第4話 スタンピードに巻き込まれたという不運

 新たに手に入れた乗り物である轟樹の訓練を始めてから三十分後。


「お、おおおっ!?」


 僕は見事轟樹を乗りこなしていた。いや操縦出来ていた、か。

 轟樹は馬に似ているが形だけで生きていない。だから全ての挙動は僕の念力で動かしていた。走る際の足の運びは勿論、大地を蹴る挙動や頭の動きなど全て、僕が自力で動かしている。


「これは、普通の馬よりも、速いな!」


 後ろで僕を支えているお父さんが言葉を途切れながら叫ぶ。

 お父さんの言う通り轟樹は速い。何せ動力が僕の規格外な念力な上、大地を蹴る力を上げれば無尽蔵に、どこまでも駆けていけるのが轟樹なのだ。


「だが大丈夫なのか!? 轟樹を動かしているのは精密な念力の力だ! 一瞬でも操作を誤れば乗っている私たちはただじゃ済まないぞ!?」

「そこらへんは大丈夫!」


 念力を使うにはイメージ力が必要だ。

 確かに最初は右前脚、左後ろ脚と順番に念力で動かしていたが今は違う。僕の中の馬というイメージを、念力が勝手に再現するようにしたのだ。


「人形遊びのようなものなんだよ!」


 満面の笑みで僕は興奮しながら自慢するように喋る。


「予め設定したキャラの性格通りに演じていくと、いつしかそれが自然になって何も考えなくてもこのキャラならこう行動するって分かる奴だよ!」

「わ、私は人形遊びをした事がないからジョンの言っている意味が分からない……!」

「僕が轟樹を馬であると思って念力を使っている限り、轟樹は馬なんだよ!」


 念力を途切れさえしなければ轟樹は止まらない。

 念力を使っている内は轟樹は生きているのだ。


「ヒャッホオオオオオイ!!」

「うわああああああ!!」




 ◇




「あの坊主すげぇな」

「……そうっすね」


 訓練模様を見ていた先輩傭兵がそう呟き、新人傭兵が相槌を打つ。


「あんな子供が、俺以上の念力を……」


 実はというと、最初に轟樹に向かって念力を試していたのがこの新人の男だった。

 念力は自分の力と同等の出力しか出せないものだ。だがこの男はかつて村の中で一番の力持ちと言われており、バンテンガイン家の入団試験でそこを評価されて合格した経緯を持つ。故に彼は自身の力と自身の念力に自信を持っていた。


「……っ」


 なのにその自慢の念力は、楽しそうに訓練している子供に負けた。

 団内で今の状況にコンプレックスを抱く新人の男にとっては、情けない事に子供相手に劣等感を抱くのは当然の事だった。


「俺、見回りに行ってきます」

「お、そうか。何かあったら言ってくれよ」

「了解です」


 そう言って、彼はまるで逃げるようにその場から離れる。


「……」


 周囲に人がいない事を確認したその男は、懐に入ってきた水晶玉を空に掲げる。

 中の模様が水中のように揺らめき、心が安らいでいくのを感じる。


 だが暫くぼうっとすると、暗い何かが迫り上がってくる。


「はぁ……なんで俺だけ」


 また愚痴が口から出た。どんなに気を紛らわせても、積りに積もった不満はこうやって表に出てきてしまう。最早この男にとって、不満を口に出す事が癖になっていた。


 暫くすると、男は何を思ったのか。


「……動け」


 念力を発動する。

 対象は自分が立っている地面。

 するとゴゴゴという地響きが鳴り、自分が立っている地面が浮かび上がり、その上に立っている自分も一緒に浮かぶ。


「っく、はぁ……はぁ……!」


 地面から離れたのは僅か数十センチ。

 だがそれを維持出来たのは僅か数秒。

 男は荒い息を吐きながらそっと浮かべた地面を下ろし、念力を解除する。そして地べたに座ると、この結果を思い返しながら空を見上げた。


「……こんなもんか」


 今のが自分が出来る全力の念力だ。

 だが納得がいかなかった。

 同じ念力を得意とする他の先輩では、これを数時間も浮かばせられるのだ。その光景を見てきたからこそ、彼は今の結果に納得出来ない。


 本当は自分が立っている地面を浮かばせるなんて技量は、普通の念力使いには出来ない事にも気付かずに。


「はぁ……あれ?」


 まるで長年の癖のように水晶玉を空へと掲げると、男は水晶玉に起きている違和感に気付いた。


「波が、強くなってる?」


 先程までに静かに揺らいでいた水晶玉の中の波が、今では激しく揺れていたのだ。


「なんで、こんなに……」


 暫く見ていると波が徐々に収まっていき、いつもの揺れに戻っていた。男は不思議に思いながら水晶玉を見つめ、好奇心に駆られて水晶玉を振るなどの試行錯誤をする。


 すると、男の脳裏にとある仮説が閃いた。


「よし……浮かべ」


 水晶玉を念力によって浮かび上がらせる。

 すると男の思っていた通り、水晶玉の中の揺れが徐々に大きくなっていったのだ。


「念力に反応しているのか? いや、念力じゃなくて……魔力か」


 男は聡かった。だからこそ気付いてはいけないその『起動方法』に気付いてしまった。

 不運なのは彼がこの水晶玉の正体について考えていなかった事。


「魔力を注ぐと、どうなる?」


 直に魔力を水晶玉に注いでやると揺れが大きくなっていき、それは渦となって回り出した。


「わぁ……」


 次第に渦の色は艶かしく、神秘的で、吸い込まれそうな色に変化して――。


「おーい」

「っ!?」


 先輩の呼び声で男は我に返る。

 急いで水晶玉を懐に入れて男は返事をした。


「は、はい!」

「訓練は終わったから出発するぞー!」

「り、了解です!」


 ジョンたちの元へと戻り、その場には静寂が漂う。

 そしてそこに、動物が一匹やって来た。




 ◇




「止まれ」


 ライガさんの声で全員が止まる。

 僕もみんなと一緒に轟樹の動きを止めた。

 そう僕は今、一人で轟樹に乗っているのだ。


「……なんだこの反応は?」


 ライガさんが訝しみながら周囲を見渡す。

 するとお父さんを含めた傭兵の人たちも顔を顰めながら焦り始める。


「動物に、魔獣……なんだこの数は?」

「なんかこれ……こっちに集まってきてないか!?」


 周囲の状況を見て何か異常を察しているようだけど、僕には何も分からない。お母さんも周囲と同じ反応を見せている。どうやら僕だけがこの状況についていけてないらしい。


「っ、走れ!!」


 ライガさんがそう発すると同時に前へと駆けてゆく。

 みんながライガさんに続く中、僕もちゃんと念力で轟樹を動かす事ができた。


「よしちゃんと轟樹を動かしているな!」

「お父さん! 一体何が起きているの!?」


 僕を待っててくれたお父さんが並走しながら説明をする。


「スタンピードだ!」


 スタンピード。

 それは動物、あるいは魔獣が集団で暴走する現象。

 波となって村や町、果てには国々すら飲み込む災害。

 邪神という存在が確認されて以降、この世界で起きている災いの一つである。


「魔法で数々の動物や魔獣がこっちに向かってきているのを感じた!」

「じゃ、じゃあ逃げないと……!」

「あぁ、だがこのスタンピードは様子がおかしい!」


 その理由を聞こうとした瞬間、傭兵の一人が叫ぶ。


「前方に魔獣を確認!」

『っ!』


 接敵が早い。いや、寧ろ相手の方がこちらに向かってきているからか。


「スタンピードは言わば津波だ。海から陸のように、流れは一直線だ」


 お父さんが言う。

 このスタンピードは何かが違うと。通常は何かから逃げるように。あるいは何かによって誘導されるようにスタンピードはほぼ一直線だ。


 だが暴走している動物と魔獣の反応の全てはから来ていた。


「その全ての方向から……私たちの元へと向かって来ている!」


 何かの意図を持ってジョンたちにいる場所へ向かって来ている。

 あるいは場所ではなく、人かもしれない。


「総員歩みを止めるなぁっ!!」


 先頭を走るライガさんが叫ぶ。

 偉大な英雄の背中を僕たちに見せ、静かに宣言する。


「前方の畜生共は俺様がやる」


 ――だから。


「安心して俺様に付いて来い!!」

『ワアアアアアア!!!』


 バンテンガイン家が叫ぶ。

 偉大な英雄に続けと吠える。

 我らが英雄の勇姿を見るために。


「さぁて」


 ライガ・ルガ・バンテンガインはニヤリと笑い、そして――。


「インテリな俺様の戦い、見せてやるぜ」


 瞬間。

 馬に乗せている荷物から無数の『何か』が飛び出していく。

 その光景を見て、お父さんは目を見開いた。


「まさかあれは噂に聞くライガ・ルガ・バンテンガインの『タスク』か!」


 無数に飛び出して来たそれは、一つ一つが手と同じぐらいの大きさで、六角形のブロックのような姿をしていた。いやそれよりも、僕の知識でそれらの光景を簡単に例えられる名前がある。


 そう。


「ファンネルじゃねぇか……!?」


 ガンダムのあれである。


「『タスク』、一斉照準」


 空中に浮いているフィンファンネルもとい無数の『タスク』がその照準を前方の魔獣共に固定される。そして。


「『殲光食らって死ね』」


 それぞれのタスクから光線が射出され、それを食らった魔獣が融解して死んでいく。

 これが英雄。これがバンテンガイン家の頭領。


「これほどか、『無限爪むげんそうのライガ』……!!」

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