第2話 女神が余計な物を持ってきたという不運

 バンテンガイン家。白狼族と呼ばれる種族が束ねる傭兵団だからか、構成員のほとんどが獣人族である事が特徴の傭兵集団だ。


「おっ新人! すまねぇがこっちの荷物も頼むぜ!」

「は、はい! で、でも俺もたまにクエストに出たいんですが……」

「あー……でも新人はまだ訓練が完了してないんだろ? そうすると今の俺たちのレベルだと高すぎるから先ずは訓練を終わらせてからだな!」

「う、うっす……」

「なーに訓練が終わればお前はベテラン並みの実力になってるぞ! だからちゃんと励めよ!」


 そう言ってバンテンガイン家の先輩傭兵が離れていく。新人はそんな先輩達が周囲にいない事を確認すると、ため息を吐きながら荷物を整理していく。


「はぁ……俺いつまでこうしてるんだろう」


 新人の顔には不満がありありと浮かべており、現状に対して納得が行っていなかった。

 当初はバンテンガイン家に憧れを抱き、ダメ元で入団試験を受けに行ったら合格し、喜んだものだ。しかし入団以降訓練と雑用の毎日で、こんな筈じゃなかったと苛つく毎日を送っていた。


「きっと、俺は雑用のためだけに採用されたんだ」


 いつからかその新人傭兵は考えを歪ませていた。

 本当はその才能に光る物があるというのに。先輩達から期待を寄せられているというのに。新人当人だけは彼らの期待に気付かず、卑屈になっていく。


 ――だからふと、魔が差したのだ。


 ある日、彼は先輩達に連れられてクエストに同行をした。とある公爵家の護衛のためにと選ばれたのだ。しかし当人は周囲にベテランしかいない状況に「また自分は雑用係か」といつものように思い込んだ。

 結果的にその思い込みは当たっていた。

 邪神は既に討伐されており、彼ら傭兵に出来る事は依頼人とその家族の護衛と、邪神を崇拝する集団の跡地を調べるという雑用の仕事しかなかったのだ。


「なんだこれ……綺麗だなぁ。売ったら幾らぐらいになるんだろう」


 ベテランの先輩方と共に跡地を調べる新人傭兵。ふと、彼は豪華な祭壇近くに転がっているエルフの女性の死体からとあるアイテムを見つける。

 手のひらサイズの水晶玉で淡い紫色をしていた。光に照らすと水晶玉の中身が海の波のようにゆらゆらと揺れて目が離れない。


「なぁ新人〜! そこに何かあったか〜?」

「あっ!? いえ、何もありませんでしたよ!?」


 突然の声に彼は咄嗟に嘘をつき、手に取った水晶玉を懐に入れた。先輩傭兵はその新人の行為に気が付かなかった。


「おっ、そうか? そういや調べる時は気を付けろよ? 邪神教団なんて連中は妙なアイテムを隠し持ってるからな……下手したら手に持っただけで爆発する物もあるし」

「お、おっかねぇ連中ですね……」


 そんな先輩の言葉に戦慄する彼だが、自分が手に入れた物については「まさかそんな危険なアイテムじゃないよね」と思い込んだ。

 本当ならその時点で彼は先輩に報告するべきだったのだ。だが卑屈になり、性格が歪んだ彼は、たまには小遣い稼ぎをしても良いんじゃないかという思いによって黙っている事にした。


 その結果、彼らの元に困難が訪れるとも知らずに。




 ◇




 帰国の準備が整い、各自自分の馬に乗っていく。お母さんはお父さんと一緒の馬に。そして僕は傭兵のお兄さんと共に乗馬する事となった。


「すまねぇなぁ坊主。本当はお嬢の後ろに乗りたかったろうに」

「いえ、良いんです……」


 僕の初恋の人であるレオナは、僕と同い年なのに一人で馬に乗れていた。僕は馬を見るのも乗るのも初めてだから出来ればレオナと一緒に乗りたかったけど……。


「初手から選択ミスった……」


 好きな人に泣き顔を見られ、その好きな人は泣き虫が嫌いと言われた。完全に脈なしだ。馬に乗っている彼女に近付いただけでも彼女は嫌な顔を浮かべて僕から離れたのだ。きっと相乗りしたく無かったのだろう。その様子を見たら流石の僕でも傷付くという物。


「鬱だ……死のう」

「やめろよ坊主? お前のその発言でこっちを睨む親御クラウスさんがいるんだぞ?」


 まぁそれはともかく。


 そうして僕とお母さんが住んでいたガルマドラの森を抜け、暫く馬に揺られて進んでいく。時間にして約二時間ぐらいだろうか。お父さん達が救援にやってくるまで早馬で三時間だとすると、この移動ペースではまだまだ着かないだろう。


「……ん? っ、全体止まれ!!」


 そして暫くすると、ライガさんの号令によって僕達はその場に立ち止まった。


「これは……」


 見れば前方には巨大な木の根が進行を妨げていたのだ。


「邪神の影響か……来る時は無かったが」

「まぁ坊主達を迎えに来る時に来なかっただけで幸運だ」


 お父さんとライガさんがそう話し合っているのを聞く。

 なるほど……僕は邪神の化身本体と戦っていたから分からなかったが、女神ネシアが言うには邪神が誕生した事で世界に深刻な被害が起きていると聞いていた。恐らく目の前の光景こそがその被害なのだろう。


「木の根の大きさや長さからして……ここからロイエンガル王国に向かうルートは聖剣の森の横を通るルートだな」


 ライガさんの言葉を聞いて僕は傭兵のお兄さんに聞いた。


「聖剣の森って?」

「あぁ聖剣の森ってのは勇者と呼ばれる英雄が聖剣を引き抜いた場所だな」

「え、勇者!?」

「昔の有名な伝説さ」


 英雄と呼ばれる、人類種の中で稀に生まれる超人的な力を持った人達がいた。その中でも、英雄でありながら普通の英雄より力が劣る人がいた。しかしそれでも、仲間の力とその勇気で邪神の化身を倒したのだ。


 その英雄を人々は、勇者と呼んだ。


「邪神を倒す際に使われたのが聖剣って言われてな。その聖剣ってのは英雄鍛治師マードックが作った武器なんだ。だけどマードックは理想主義者で、この聖剣を扱うには高潔で勇敢な戦士が相応しいと言って、とある森の中央に聖剣を突き刺した」

「マジか……でもその聖剣って勇者が引き抜くまで誰も手に入れられなかったの?」

「ご丁寧に結界を張っていたらしく、マードックの思う存在以外は入れなかったらしい」


 こだわりがすげぇなマードック。


「それで勇者を称えるために聖剣があった森の中央を切り開いて、聖剣を模した巨大な像を当時の人が作った。それが聖剣の森の由来だな」

「肝心の聖剣は?」

「邪神を討伐した直後にぶっ壊れて、その破片は勇者と同じ墓に眠っているらしい」


 じゃあ聖剣はもうないのか。

 それにしても実にワクワクする話だ。この世界が本物のファンタジー世界だからか、御伽噺ではなく本当に実在した話だからロマンを感じるな。


「まぁその聖剣の像以外は本当に特筆すべき特徴がないってのが聖剣の森だな」

「ふーん……じゃあ普通の森なんだ」

「そうだな。よっぽど勇者のファンじゃない限りは誰もあの森に行かないな」


 王国でもそれなりの距離があり、あるのは聖剣の像だけ。そう聞けばこの世界に住んでいる人々にとってあまり関心の湧かない場所だろう。まぁ世間知らずの僕は興味があるけどね。


 と、そこに。


「ぎゅるる〜……」


 その音にハッとして、僕は急いで自分のお腹を抑える。

 だが、もう遅かったようだ。


「お? なんだ坊主、食欲旺盛だな! 育ち盛りって奴か!」


 バッチリ傭兵のお兄さんに聞かれていたようです。

 それにお兄さんだけじゃない。両親やライガさん、初恋の人であるレオナも聞いていたらしく、僕に向かって鼻で笑った。


「クッソ恥ずかしい……死にてぇ」




 ◇




『お、ようやく見つけたぞジョンよ!』

「げぇ……なんだよ修羅場の女神かよ……あっち行けよもう……」

『な、なんじゃお主……偉くグレておるようじゃが?』


 休憩して飯を食べていた頃、僕の元に聞きたくない声が届いた。

 声の方を見やるとそこには修羅の女神であるネシアが化身として現れる漆黒の鳥……ではなく、金色の隈取りをした漆黒の小猿がいた。


「今度は猿ですか……」

『ワシの化身は顕現する度に変わるからの。今度は猿なのじゃ』


 そうして話し合っていると、子供と奇妙な小猿の組み合わせに気付いた周囲の人間が僕達のところへやってくる。


「お? どうした坊主……ふむ、ここいらじゃ見ない猿だな」

「あっライガさん」

『ほう? 其方は……英雄の一人か』


 子猿姿のネシアがそう喋った途端、ライガの眼差しが鋭くなった。


「……へぇ? 喋る猿か」

『カッカッカ……何を隠そうワシこそが修羅の女神! その名もネシアじゃ!』

「っつー事はそれは女神の化身か。坊主、偉い不吉な女神さんと知り合ってんな」

「正直辛いです」

『眷属が酷すぎる』


 いやそれよりも先程のやり取りはなんだ? ライガさんが英雄だって? レオナの親であるのを抜きにしても、そりゃあ確かに只者じゃないなとは思ったけど。


「あなたが妻が言っていた女神ですね」


 と、そこにお父さん達もやってきた。


『ふむ? もしや其方がジョンの父か』

「はい、私がジョンの父……クラウス・マクレインです」


 そう言って子猿に礼をするお父さん。しかしその言葉とは裏腹にお父さんの声は低く、敵意が混じっていた。


「どうしてまた、ジョンの元へ現れたのでしょうか」

『それはのう、ジョンにこれを持ってきたのじゃ』


 ネシアがそう言って僕に一本の棒を渡してくる。

 僕は反射的にそれを受け取って疑問をぶつけた。


「これは?」


 パッと見た感じ黄色い捻れた木の棒だろうか。

 長さは二十センチぐらいで表面はツルツルな感触をしていた。

 そんな僕の疑問に答えるかのように、女神はなんて事のないように言った。


『邪神の毛髪じゃ』

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