第6話 原因が分かったという不運

 ドラゴニクス・スワローテイルという強敵を倒してもまだスタンピードは終わらない。相変わらずスタンピードの進行先は僕たちのところだ。


「……念話で護虹結界の発動申請が通った! 王国の中に入れば一先ず安全だ!」

「さっすが公爵家だなぁ!」


 お父さんの言葉にライガさんが笑みを浮かべる。

 僕は聞き慣れない単語に疑問を抱いて、後ろに乗っているレオナに尋ねた。


「その、何? そのなんとか結界ってのは」

「……護虹結界ごこうけっかい。ロイエンガル王国の外壁に設置している対邪神用結界。七属性全ての最上級防御魔法を組み込んだ究極の結界魔法らしいけど……まぁオレもそれを見た事はないな」


 本当は見れる筈だったがその前に護衛依頼を受けて王国から離れたとレオナは言う。

 心無しかこちらにジト目を向けている気がする。僕は前を向いているから表情は分からないが絶対そうだ。ってかそれの原因って僕たちの事ですよね……?


 心当たりに思い至った僕は、気まずい空気を変えるように話を強引に進める。


「た、対邪神用って絶対切り札的なあれだよね……?」

「……もしかしなくとも切り札だ。用途が邪神の被害を想定しているから、スタンピード程度で発動申請しても先ず却下される筈だが」


 なのに申請は通った。

 そこで僕は気付いたのだ。

 お父さんは僕たちを守るために強引に許可を得たのだと。


「流石公爵家だな」

「……なんか皮肉的なニュアンスも含まれてそう」


 レオナの声音から何か権力に関する因縁がありそうだなと僕は思った。


「それよりもおかしいと思わないか?」

「おかしいって……ちょっと心当たりが多すぎて」

「スタンピードの事だ」

「あっそっちね」


 こちとら抱えてる厄ネタがいっぱいあるからすぐに思い至らなかった。

 ほら、女神とか邪神とか女神とか女神とか。


「スタンピードの集団がちっとも道を逸れていかない。やっぱり何かの意図を持ってオレたちに向かって来ているんだ」

「でも魔獣って僕たち人間の事を目の敵にしてそうじゃない?」


 ほら魔獣って字面からして人間と敵対してそうじゃん。異世界ファンタジー物によくある人間だけに殺意を向ける奴だ。

 そのような先入観を持っていたが、どうやらレオナの方もそのような認識を持っているようで、僕の言葉を肯定しつつ自分の違和感を述べた。


「魔獣の事だけならいつもの事だと普通は思う。でもただの動物でも魔獣に混ざってこっちに向かって来ているんだよ」

「じゃあ何か? 僕たちの中に何かアイツらを引き寄せる何かがあるって事?」


 僕じゃないよね?

 それって僕じゃないよね?

 心当たりありまくるけど僕じゃないよね!?


「……あり得るかもな」

「え、僕が!?」

「違う。アイツらを引き寄せている何かだ」


 そう言うと彼女は一旦会話を止めた。

 僕が訝しんでいると、彼女は突如として脈絡なく言葉を紡ぎ始めた。


「親父。恐らくオレらの中にアイツらを招き寄せている何かがあるぞ」


 彼女の言葉を聞いて僕は彼女が僕に対して話しているわけではないと悟った。恐らく先頭を突き進んでいるライガさんと念話をしているのだ。

 そして彼女が話し終えると同時に、ライガさんが声を張り上げた。


「お前らガルマドラの森で何かを拾った奴は言え! 恐らくそれが俺様たちを狙う原因だ!!」


 ライガさんの声に団員たちがざわめく。


「邪神教団が持ってた物を拾う奴がいるのか?」

「そんな危険な事をするわけないだろ」

「放置するだけで危険な物もあるんだぞ。邪神教団に関わるってんだから、一応今回の依頼に邪神調査班の人員も連れて来たじゃねぇか」

「調査は鑑定士のナターシャもしてたよな」

「危険な物と鑑定した物を封印するためにな」


 どうやらガルマドラの森で彼らは邪神教団について調査していたようだ。彼らの言葉から推測するに、調査中は鑑定能力を持っている人が鑑定して調査していたようである。


「確かに本格的な調査はしていないわ。緊急事態だし、人員も設備も無かった。でも私は目につく場所は全て鑑定したわ。危険だと判断した代物はちゃんと封印したし、その様子はアンタたちも見ていた筈よ」


 そして鑑定士と呼ばれた女性の人もこう言っている。

 一見するとこのスタンピードを引き起こすような代物は誰も関わっていない事となる。


 ――しかし。


「……見つけた」


 後ろに座っているレオナが静かにそう呟く。

 そして彼女はとある人物に指を指し、僕に言った。


「アイツの横を走れ」

「う、うん……!」


 険しい様子の声で言われて、僕は素直にレオナの言う通りにする。

 僕は轟樹をレオナが指を指した相手の隣を走ると、僕は察したのだ。


「……」


 隣を走る男の顔が真っ青になっていた。

 どこか挙動不審で、ショックを受けているようだった。

 間違いない。こいつは何か心当たりがあるようだ。


「……マイルズ、お前だな?」

「!? お、お嬢!? いや、俺は……!!」


 弁明か、言い訳か。

 しかし。


「……っ」


 咄嗟に何かを言おうとした彼だがすぐに首を振り、諦める。もう逃げられないと悟ったのか。もしくはスタンピードの今、ここで潔く己のやった事を受け入れなければ手遅れになると思ったのか。彼は一瞬悩みそして、力なく懐から何かを取り出した。


「……すみません」

「それは……」


 彼が取り出したのは手のひらサイズの水晶玉。

 だが特筆すべきなのはその中の模様。水晶玉の中にある渦巻がかなりの勢いで回転していたのだ。まるで全てを巻き込む台風のように、何かが起きている事は明白だった。


「っ、それを今すぐ投げ捨てろ!」

「は、はい!」


 レオナの言葉にマイルズと呼ばれた男は念力を使って遠くへと投げる。


「親父!」

「あぁ!」


 その瞬間、レオナの合図と共にライガさんの操る『タスク』の光線が、投げられた水晶玉を一瞬で消滅させた。


『……』


 そしてその場には馬の走る音とライガさんの『タスク』によって倒され、悲鳴を上げる魔獣の声が残った。誰も彼もが、馬を走らせながらもマイルズという男へと意識を向けていた。


「何故、黙ってた」

「っ!」


 静かにライガさんが問い詰める。

 するとマイルズは息が詰まり、泣きそうな表情を浮かべる。だがそれでも彼は、自棄になったのか震えた声で言葉を紡いだ。


「売って、金を稼ごうと……!」

「それだけか? そのためだけに黙ってたっていうのか? 邪神教団の脅威はお前も分かってる筈だぞ。お前の私欲のせいでこんな事態が起きたのが分かってるのか?」


 怒り、失望といった感情がライガさんの言葉から感じた。そんなライガさんの心情を理解したのか、マイルズは顔を俯き拳を握る。そして、自らの心情を吐露した。


「俺は、アンタらに憧れてた……! 憧れの傭兵団に入って、夢見た活躍をアンタたちとしたかった! なのにいつまで経っても訓練の毎日だ! 俺にはちゃんと実力があるのに、ちゃんとアンタらに付いていけるのに! 俺はアンタたちと肩を並べられない事に嫌気が指したんだ!」


 共に傭兵団に入った同期は、今では一人前と扱われていた。

 そのせいもあって自棄になった。

 だからどうでも良くなった。


「良いじゃないか美味しい思いをしても……物を売って多少の金を稼いでも良いじゃないか……そんな、単純な動機だけなんだ……それだけなのに……!」


 事態が、予想外に大きくなってしまった。


「すまねぇ! すまねぇ……! 俺は、俺は……!」

「……それ以上言うなマイルズ」

「団長……」


 ライガさんが前方の魔獣を倒しながら言う。


「マイルズ、お前は才能があったんだよ。その才能を良く磨けばびっくりするぐらい輝く才能って奴を、お前から感じてた……だからこれは直接お前に言わなかった俺様の責任だ。最強の傭兵団を作るその想いだけで、てめぇの部下を見ていなかった俺様の責任なんだ」

「団長、そんな俺は……!」


 謝って欲しくなかった。

 偉大で、憧れの団長にそんな声を出させたくなかった。

 その上で。


「そうだ、これは貴様の責任だぞライガ・ルガ・バンテンガイン……!」


 自分のせいで、誰かから責められて欲しくなかった。


「お父さん……!?」

「違う、違うんだクラウス様……! これは全部俺の責任なんだ!」

「部下の責任は長の責任だ。当然このような事態を引き起こした貴様にも沙汰は降るが、それはライガ……貴様も同じだ」

「……そうだな」

「団長!!」


 空気が重くなる。

 スタンピードという状況に加え、お父さんの怒りが更に重くさせている。そんなお父さんを見た事がなかったのか、お父さんの後ろに座っているお母さんも目を見開いていた。

 僕はそんな空気を変えたくて、お父さんに向かって叫ぶ。


「い、今はそんな責任の事なんて良いだろ!? あれを見ろよ! まだスタンピードは僕たちを追って来ているんだぞ!」

「……そうだな。これは王都についてから考えよう」


 お父さんは僕の言葉に納得したのか、それ以上責める様子はない。

 だけどその怒りは未だに消えていないのか、空気は未だにピリピリしていた。

 そんな時に、レオナが疑問を抱いた。


「……スタンピードがまだ追って来ている? 原因となる水晶玉は破壊された筈だが」

「え?」


 その言葉はあまりにも信じ難く、僕は後方を見た。

 ……魔獣は、未だに僕たちを狙っていた。


「な、なんで……」

「……まさかマイルズ。お前、あの水晶玉に魔力を込めたか?」


 ライガさんが冷や汗をかきながらマイルズにそう聞く。


「こ……込めました……」

「畜生そういう事か……!」

「ど、どういう事なんだよライガさん!?」


 顔を顰めたライガさんに僕は嫌な予感を感じて聞いた。

 するとライガさんではなく、お父さんが代わりに答え始めた。


「……あの水晶玉は魔獣、動物問わず集めてスタンピードを起こす道具だった。恐らく込められた魔力を増幅させ、魔獣共が好む餌に変換する代物だろう。水晶玉を壊した事で魔獣を集める機能は消えたが、問題は今残っている魔獣だ」

「残っている……魔獣?」

「残っている魔獣は未だに私たちを狙っている……それは何故か?」


 お父さんの問いに僕は理解が追いついてないので答えられなかった。代わりに答えたのはさっきまで歯噛みしていたライガさんだ。


「俺様たちを狙ってるんじゃねぇ……餌の元となったマイルズの魔力を狙ってるんだよ……!」


 ライガさんの言葉に、僕は声を失った。


「ならばやる事は一つだ」


 お父さんの言葉がこの喧騒の中、良く耳に届いた。


「マイルズと言ったな……貴様を囮にすれば良いだけだ」

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