第3話 避けられない運命という不運
『邪神の毛髪じゃ』
「うわバッチィ!?」
ネシアの言葉に思わず
ネシアの前で困惑していると、お父さんが険しい顔を浮かべてネシアに詰め寄る。
「っ、女神よ! どうしてそのようなものをジョンに渡すのだ!」
様付けも忘れて、お父さんは女神を相手に怒号を発する。付き合いは短いがあのような怒りを見せるのは意外だ。びっくりするようにお父さんの方を見てると、ネシアは小馬鹿するような声音でお父さんに言い返した。
『はっ、眷属に対し女神であるワシが物を与えるなぞ、当然の事じゃろう』
「子供であるジョンに邪神に関する代物を渡すなと私は言っているのだ! いやそれ以前に、子供に邪神討伐の使命を与えるなど正気の沙汰ではない!!」
子供を思う親だからこそ当然の反応。お父さんだけではない、お母さんもまた同様の意見を持っており、女神ネシアに対して険しい表情を見せていた。でもだからこそ、ネシアは言う。
『じゃが此奴は出来たぞ。子供の癖に邪神の討伐を成し遂げた唯一の人間じゃ』
「偶然が重なっただけだ! 次は無事である保証もないし、現に今回ですらボロボロになっていたではないか!」
『故に、既に課せられた使命から逃げれば安全であると? 邪神誕生の阻止すら危うく、ましてや邪神討伐など出来ない癖に?』
「それは……っ!」
マクレイン公爵家は国防を担う貴族の家系であり、その中には邪神誕生の阻止も役目に入っていた。だがマクレイン公爵家は過去に『木星の邪神教』の襲撃を許し、今回に至っては木星の邪神の誕生を阻止出来なかったのだ。女神の言葉はマクレイン公爵当主であるクラウスにとって重く、苦々しく感じる事だろう。
『それにの、邪神討伐を成し遂げる存在がたまたま子供だったというだけの話じゃ。これがジョンの年齢がジジィでも同様の扱いをしておった』
「僕に対する扱いが酷すぎない?」
『大丈夫じゃ。ジョンだけにしかやらん』
「ガンジーが助走付けて殴りに来るレベルの酷いプロポーズ」
どう足掻いても僕が酷い目に遭わなきゃいけないのか……。
『もう此奴が邪神と関わらない運命なぞとっくに消え果てておるのじゃよ。ならばワシは、主であるワシは眷属である此奴に少しでも邪神討伐に関する助けをせねばならん』
「それがこのバッチィ代物ってのはどういう事だよ」
『目には目を、歯には歯を。邪神には邪神由来の道具をぶつけるのじゃよ』
そう言われ、僕は胡乱な眼差しでネシアが持っている棒を見る。
『これは邪神討伐に役立つ道具じゃ。そしてそれが返ってお主の生存に繋がる物でもある』
「しかし女神よ、私はまだ……」
『もう戦いは避けられない。いやワシがそうさせる。ワシはどんな手を使ってでもこの世界を救うためにジョンを戦いに向かわせるぞ』
女神の言葉に圧が増していく。
これが神。世界を担う、上位の存在。
その思考に、覚悟に、只人が介在する余地などなかった。
『それでも子を思うならお主らが頑張ってみせよ。その思いで邪神すら滅せよ。守りたいなら運命ごと乗り越えて見るがいい』
そして最後に女神は僕を見た。
『此奴は、乗り越えられるぞ』
◇
「それで、どうするよ」
漆黒の子猿姿だったネシアはもういない。
周囲が沈黙に沈む中、ライガさんが言葉を発する。
結局のところ、僕は『邪神の毛髪』を手に取っていた。考えは纏まらないが、これが僕のためになるというので仕方なく受け取ったのだ。
見てくれは黄色い木の棒にしか見えない。だが女神の言う通りこれが『邪神の毛髪』だったら、これは髪の毛が一本一本幾重にも折り重なって結果的に木の棒に見えるという事だろう。そう考えると、僕の今の姿はとんでもないサイコパスになっているのではと考える。
とそこに、レオナが言葉を発した。
「話は簡単。それが道具なら使い方を試せばいい」
「まぁ土壇場で使うよりかはマシだな。確か坊主は使い方を教わったんだよな?」
「う、うん」
二人の言葉に僕は肯く。
別れ際に女神から大雑把に使い方を教わったのだ。
「じゃあそれでいいな、お二人さん」
ライガさんはそう言って僕のお母さんたちに顔を向ける。
女神がいなくなっても、二人は未だに受け入れられないでいるのだ。だがそれでも女神の言葉に一理あるのか、お母さんは決心したように言う。
「……分かりました」
「アセリア!?」
「邪神に関わりたくない、危険な事をしたくない。確かにジョンはそう言っているし、本心もそう思っています……ですが」
お母さんは膝をついて僕と同じ目線の高さにすると、微笑みながらそれでも困ったような目で僕を見つめる。
「ジョンはいざとなったら誰かのために行動する子です」
お母さんの言葉に僕は目を見開いた。
「邪神討伐の使命ではなく、この子は私のために邪神を倒しに行ったのです。力強く、使命を否定して……私を助けるために、自ら」
お母さんの手がゆっくりと僕の頭を撫でる。
声は震え、涙が出ても、それでも僕に微笑んで。
「避けられない運命だとしても、私はジョンと共に運命を乗り越えようと決めました」
「アセリア……」
「その道具の実験をするんでしょう? なら私はジョンの側にいます」
使い方を教わっているからこそこの道具に危険性はない事を知っている。だがそれでも邪神由来の道具だからこそ万が一があるのだ。その万が一の可能性を考えても尚、お母さんは僕から離れないと言った。
「……分かった。納得していないが、私も一緒にいよう」
「クラウス様……」
流石にお母さんの覚悟を聞けばお父さんも僕たちを守るためにそう行動せざるを得ない。まぁ顔には不満がありありと浮かんでいるが。
「……それじゃあやるよ」
僕は『邪神の毛髪』を手にしてそう宣言する。
僕の両親は僕の側にいるけど、流石に傭兵の人たちは僕たちを離れたところから見ていた。
「……えいっ!」
重要なのは『使う』という意志。
そう考えながら、僕は手に持った『邪神の毛髪』を地面に突き刺す。
「……これは」
すると次の瞬間『邪神の毛髪』は地面に吸い込まれていき、そこから木の枝が生えてきた。いや、元の素材から考えると生えてきているのは邪神の毛髪だろう。
それが幾重に重なっていき、形を成していく。そうして生まれたのは……。
「……馬、だよね」
「馬、だな」
僕の言葉にお父さんが同意する。
そう、僕の目の前に現れたのは『邪神の毛髪』で作られた実物大の黄色い馬だ。だけど本物のようなリアリティではなくあくまで形だけ馬に似ており、生きてはいないし動かない。
「かなり硬いな。それに強く力を入れないと折り曲げられねぇし、非常にしなやかで俺様の力でも折れない。多分世界中のどんな武器を使ってもこいつを壊せそうにねぇな」
様子を見ながら近付いてきたライガさんが『邪神の毛髪』で出来た馬を触りながらそう分析する。それが本当ならクッソ邪魔な置物が出来ただけという結果になりそうだが、実は本番はここからである。
「さて坊主、早速乗るか」
「乗るのか……」
いや乗るしかないのだ。
このままでは何の為に女神がこれを渡してきたのか分からない。女神はこの道具が僕の助けになるからこそ持ってきたのであり、そこに意味があるのだ。
「ジョン、私も一緒に乗ろう」
「うん……」
お父さんが僕を抱っこして黄色い馬に乗る。
当然、生きていないので馬は反応しないし動かない。
「さて、先ずは頭からだ」
ライガさんの言葉に僕は念力を馬の頭に使う。
上下左右に念力で馬の頭を動かし、様子を見る。
「なるほど、ちゃんと念力で動くようだな。もっとも坊主の規格外な念力がなければ動かせないぐらいのしなやかさだが」
ライガさんが感心したように言う。
僕にとっては普通に念力を使って動かしているが、どうやら出力がぶっ飛び過ぎてそう見えるだけで普通の人が念力で動かそうにも動かせないという。現に念力が使える傭兵の人でも試しているが、馬の頭を一ミリも動かせていない。
「しかし動かないなら動かせばいいか。女神様は随分とぶっ飛んだ思考をしてやがるな」
「ライガさんもっと言っちゃって」
あの人いつもそうなの。
え? お前も大概ぶっ飛んでるって? やんのかこら。
「次は足の部分だな。慣れていって普通の馬のように動かしていけ」
「……うん」
「お前の思い通りに動かせば、それはお前の強力な移動手段になれるぞ」
「それにまだ大事な事を決めてない」
レオナが微笑みながら言う。
「こいつの名前」
彼女の言葉に僕は一瞬目を見開いて、考え込む。
そして僕は彼女に向かって先程思い付いた名前を言った。
「こいつの名前は――」
――
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あとがき
牙狼の轟天が頭から離れられんかった。
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