第6話 幸運男がここにいるという幸運
邪神が誕生する三時間前。
計画が既に破綻している事を五年前に気付けば良かったとクレアは自嘲する。
何らかの偶然で邪神最後の贄が遅れている事、そしてクレア自身この五年でどうにか邪神教ビジネスを再起できないか足掻いていたせいで気付けば五年の月日が経っていた。
(予想以上の敵は予想外のところで出てくる……一体誰が言った言葉かしら)
ジョンの予想以上の力を見たクレアは残った仲間と共に『木星の邪神教』のアジトへと戻る。そしてクレアはそのまま木属性の魔法で作られたエルフ族の神殿へ向かった。
「これはクレア様……」
「メア様に会わせなさい」
「え、ええ……どうぞこちらへ……」
険しい表情を浮かべるクレアに圧され、神殿を守る番兵がクレアを通す。
クレア自身『木星の邪神教』の中で巫女に次ぐ最高幹部である事から誰も彼女の事を止めるものはいない。
邪神教を拡大させ、更に彼女の持つ人心掌握術で完全に乗っ取っているため誰も彼女に逆らえない。それは当然、巫女も、そのお付きでさえも。
「メア様」
「あら! お姉様! よく来てくださいました!」
こちらを見て親しげに笑みを浮かべる巫女に、クレアは告げる。
「邪神誕生のために、器である貴女が必要なの」
残酷で、酷いそんな言葉を聞いた巫女はただ笑みを浮かべて――。
「はい!」
易々と、自身の命をクレアの願いのために捧げた。
◇
そして現在。
巫女の体が眠る邪神の中心でクレアは高笑いをしていた。
己の頬を伝う涙に気付かぬまま、彼女は邪神のコアから通じる破壊の光景を見てその快感に逃げ続ける。
「は、ははは!! これ、すご、凄い!! あぁなんて気持ちいいのかしら!」
彼女の持つ人心掌握術は、相手の欲しい物を用意し、そこから相手の信頼を得て、徐々に自分を依存させ、操る術だ。
一体、どれだけの人間が彼女の人心掌握で人生を狂わせてきたか。一体、どれだけの人間相手に、彼女が情を寄せてしまったのか。
倫理観も価値観も多少歪なだけの商人だった彼女が、たった一つの思い付きで宗教ビジネスに手を出した結果、仲間も、部下も、金も、人も、全て手に入れた。
――それが全て消えた。
あれだけあった何もかもが、粛清という名の下に消えた。
彼女を逃すために一体どれだけの仲間がその身を捧げたのか。その光景を見て、一体どれほどの悔しさと怒りが心をかき混ぜたか。
「壊れろ! 壊れてしまえ! こんな世界消えてなくなれ!!」
邪神誕生は望んでいなかった。
ただ昔のようにビジネスを続けたかった。
居場所を壊した公爵家の後妻を邪神の贄に捧げ、国に邪神誕生の件で脅しながら再び宗教ビジネスを再開する。憎き公爵家の当主の絶望顔を見ること含め、それが計画だった筈だ。
なのにそれもご破算だ。
そしてその計画を壊したのも全ての元凶である公爵の息子と来た。
「は、はは……くそ、くそ……!!」
あの家に規格外な念力を持つ子供がいると分かっていればどうにかなったかもしれない。
子供を殺し、公爵の後妻を神具で生贄に捧げれば、結界を壊した事でこちらに勘付いた公爵家が動いてもどうにかなるはずだったのだ。
それがあの子供に返り討ちにされ、後に引けなくなった今、クレアは邪神の誕生を踏み切ったのだ。自分の事を姉と慕い、いつしか情が移ってしまった妹分である巫女を器として捧げるほど、彼女は追い詰められてしまった。
これが、邪神という触れてはならないものに手を出してしまった者の末路か。
――それとも、単に運が悪かっただけなのか。
◇
家の残骸からできるだけ鋭利な物を、背負うタイプのバッグに詰め込む。
現状攻撃手段が半径二メートルで作用する強力な念力だけで、遠距離系の手段が欲しいがために武器を調達しているのだ。
子供の力だと投げても無力だが、これを念力で投げれば強力な遠距離攻撃の手段になる。そう思って集めているのだが、そこに母が止めた。
「な、何をしているの!?」
「何って……それは」
邪神を止める、あわよくば倒す。
そんな自分でさえ無謀だと思っているその可能性を口に出すのは憚れた。こんな僕に一体何ができるのだろうか。自分でさえも信じていない奴が邪神を倒せるのか。
「……」
『何じゃ?』
鳥姿のネシアを見る。
彼女は言った。邪神を倒すために僕を連れてきたのだと。散々弱い、悪い方の想定外、クソ雑魚やらなんやら言ってきたが、それでも。
「……助けが来るまであと三時間。その間、世界はあの邪神によって滅ぶって言ってた」
「だから、だからジョンが倒しに行くっていうの!? おかしいわそんな事! どうしてジョンが行かなくちゃいけないの!? ジョンはまだ五歳で、子供で、こんなに小さいのに! 無理よ邪神を倒すだなんて!」
「でもここで待ってても僕たちは殺されるだけなんだよ! だからここから生き延びるには邪神を倒すしかないんだ!!」
「だからどうしてそれがジョンなの!?」
「それは――」
「……それがあなたの……使命だからなの……? ……邪神を倒すために生まれてきたから?」
「違う!!」
母の言葉を僕は声を張り上げて否定する。
そうだ。僕が邪神を倒そうと思っているのは女神のためじゃない。
それはこの世界を守るためでも、僕の命を守るためでもない。
「僕が!! お母さんを守りたいからだ!!」
「っ!?」
「魔法を覚えたのも、クレア達と戦ったのも、邪神に立ち向かうのも全部お母さんを守るためだ! 確かに僕は普通の子供と違うけど、それでも僕を育ててくれたお母さんのことが好きで、死んで欲しくないんだ!!」
「ジョン……っ!」
「現状、あの邪神を倒せるのは僕しかない……そうだろ女神様!」
『お、おう!』
そうだ。力が弱く、念力しか取り柄のない子供の僕だけど、この女神は邪神を倒すその一点だけを信じていた。
その女神の言葉に僕は賭けている。
そして賭けているのなら、勝てる。
「賭けなら絶対に負けない……! 何故なら僕は……幸運男なんだから!」
そう僕は、言葉を震わせて、虚勢を張りながら宣言した。
◇
家を囲っている柵から飛び出し、邪神の影響で物理的に蠢いている森を走る。
重たい鞄は念力で軽くさせているため、移動に支障はない。懸念なのはあの木の化け物に到達するだけの体力があるかどうかだけ。
もっとも、体力が無くなりそこで立ち止まれば、待つのは死のみだが。
『のうジョンよ』
「なんだよ」
並走するように飛ぶネシアが声を掛けて来る。
『母のために立ち向かう……確かにお主はそう言ったが、勝算はあるかの?』
「ないよそんな物」
『じゃろうな』
気が狂ってると思われても仕方がない会話だ。
相手は木を操る神の一柱。即ちこの世界全てが邪神の武器にして体。
子供の僕が、それもただ念力と幸運だけが取り柄の僕が一体どうやって勝算もなく邪神相手に立ち向かえるのだろうか。
普通はそう思う。
僕だってそう思う。
「でも僕は、僕を選んだネシアと僕の幸運に賭けたから」
『なんじゃ運任せか?』
「そうだよ? ソシャゲのピックアップを逃したことがなく、宝くじをやれば最低でも五千円当たる程の幸運を頼りに生きてきたのが僕なんだから」
その僕の言葉を聞いたネシアは一瞬呆けたのちに笑い声を上げた。
『かーっかっかっか! 確かにワシは幸運なお主ならばと連れてきたが、まさか本当に運だけで神に立ち向かうと言うのか!』
「もしかして僕の運をバカにしてる?」
それだったら僕は訴訟をする事も辞さないが?
行けるところまで行こうじゃないか、ん?
『いやいや言うかどうか迷っておったが……その誇らしげに掲げる幸運は別に大した幸運ではないじゃろ。せいぜい人並みに運がいい程度……邪神を倒すレベルではない』
そもそも本当に規格外に運が良かったら邪神の誕生も起こらず、起きても何らかの要因で邪神が倒される筈、とネシアが言う。
例えば戦場のど真ん中を踊り、集中砲火を受けても無傷だとかそう言うレベルの幸運であれば、邪神と相対してもなんとかなるかも知れない。
だけどそんな事は――。
「そんな事は僕が分かってるよ」
『ほう? 分かっておるのに何故自分の運に賭けれる?』
「……確かにそう言う何もしないで得られる幸運だってあるだろうね」
持ち前の幸運と付き合ってきたから分かる。
確かに僕の運はそこまでじゃない。
僕の運は言うなれば『掴み取る幸運』だ。
『掴み取る幸運?』
「何かしら行動をしなければ得られない幸運の事さ」
確かにソシャゲのピックアップは外した事がない。
だがそれはピックアップをやった場合の話だ。当然ピックアップガチャを引いてない場合はキャラを得られないし、そもそも得る資格がない。
無課金だからガチャをやるために必死こいて石を集めて、それで間に合わなかったらお流れ。またピックアップが復刻するまで待たなくちゃいけない。
そして石の確保が間に合い、ガチャを引けるなら僕は必ずガチャで目当てのキャラを引けてしまう。
そう、それが僕の幸運。
何かを得るなら行動する事。
きっかけを作る事。
行動して何かを得られるなら、僕の幸運は絶対に掴み取る。
「そして僕は今、邪神を倒すために行動している」
人生は選択の連続と誰かが言った。ならば僕は選択という行動で常に幸運が導いてくれている状態にあると言えるだろう。
「人並みの幸運と言ったな? だったら証明してやるよ」
『……ほう?』
「幸運男をここに連れてきた行動の結果、どうなるのか見せてやる」
なお邪神ハントは今回限りですので悪しからず。
え? 駄目? そんなー。
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