第7話 幸運男ジョンの華麗なる幸運
『……ン! おい! おいジョン!!』
「ん……あれ?」
耳元に響く女神の声に目を覚ます。
いや、目を覚ます? 僕は気絶していたのか?
「一体、どうなって……」
『寝ぼけてる場合か!?』
どうも体がおかしい。体が異様に軽く、手足を動かしても何も当たらない。
ぶれていた焦点が定まってくると、そこには清々しいまでの青色が広がっている。いや違う。あれは空だ。僕の目の前には空が広がっている。
「え、何が……僕は今……!?」
自覚した瞬間、失っていた感覚が戻ってくる。
体中を走る激痛。不快感を催す無重力。体を打ち受けるように吹き荒ぶ風。
そう僕は今、空中へ投げ飛ばされている。自信満々に宣言した直後に、足元から巨大な木の根が現れ、僕を空中へ打ち上げたことを思い出す。
「あ、ぐぅっ!?」
今更やってきた痛みに声が漏れる。しかし息をするのも苦痛な状況にいるというのに、女神の声は次の危機を教えてくれる。
『気を付けるのじゃジョン!』
「何が……っ!?」
聞き返す暇もなく、僕の真下から巨大な木の根が襲い掛かってくるのが見えた。
「っ、受け止めろぉ!!」
イメージを練り上げて発動した念力は、クッションとなって巨大な木の根から僕を守ってくれた。しかし角度が悪かったのかその根の上に着地することなく弾かれて再び落下を始める。
「っの、やろおおお!!」
咄嗟の判断でバッグから鋭利な木の破片を取り出し、木の根へと突き刺す。
その瞬間、ズガガガと音を立てながら突き刺した木の根を裂いていくものの、どこか硬いところに引っ掛ったのか、落下の速度が急に止まった。
「ぐ、ああっ……!!」
急に止まった衝撃で負荷が肩の許容量を超えたのか、何かが外れる感覚がする。
「骨が、はず、れたのか……!?」
そう思ったのも束の間、巨大な木の根に突き刺した木の破片がポキッと折れる。それによって僕は再び地面へと落下していく。
クソ……元は全壊した家の破片から持ってきたものだ。鋭利だからと適当に持ってきてはいたものの、耐久力がクソ雑魚過ぎたんだ。
「やば」
『ジョン!!』
落下の衝撃に備えるためのクッションをイメージする。死神がチャオと手を振ってきた幻覚が見え始めた頃に念力が発動した。
「うぶぅっ」
なんとか念力も成功し、僕は無事に地面へと舞い戻った。
そう舞い戻ったんだ。わーい。
「……は、はは……もう嫌だぁ……嫌だよぅ」
幼児対抗気味な僕を見て、鳥姿の女神が気の毒そうな表情を浮かべる。
『カッコイイ宣言からのこれよ……だが同情を禁じ得ぬな……』
「あぁもう、やばい……肩が痛い……全然動けねぇ……どうやって肩の骨を戻すの……?」
『応急処置だが骨が元に戻るよう念力で一気に入れるしか……ジョン!!』
「え?」
女神の切羽詰った声に僕は振り向く。
するとそこには、木の根が周囲の森を薙ぎ払いながら、すぐそばまで迫っている光景があるではないか。いやあるではないかではない。やばい。
「まも――」
念力への命令が間に合わない。
だが念力自体の発動が間に合ったのか、僕は肉体的なダメージを負わないまま衝撃だけで吹き飛んでいき、数回のバウンドを経てようやく動きが止まった。
「……」
『おいジョン! ジョンお主大丈夫か!?』
「……あのね」
『おう!』
「……肩の骨がね……戻ったよ……」
『……そ、そうか』
関節の違和感は消えたが心はもうポッキリさんである。
「……なんでこんなことに」
『……うむ』
「こんな殺人的なピタゴラスイッチとかさ……駄目だよ? 普通の人間だったら最初で死んで、二度目の攻撃でまた死んで、落下死して、また死ぬんだよ? 四回だよ? 人が四回死ぬんだよ? 最初の一回目で生き残ってもその後三回ぐらい追い討ちが続くんだよ? 人のデスボックスにここまで死体撃ちするやついる? マナーが悪いどころじゃないよ?」
口から弱音がマシンガンのように飛び出て、目から涙が出てくる。
ひっぐ、ひっぐと嗚咽も垂れ流して、今までの不運が走馬灯のように脳裏に過っていく。
「くそぅ……前世の最期が犯人と相討ちはまだ分かるよ? 死んだことは悔しいけどしょうがないじゃん……でもなんでこんな目に遭うんだよ……」
僕の言葉に女神が気まずそうに顔を逸らす。
「才能は念力だけ、神様サポートは口だけ、具体的な邪神討伐プランは提示されなくて行き当たりばったり……なのに邪神討伐を強要してくる始末……」
僕の言葉に女神が体ごと向きを変えた。
僕はじっと女神を見つめ続ける。女神はまだこちらを見ない。
「……まぁいいや」
『え?』
女神が振り向いた。そして僕と目が合った瞬間また顔を逸らす。
「言いたいことはまだあるけど……才能がなくても生きていけるし、ファンタジー世界好きだし、今のお母さんも好きだよ……でもな」
痛む体を抑えてゆっくりと起き上がる。
上を向けば、そこには邪神がそびえ立っているのが見える。
「贅沢三昧の貴族生活をするかも知れなかった人生を打ち壊して、お母さんを何度も自殺へ誘導して、挙句に世界を滅ぼす邪神を誕生させた……? ふざけんじゃねぇよ?」
女神がこの世界に連れてきたのは許す。
邪神が人の欲望によってボコボコ誕生する世界なのはまぁ、許す。
だが僕たちを巻き込んでこんな辛い目に遭わせやがったあの
マジで許さん。
こんな状況も相まって憎さ百倍ガンメンパンチマンになるレベルだ。
「なぁ女神様よぉ……」
『はい』
「あの女はあの邪神のところにいるんだよなぁ……?」
『はい。木の根を世界中に張り、地表を破壊すると共に大地の栄養も吸い取っているようで、吸い取った栄養は力としてあの邪神の頭の部分へと集積しているのが分かります』
体を震えさせながら妙に畏まった口調で説明する女神に疑問を浮かべるがどうでもいい。
「あそこに……いるんだな?」
『いる可能性が高いと思います』
「よし、行くぞ」
『はい……ん? いやちょっと待て! お主どうやってあそこまで行くつもりじゃ!?』
「方法はさっきので思い付いた!」
『思い付いたって……いかん!!』
女神の言葉と共に地面が振動する。
これまでのパターンからしてこれが地中から木の根が出現する傾向だと理解できる。理解できているからこそ、待っていた。
『ジョン!!』
念力に対する命令はいらない。
イメージしやすいってだけでただ念力の動きを言葉にしてきたが、イメージできていればちゃんと念力が発動するのを先程の攻撃で思い出したのだ。
(イメージしろ……!!)
木の根が僕を突き上げるタイミングに合わせて念力で防御のイメージをする。その瞬間念力は無事発動し、強烈な衝撃に襲われた僕は再び空の旅へとやってきた。
「よし、高さは十分……!!」
すると今度はまた巨大な木の根が鞭となって空中にいる僕に攻撃してこようとする。やっぱり木の根の動きは無作為なようでいて、ちゃんと僕を狙う意思がある。
これはあの女の敵意だ。僕を殺すという殺意が木の根を操っているのだ。
「だけどこれを利用して僕はお前のところに行くからな!!」
念力を利用して木の根を下へと受け流す。そしてそのまま木の根を念力で掴み、滑るように木の根を伝って行く。
「もう何回も言うが!! 目が覚めたら家の敷居から出られない上に自殺しようとする母親と邪神ハンターとかいう訳の分からない使命の任命!! その上こんな子供の体で邪神に立ち向かう境遇とかお前ら想像できるのかよ、えぇっ!!」
まるでターザンのように滑っていき、ある程度の距離まで近付いたことを見計らった僕は、念力を使い目当ての場所へと突撃するように『跳んだ』。
勢いも十分。だがそのままなら僕は無防備なまま邪神の表面に激突して終わり。そうならないためにも僕は、背負っているバッグを外して中をぶちまける。
「宗教ビジネスだがなんだが知らねえが人を不幸にしてきた末路を受けて逆ギレしてんじゃねぇよサイコパスがよぉ!! 甘んじて自己責任と因果応報を食らいやがれよ!!」
僕の周囲にはかき集めたありったけの鋭利な棒や破片、ナイフ、包丁が広がっている。
それらの凶器は全て僕の念力圏内。
その全てに念力の力を纏わせて――射出。
驚異的な速度を伴って放たれた無数の凶器は次々と狙った場所へと向かって行き、対象の体を抉り、貫いていく。それによって開いた穴に僕は突っ込んでいき、体を転がりながら無様にも着地する。
そして僕は、目当ての人物が奥にいることを確認したのだ。
「クレア……!!」
「アセリアのガキ……!!」
全ての元凶にして、僕をここまで追い詰めた敵。
怒りで目の前が真っ赤に染まった僕は念力で瞬時に懐に入り――。
「オラァッ!!!」
「ふべぇ!?」
――念力で補強した拳で相手の顔面をぶん殴ったのだ。
「はぁ、はぁ……!」
『や、やったなジョン! 火事場の馬鹿力なのか自棄になった故の行動かは分からんが、ワシらはこれでようやく邪神を止められるぞ!』
「はぁ、はぁ……止め、る? あぁ……そうだね……」
吹き飛んで気絶したクレアを確認した僕は、女神の声に熱くなった思考が冷静になっていく。
「どうやって止めれば良いんだ……?」
『方法は二つ。邪神の器を跡形もなく消すか、邪神の力そのものを破壊することじゃ』
「器か力……あれは?」
奥の方を見れば、一人の女性が木によって磔にされているのが見えた。
『エルフ族の女王じゃな。同族からは巫女と呼ばれていて、彼女こそがこの邪神の器じゃ』
「それじゃああの人を消せば……」
人を消す。そのことを口にした僕は緊張で体が震えた。
当然のことだが前世含め、僕は人を殺したことがない。前世で学んだ倫理観が今世でも発揮して、僕に殺人という行為に忌避感を感じさせるのだ。
だがそんな僕に、女神は残念そうに否定した。
『……その器を消しても邪神は止まらん』
「……どういうこと?」
『邪神の力を受け止めた器は邪神の肉体になる……つまり今見えているその器はただ元の器の面影がある肉塊で、今我らが立っている邪神こそがあの器そのものなのじゃ』
「じゃあ器を消す方法でやるなら、この邪神丸ごと消さないと駄目なのか……」
だとすると方法は一つだけだ。
『邪神の力……即ち元凶である邪神の欠片の破壊じゃ』
ここにそれらしき物体はない。
ならば可能性は一つ。
「クレアか……!」
『……本来なら器と欠片はセットなのじゃが、クレアに邪神を制御させるために制御権である邪神の欠片を渡しているのだろうな』
誰が、と聞き返す程馬鹿じゃない。
恐らくあのエルフ族の女王が器として機能する際にクレアに渡したのだろう。
そこにどんな理由があるか、クレアとあの女王との関係がどのようなものかは、知る由もないしどうでも良いことだ。
「よしそうと決まれば早くコイツの体を調べて……」
『……やるなら早くやった方が良いな』
僕とは違う方向を見る女神に疑問を抱いた僕は、女神が見ている方へと顔を向ける。するとそこは先程通った外へと通じる穴で、外の景色が見えた。
だが重要なのはそこじゃない。
問題なのは外の景色が僕の知っている景色に近付いていることだった。
「なっ、邪神が……僕の家に近付いてる!?」
そこには母もいる。邪神の動く速度を考慮すると数分もすればあの家に辿り着くだろう。そして辿り着けば、母の命が危ない。
「は、はは……良い気味ね坊や……!」
「クレア、お前!!」
いつの間にか起きていたクレアに掴み掛かる僕。
そんな僕にクレアは心底愉快そうに口角を歪めた。
「邪神を止めろ!」
「誰が止めるものか! 私を追い詰めた貴様ら親子に復讐するまで私は絶対に止めない!」
「この期に及んでお前まだ自分の立場を理解してないのか!?」
「がぁっ!?」
念力でクレアの首を掴んで持ち上げる。完全に首を絞められ、呼吸ができない状態になった彼女は必死に暴れ出し、僕はそんな彼女に凄んだ。
「う、あ、あっ!?」
「子供だからって人を殺せないと思うな! 僕はお母さんを守るためならなんでもするぞ!」
「や、やめ……!」
人を殺す覚悟はまだできないものの、焦燥のままうっかり殺してもおかしくない状況だ。そんな僕の心境を理解してしまったのか、クレアは必死に命乞いを始める。
そうだ。コイツはこんなとち狂った行動をしても根っこは悪徳商人。自分の利益のためなら人の犠牲や不幸を厭わない自己中な性格だ。
「分かったら早く邪神を止めろ!!」
自分の目的よりも、自分の命を拾うのが商人の筈だ。
「早くしろ! その首がどうなっても良いのか!?」
その筈だ。
だから、早く。
「……!!」
邪神が家に近付く度に念力の威力が上がっていく。
人を殺したくない。そう思ったその瞬間。
「わ、分かっ、た……っ!」
「――っ」
了承の言葉を聞いた僕はぞんざいに彼女を投げ捨てる。
ゲホゲホと咳き込む彼女を見ながら僕は声を荒げた。
「まだ念力の範囲内だぞ早くしろ!」
「わ、分かったからぁっ!」
そう言った瞬間、彼女の体から水晶玉のようなものを出てきた。
「体内に隠してあったのか……」
その水晶玉の中には毛髪のようなものが一束入っており、それが邪神の欠片なのかと僕は訝しんだ。
『邪神の毛髪か……かみだけに』
「うっさいどうでも良いだろそこは! コイツを壊せば……っ!?」
水晶玉を壊すように念力を集中させるその直前に、僕は視界の端に奇妙なものが見えた。
その些細な違和感に吸い寄せられるようにそこに焦点を合わせてしまう。そして気付く。それが一体なんなのかを。
「もう一つの、水晶玉……?」
クレアの持つ水晶玉と同じ姿をしたものが木に埋められていた。いや、違う。気が付けば、僕の周囲には同じ形の水晶玉が無数にあったのだ。
僕がその光景に気付くと同時に、クレアの持っている水晶玉が塵となって消える。
「なんだ……何をしたんだクレア!!」
「ひ、ひひ! バカねアンタ……! このまま私を殺せば邪神が止まるっていうのに、躊躇してるからこうして隙を突かれるのよ!」
「くっ……!」
図星を突かれた僕は、咄嗟に彼女に対して手を向ける。
そんな僕に彼女はビビりながらも小馬鹿にした表情で両手を上げた。
「な、何もかも遅いわ! もう私を殺しても邪神は止まらない! 欠片を解放したからもう私に制御権がないのよ!」
コイツは……。
「本物の邪神の欠片をこの中から突き止めない限り無駄なのよ! せいぜい時間を掛けて探し出しなさい! 私はここでアンタの大切な家族が潰されるのを見てあげるわ!!」
コイツは確かに根っからの商人だ。
相手の考えと自分の利益を計算し、常に自分が有利になれるよう立ち回る狡猾さをちゃんと待ってやがる。
――だけど。
「相手が悪かったな」
「え?」
僕は迷いなく適当な一個の水晶玉を念力で砕く。
その瞬間、邪神が悲鳴を上げて体を揺らした。
「う、嘘でしょ……? 一体、どうやって本物を見分けて……」
「僕が砕いたのが本物かどうか分からなかったさ」
場所のヒントも、形の差異もなかった。
単に当てずっぽうで当たりを引き当てただけの話なんだ。
だが忘れてはいないだろうか? 僕が一体何者かを。
「僕は幸運男だぞ? 選択において僕は……この世で最も正解を選べる男だ」
「そんな……こんな、こんなことって……!」
「僕の勝ちだクレア」
揺れが徐々に大きくなり、足場が崩れていく。
恐らく欠片の破壊によって、邪神の体が崩壊しているためだ。
全ての目論見を阻止されたクレアは呆然として立ち尽くしている。そんな彼女に向かって僕は、親指を下に向けて笑みを浮かべた。
「イピカイエー、あばよくそったれ」
その瞬間、僕とクレアは足場の崩落に巻き込まれたのだった。
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