幕間 ある女神の独白
かつてその世界の運行を担った修羅の女神であるワシ、ネシアは約五千年ぶりに降り立ったその地で、愕然としていた。
「これはもう、詰んでおるな」
アルダメイル。それがこの世界の名前。
約五千年前に勃発した邪神大討伐時代に世界は大いに荒れたものの、元凶である邪神を倒すことに成功した。
その後ワシは邪神討伐のため、異世界の魂を連れて眷属化という無茶苦茶なことをしたため、ワシは主神から謹慎処分を受けることになるが当時は楽観視していた。
人は強い。時間をかければ必ず世界を復興させる。そう思っていた故の楽観視だった。
「この……阿呆どもが……」
だが現実は違う。人は強いが脆かった。
バラバラにした邪神の欠片を使い、己の欲望を叶えるために人は醜く争い合っていたのだ。そうなれば世界がどうなるのかは分かるだろうに、彼らの争いは止まる所を知らない。
だから世界は詰んでいると言った。
良くも悪くも世界に影響を与える神の力を
それも人の危機や世界の危機に生まれる英雄も近年では減少の傾向にある。最早この世界に彼らを止めるものなどいないに等しい。
ならば捨てるか?
いや、神として生まれたワシが全てを捨てれるはずもない。
ならば救うしかない。
かつては修羅を司る悪神であったワシが、世界を守るために強引にでも権能を変えたのだ。ならばその権能通りにワシは立ち上がるしかない。
この『修羅ありし世界を守る女神』として。
◇
とは思ったものの、この世界の住人を使ってもこの世界は何も変わらない。
邪神と関わった先祖を持つこの世界の住人では、邪神の力に影響されやすく、邪神に対する抵抗力があまりない。
となれば手段は一つしかない。
五千年前と同じ、異世界からの魂を持ってくること。
今度こそ謹慎処分とは比べ物にならない罰が待ち受けるだろう。神の座から堕ち、人として生きるならまだしも、存在自体消されるかもしれない。
だが昔と今じゃそもそも待ち受ける問題が違う。
昔であれば邪神一柱ぐらい暴走しても問題ないだろう。事態が悪くなれば神々が一斉にボコれば良いわけじゃし。
しかし今は違う。邪神の欠片がアルダメイル中に散らばり、化身ではあるが邪神が次々と生まれてくる世界になっている。
下手すれば邪神の軍勢が他世界にまで及ぶ可能性が高いのだ。流石にその面倒くさい事態になるぐらいならワシの暴挙一つぐらい見逃してくれるじゃろう。
……見逃してくれるよな?
いかんいかん。
元が修羅を司る神だからか、所々大雑把になっておるな。
今はもう守護の神を担うのだからよく考えんとな。
「……お?」
久しぶりに見た妹神のマイアが、面白そうな魂と話をしておるではないか。
お人好しで、どんなに拒否しようが結局は関わっていくツンデレ気質の魂。
それにワシの変化した権能が『当たり』だと囁いてくる。
よし決めた! お主ワシの眷属になれ!
え? いや? いやいやそんなこと言わずに!
◇
「参ったのうこれは」
魔法の適性を調べたが、まさか無属性のそれも念力しか使えないとはこのワシの神としての力を持ってしても見抜けなんだ。
例え異世界の魂であっても、このアルダメイルに生まれたからには肉体、精神含めた構造がアルダメイル人と同じになる。
これは過去、ワシが異世界の魂を連れてきた際に分かったことじゃ。
現に佐野丈治、いやジョンは無事に魔法適性を持って生まれてきておる。じゃが使える魔法が限定されている特異体質に生まれてきているだけ。
……ちょっと、いや、かなり不安になってきたの。
「それでも、ワシの権能は嘘をつかん……」
神の持つ力、権能は絶対じゃ。
このワシ、ネシアが新たに持った権能『修羅ありし世界を守る』という力は世界を守るためなら常に有利に働く力を持つ。
具体的な力は持たないものの、運命誘導の力は絶大な安定感を誇る力じゃ。そう言った意味では、ジョンの持つ幸運も似たようなものじゃろう。
まぁ似たようなものであっても、ただの人の幸運が世界をどうこう出来るはずはないのだが。
とにかく、ジョンには世界を守る何かがあることだけは確かじゃ。ならばワシは、ジョンを邪神討伐に赴けるよう策を弄するしかあるまい。
この世界を守るためなら、ワシはどんなことをする覚悟があるからのう。
◇
邪神が誕生してしまった。
実に由々しき事態じゃ。
ワシが謹慎される前ならなんとかなる。
ワシが謹慎された後でも英雄たちがいればなんとかなる。
だが今はダメじゃ。
神々の法を無視して無茶苦茶やったワシは既に目を付けられておるし、ジョンを連れてきたことも見逃されているだけで、今度こそ法を無視すれば罰は免れないじゃろう。
後は英雄だけじゃが、英雄に関しては十年に一人生まれれば良い方で、現存する英雄の数では邪神に対抗することはできない。
この世界の人間はもう邪神の脅威に争う術や力は持っていないのじゃ。
だからこの世界は詰んでいた。
邪神誕生の阻止が精一杯の世界で、邪神が誕生してしまったらもう何もできない。そこでずっと邪神が気まぐれで止まるまで待つしかない。
だからこそジョンの存在に一縷の希望を託す。
ジョンが死んでしまったら、ワシの全存在を掛けてでもジョンの来世が幸せになるよう掛け合うつもりでジョンに願う。
ジョンの選択肢を狭め、逃げ道すら封じて、ジョンを邪神討伐に向かわせるよう誘導する。ジョンはワシを恨んでも仕方ない。
これも全ては世界を守るためなのだから。
◇
ジョンから聞いたジョンの幸運は予想以上のものじゃった。
先程、ワシの持つ権能とジョンの持つ幸運は似たようなものじゃと言ったが、似てるようなレベルではなかった。
掴み取る幸運。
行動全てに幸運が宿る運命誘発の力。
ただの人間が持っていい幸運ではない。
やはりワシの権能は間違っておらんかった。ジョンの持つ幸運があればひょっとすればひょっとするかもしれん。
そう思っていた時期がワシにもありました。
いやボロボロになりすぎじゃろ!?
幸運っていうより悪運じゃろそれ!?
寧ろそれでどうして死なんのじゃ!?
突き上げられ、叩き付けられ、薙ぎ払われ、骨が外れた。
大人でも簡単に死ねるデスコンボじゃ。
それがただの子供の身でどうして生きておるんじゃ。
いや、原因は分かる。
ジョンの念力に特化し過ぎている力のお陰じゃ。
半径二メートルという範囲の狭さじゃが出力は女神であるワシの想定を超えており、それがジョンの命を紙一重で守ってくれているのじゃ。
そしてそれ以外にもジョンのマナ総量は規格外の一言。
木星の邪神は木の根を使いながら世界各地の力を吸い取る性質を持つ。これはかの邪神に近付くだけでもマナを含めて生命力さえも奪い取る凶悪な力じゃ。
じゃがジョンは生きていた。
ジョンの膨大なマナが奪い取られた生命力を補完する形でジョンを生かしていたのじゃ。当然マナも奪い取られておるが、膨大故に体内マナはちっとも減らん。
まぁ……。
残念なことにその膨大なマナがあっても他の魔法は使えんしのう。それに調べた感じ、全て念力に注がれているせいで、マナタンクとしての役割も果たせん。
言うなれば念力使いたい放題、出力上げ放題だけの恩恵しかない。
膨大なマナが宝の持ち腐れか……。
……うむ、まぁなんとかなる方法もなくはないか。
◇
ジョンが邪神を倒した。
そして残念なことにワシの化身は時間切れじゃ。
邪神も神と名乗っておる通り、同じ神であるワシも人々の祈りと儀式なしに人間界に君臨することはできない。じゃから化身を使って人間界に来ているが、それでも数時間と保たない。
「じゃが……希望はあった」
今の人類では倒せない邪神を倒せた。
念力という汎用性に秀でた魔法に特化した才能や、膨大なマナという偶然に助けられた面もあるが、それでもじゃ。
ジョンは邪神の討伐を成し遂げられる。
それが分かっただけでも感無量じゃ。
「さて、これから忙しくなるのう……」
絶対これからの邪神討伐を嫌がるじゃろう。
そこをなんとかして誘導して討伐に行かせねばならん。
「次の邪神の欠片の反応は……ロイエンガル王国か」
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