第2章 そして羽ばたくウルトラハードラッカー

第1話 ドストライクなあの子とついでに不運

 邪神との戦いから一日が経った。僕たちは未だにこの森から出ておらず、僕の療養のためにとキャンプの中で過ごしていたのだ。

 その間、ロイエンガル王国から届いた念話によれば邪神の存在は完全に消え去ったらしいと父であるクラウス・マクレインが言う。僕のこの怪我も十分癒えたらしいので、今日中にロイエンガル王国へと出発するらしい。


「よし、ここからは坊主一人で十分だな」

「ありがとうございます」

「俺らはあっちで護衛してるからよ。何かあったら言ってくれや」


 そう言って、僕をここまで護衛してくれた傭兵の人たちが離れていく。

 そして僕の目の前にあるのはかつての残骸。


「家の荷物はほとんど潰れちゃったか……」


 そんなわけで僕は家の中から持っていくものを探しているわけだが……先述の通りこの有様だ。まぁ僕が生まれてこの五年、大した娯楽物もないし、思い入れの品なんてものはない。


「……」


 あるとすれば母と過ごしたこの家こそが僕の思い出だ。でも潰れて全ては土の下。そんな光景を見た子供の僕は、寂しさのあまり涙を流す。


 あぁ確かによく考えれば、この家はろくでもない家だった。

 差し入れに来る奴らは母の命を狙い。この家は僕と母を守る砦のようでいて、あいつらのせいで助けも呼べない牢獄だった。

 それでも子供のジョンにとってこの家は、僕の世界だった。


 あぁそうだ。

 前世の大人の記憶があれど僕は大人じゃない。

 そして前世で生きた佐野丈治本人でもない。


 僕はジョン。

 この世界で生まれ、生きてきた、ただの子供。

 大人なのは記憶と知識だけで、僕はただの子供なのだ。


「ろくでもなかった世界だけど……もう帰れないと思ったら悲しいよ」


 これから僕は母と共に新しい世界で、新しい地で、新しい家で健やかに過ごす。

 だから今は、今だけは。いっぱい泣いていっぱい感傷に浸っていよう。

 前世で言えばこれは、引越しのようなもので……。


「……ぐすっ」


 その家で生まれ育った子供が泣くのは当然のことなのだ。

 



 ◇




「やばい……随分と長く泣いちゃったなぁ」


 結局のところ潰れた家の中から持っていくものはなく。

 それでいて長時間泣いてたから、お母さん達は心配している頃だろう。僕をここまで護衛してくれた人達にも申し訳ないことをしたな。


 そう思ってたら。


「っ!?」


 近くの草むらから何か物音がした。

 嫌な予感をしつつも、ゆっくりとその草むらの方へと顔を向ける。

 するとそこには、大人すら超える程の巨大な猪がいた。


『グル……ル、ア……』

「――あっ」


 太い木の枝が、猪の巨躯を貫いている。

 普通の生物なら間違いなく死んでいる状況。だというのにその猪は動いていた。生気のない様子でありながら、目の前の僕を殺そうとその肉塊を動かしていた。


「あの木の枝……まさか邪神の?」


 邪神の化身を滅ぼしたというのにその影響はまだ続いていた。

 いや当然だろう。邪神本体が四肢を切り刻まれ、全身をバラバラにしたというのにその力は現代においても健在だったのだ。ならその化身が滅んだぐらいで影響がすぐさま消えるわけじゃないのは当然の話だ。


「……嘘だろ。なんで僕がこんな目に」


 顔が引きつっていくのを感じながら、ゆっくりとその猪から離れる。

 それで僕のことを無視してグッバイしてもいいのに、その猪の眼差しはずっと僕のことを狙い、体勢を低くしていた。

 本能でそれは突進のための構えだと気付く。


「やるしか、ないのか」


 ちくしょう、何故幸運男の僕がこんな目に遭わなければならないのか。

 そもそも護衛の人達は何をしているのか。

 あーっ! 何もかもままならねぇなぁ!


「クソが、突進してきたと同時に念力でその猪頭ごとぶっ叩いてやるよぉ!!」


 ヤケクソのまま怒号を発すると同時に、猪が僕に向かって突進しようと四肢に力を込める。そして、その力が爆発する瞬間。


 ――銀色の一線が、通り過ぎて行った。


「……へ?」


 一瞬の出来事だった。

 それに困惑していると、その直後に猪は首と胴体が離れて倒れた。

 

「一体、何が起きて……」

「――間に合った」

「っ!?」


 声が聞こえた。

 びっくりして声の聞こえる方面へ顔を向けるとそこに人影が見える。


 太陽の光に当てられキラキラと輝く純白の髪。

 頭に生えている獣耳。

 ゆらゆらと揺れるワイルドな尻尾。

 その手に鮮血を纏いながら、鋭利な爪を見やるその美少女に――。


「? いつまで呆然としているんだ」


 ――僕はどうしようもない程、一目惚れした。




 ◇




「いやぁすまねぇな坊主……泣いてるから一人にしとこうと思ってたがなんて間の悪りぃことで……」


 護衛の人達からそう謝罪を受けるが僕の関心事は別にある。

 僕の容体とか邪神の脅威だとか家のこととかどうでも良い。

 今僕の中で僕史上最大の事件が起きているからだ。


「……」

「……なんだよ」

「好きだなぁって」

「……」


 僕の一言に目の前の美少女の顔が気味が悪いものを見たような表情を浮かべる。

 あぁそんな顔もなんて良いんだ。好き。


「……まさかお嬢に惚れるなんてな」

「見てくれは良いが性格が男勝り過ぎてんだよな……」

「でも邪神を倒したのはこの坊主だろ? この坊主を逃せば行き遅れ確定なんじゃねぇか?」

「お前ら親の俺様の前で良くそんな事が言えるな」

『ヒィお頭!?』


 純白のたてがみを逆立てて、般若の表情で好き勝手言っていた男達に向かって、吠えた。


「五歳の娘にそんな心配事早いんだよ馬鹿どもがぁ!!」

『すんまっせんしたぁ!!』


 逃げていく男達をフン、と鼻を鳴らして見送る男。

 先程の言葉からして、この男こそがこの初恋の人の――。


「はぁ……自己紹介したかねぇが、するか。俺様がこの傭兵団『バンテンガイン家』を束ねている長。ライガ・ルガ・バンテンガインだ……その娘の親だな」

「つまりお義父様と……」

「誰がお義父様だ」


 青筋を浮かべて僕を睨むが今の僕は無敵状態である。


「あぁ麗しの姫君……あなたのお名前を聞かせてください……!」

「えぇ……」


 嫌なそうな表情を浮かべさせた姫君がライガお義父様に目を向ける。


「……そんなんでも依頼主の息子だ。まさかこんな嫌な気持ちで言うとは思わなかったが……まぁ『傭兵は信用が大事』って奴だ」

「……はぁ〜」


 親子揃ってため息をつく。

 そして初恋の君が僕の方へと向くとぶっきらぼうにこう答えた。


「……オレの名前はレオナ……レオナ・ルガ・バンテンガインだ」

「レオナさん……!」

「目を輝かせて近付いてくんな」


 子供とは思えないほどの力強さで僕を押し除けるレオナ。

 そんなレオナに、僕は緊張させながら言う。


「レオナさん……!」

「……なに」

「好きです僕と付き合って――」

「嫌だよ」


 その鋭利な一言に僕はがくりと膝から地面に伏してしまう。


「そんなあああああ!!」

「すげーな坊主……寧ろ良くそこで受けて貰えると思ったな……」

「失礼ですが理由をお聞きしても!?」

「マジかよまだ挑む気か?」


 お義父様の声は僕に届かない。

 何故なら一度の敗北は敗北ではないのだ。

 人間は、反省してやり直せる生き物……ッ!!


「はぁ……先ず、オレは弱い奴が嫌い」

「じゃあ強くなります!」

「それと……」

「はいなんでしょう!!」


「泣き虫はもっと嫌い」


 その一言に、僕はグッと息を詰まらせた。


「な、泣き虫……」

「ずっと泣いてただろ」

「まさか……見てた?」

「あぁ」


 そんな、まさか。


「す」

『す?』


「好きな人にブッサイクな泣き顔見られてたあああああ!!!」


 男、ジョン・マクレイン。

 好きな人に涙を見せた不覚を取るの巻。


 はいそこ女々しいと言っちゃダメです。

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