿が五体も見えた。


「ドラゴニクスシリーズが五体だ。言っておくが俺様でさえ、あんな数のドラゴニクスシリーズと相手をするのは無理だぜ? せいぜいが三体ぐらいだ。坊主はどうやってあの化け物と大量の魔獣の数から生き延びるつもりだ?」


 状況は悪化していた。

 だがそれでも、僕は挫けていなかった。


「やってやる……やってやるよ……!」


 生き残るために犠牲にするのは後味が悪い。

 それだったらやるしかない。


「ライガさん!!」

「なんだ坊主」


「僕を、聖剣の森まで案内してくれ!」




 ◇




 聖剣の森。

 それは現在では巨大な聖剣の像が建っているの森。確かに過去は本物の聖剣が突き刺さっていた神聖な森だろう。だが今は違う。本当に、巨大な聖剣像しかない森なのだ。


「でも、聞いてた話が本当なら……!!」

「坊主! もうすぐ森が開くぞ!」


 ライガさんの言葉のすぐ後に、森が開いていく。

 そして開けた先にあったのは。


「あれが、聖剣像……」


 全高約二十メートル。

 現実で言うならお台場にある等身大巨大ロボットような大きさの像。巨大な聖剣が台座に突き刺さっているという感じの像だ。


「……」


 僕はその像に近付き、手を当てる。

 これからやる事に緊張して、心臓の鼓動が早まっていく。

 そんな僕に、お父さんが険しげな声で話しかける。


「何故お前がそんな事をする……? あの男を犠牲にすれば済む話なんだぞ! 何故お前が戦わなくちゃいけないんだ!」

「そんな話、お母さんの前で言わないでよ」

「ジョン……」


 お母さんが気遣わしげに僕の名前を呼ぶ。

 だけどすぐに顔を引き締めて、覚悟を決めた。


「私は、ジョンに任せます」

「な、アセリア!? 何故だ!? ジョンの事が心配じゃないのか!?」

「心配ですよ。心配ですが、信じているんです」

「信じてるって……」


 家族を思うなら、寧ろお父さんの方が真っ当だ。

 でも、それでも。


「力があるのに、何もしない方が嫌なんだよ」


 それに家族の選択で他人を犠牲にしたくない。

 家族にそんな清廉潔白さを求める僕は異常だろうか。貴族に生まれたお父さんには理解出来ないかも知れないが、僕はお父さんのそんな姿を見たくないのだ。


「来るぞ坊主! 先頭はドラゴニクス・クロコモールだ!!」

「……ごめん、レオナは降りてて。ここから先は僕と轟樹だけで行く」

「……大丈夫なのか」

「どうにかなれって思ってる」

「呆れた。だから笑ってるのか」


 彼女はため息を吐くと轟樹から降りた。

 そして。


「でも、嫌いじゃない」


 そう言ってくれたのだ。


「……さぁ、やるか」




 ◇




 魔獣の先頭を走り、驚異的な速度で這って僕たちを狙う相手。ドラゴニクスシリーズの一つであり、巨大なワニにモグラの特徴を兼ね備えた化け物。


 その名をドラゴニクス・クロコモール。

 通称龍鰐。


 地面を潜り、飛び出すと同時にその巨大な顎で対象を喰らうとされ、下手すれば国の一画を抉る厄災の一つ。

 美味しそうな魔力の塊を察した龍鰐は、本能のままに移動し続け、そして僕たちを発見した。いつものように食らいに行く。それだけの単純な思考のまま龍鰐は僕たちを食らおうと地面に潜る。そして飛び出そうとした瞬間。


 そいつは圧し潰された。


「先ずは一体目ぇ……!」


 持ち上げる。

 腕力ではなく、念力で。


「は、はははははぁ!! お前最高だな坊主ぅ!! 良いぞ認めてやる! レオナと付き合って孫を見せてくれやぁ!」

「親父!?」


 後方で何かライガさんが嬉しい事を言っているような気がするが、緊張と恐怖でよく聞こえない。龍鰐を倒してもまだ魔獣の後ろには四体のドラゴニクスシリーズの化け物が控えているせいで、僕はライガさんの言葉に集中できないのだ。


「さぁ来いよクソッタレェ!!」


 あぁ、なんで僕はこんな状況に陥っているのだろうか。

 邪神教団からもう戦いたくないって思ってた筈なのに、ふと冷静になってしまうと自分の選んだ行動を後悔してしまう。


 それでも。


『ギャアアアア!!!』

「行くぞ轟樹ィ!!」


 馬の人形である轟樹を駆けて立ち向かう。

 それだけなら無謀な行為だろう。

 でも僕には武器がある。どんな奴らでも潰せる圧倒的な武器が。


「潰れろぉ!!」

『ギュべッ!?』


 ドラゴニクス・ディアピアース。

 龍鹿と呼ばれる一体が、強引に潰れた。


「薙ぎ払えぇ!!」

『ガアアアア!?』

『ギュオオオオ!?』


 横薙ぎで魔獣の集団諸共、聖剣の森の一部を抉る。

 その中にはドラゴニクス・ビースマッシャーとドラゴニクス・ベアメルトも含まれていた。


「なんて戦いだ……」

「あんなもん……規格外だろ……」


 馬の人形に乗った子供が『それ』を振るだけで地形が変わる。

 規格外の念力による物理法則を無視した挙動と速度によって振り回す、超巨大質量の威力はまさに厄災そのもの。


「ドワーフに鉄槌、勇者に聖剣。あの坊主にとっての武器が……聖剣像」

「あれが……私たちの息子なのか……」


 長年聖剣の森に建てられていた見せ物が、今度は魔獣たちに地獄を見せていた。


『ガァ!!』

「空か!」


 最後のドラゴニクスシリーズであるカラスのような化け物が空から襲い掛かってくる。攻撃した後だからもう一回武器を振り回すのに時間が掛かると判断したのか。だが甘い。カラスは賢い動物だが、どうやらお前はそこまでじゃなかったようだ。


『ガァ?』


 後から知ったそいつの名前、ドラゴニクス・クロウダンサーは突如としてその生命を終えた。他ならぬ、僕の聖剣像による横からの一撃によって。


「念力で動かしてるからそこに慣性の法則なんて物はないんだよ!!」


 僕の念力は確かに半径二メートルしかない。だけど掴む対象が一部でも範囲内に入っていたら、僕は掴む対象が小さくても対象全体を持ち上げる事が出来るのだ。

 それに僕にとって聖剣像の重さなんて物は関係ない。馬鹿でかい聖剣像を振り回す際に起きる空気の抵抗なんざ意味はない。


 僕の念力は、聖剣像をまるで軽くて細い木の枝のように振り回せるのだ。


「犠牲にして生き延びるなんて物はクソ食らえ!!」


 一撃振るう度にスタンピードの何割かが消し飛ぶ。


「全部殺せば全部解決ッ!!」


 二撃振るえばスタンピードの何割かが恐怖に怯える。


「運が悪かったなぁお前らぁ!!」


 三撃も振るえば味方すらドン引きする始末。

 僕は今、最高にイラついていた。


 邪神教団からやっと解放されたと思ったのにこの状況だ。

 原因は不幸なすれ違いの結果で、お父さんは軽蔑するような発言をする人だった。挙句の果てに僕が選んだ事とはいえ、こうして戦いに出る始末。


『ギャアア! ギャアア!!』

『ギャアァ……ギャアァ……!』


 絶望し、恐怖し、逃げようとする魔獣ども。

 それでも僕は逃さない。


「イピカイエー、くそったれ」


 最後の一体が、消えて無くなるまで。




 ◇




 陽が沈み、オレンジ色の景色が辺りを包み込む中、膨大な数の魔獣の屍の上で、馬の人形に乗った子供がいた。側には巨大な聖剣像がまるで魔獣共の墓標のように立っており、その姿は見る者によって死神のように見えた。


 ジョン・マクレイン。


 齢五歳にして邪神教団の残党と誕生した邪神を滅ぼし、スタンピードでドラゴニクスシリーズの魔獣数体と無数の魔獣を倒した女神の眷属。


 後に歴史上初の邪神を狩る者邪神ハンターになり、行く先々で不運に見舞われる『ハードラッカー』と呼ばれる男の……幕開けである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界ハードラッカー 自称幸運男が異世界に転生したら世界を揺るがす不運ばかりに遭うんですが クマ将軍 @kumageneral

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ