第5話 気が付けば世界が危機に瀕しているという不運
元の世界では僕は幸運男だった。
無課金を貫きながらもソシャゲのピックアップを外した事もなく、宝くじでは最低五千円を引き当てる程の幸運。
僕は自身の幸運に自信を持っている。
日々の生活で生まれ持った幸運を頼りにして生きていた。
それが前世の僕だ。
それが転生してからという物、使える魔法は念力しかないし、境遇は悲惨だし、いきなりこんな絶体絶命なピンチに陥っている。
ジョンという子供に転生した僕は自分の幸運に自信を持てなくなっていたのだ。それで僕は慎重に慎重を重ねて、情報を収集し、邪神を倒すための手段を模索していた。
「……は?」
吹き飛んでいく男達を見て、僕は呆然とした。
そう、僕が使えるのは念力だけ。
範囲は半径二メートル。
詰んだと思った。
だけど。
「なっ、このガキ!?」
「っ、吹き飛べ!!」
本当の幸運はここからだったのだ。
「お前も吹き飛ぶんだよ!」
「ぎゃあっ!?」
「マンダがやられた!?」
念力の発動と共に男達が吹き飛んでいく。
それと同時に僕は自身の念力についてとある確信を持つようになる。
確かにこの念力には範囲に制限があった。でもそれ以上にこの力は予想以上だったのだ。大の大人数人を同時に吹き飛ばせる力が、僕の念力にはあった。
「やっぱり、僕は幸運男だ……!」
特大の幸運は、特大の不運の後にやってくる。
その逆もまた然り、とは前世の友人が言った言葉だ。
当時の僕は不運な状況に陥った事はないし、ガチャで課金して爆死した友人の負け惜しみか何かだと思って聞いてはいなかったが、ここに至って僕はようやく理解したのだ。
――友人の言葉は本当だった!
「この坊やの力……! 考えが甘かったわね……!」
「どうします!?」
「撤退するわよ」
この野郎判断が早すぎる。
逃げていくクレアとそれに従う部下達を追おうと思っても体は重くて動けないし、母が僕をがっしりと抱いて離してくれないため追えない。
「ジョン……ジョン……!」
「……っ、お母さん」
母のその表情を見て、僕は母から離れようとする意思が萎んでいく。
アイツらの脅威はまだ残っているものの、精神的に追い詰められた母をこれ以上一人にしてはおけない。
母の味方は今、僕一人だけなのだから。
「クレア……っ!」
僕はアイツらを許さない。
今度会ったら例の首紐のように、狂信者共々土に還らせてしょんべんをぶっかけてやる(過激発言)。
◇
思えばすんでの所で母が自殺を踏み止まったのも。
僕が前世の記憶を持って転生したのも。
こんなスタープラチナ並みの怪力を持った念力の素質があるのも。
全て僕の幸運のお陰ではないだろうか。やはり僕は幸運男……今世においても幸運に満ち溢れているのでは?
『おいおい、見ない内に家がボロボロになっておるではないか』
「出たなこのくそったれ女神がぁ!! よくも僕にお母さんの影響が邪神の瘴気に寄るものとか抜かしたなぁ!? もろ人為的な悪意じゃねぇか!!」
『邪神誕生を崇拝する邪教徒共の仕業なのだから、これも邪神の影響じゃろ?』
「それはそうなんだけどさぁ!!」
普通邪神の瘴気云々って言われたらどこにも逃げ場所が無くて、立ち向かうしか考えられないでしょ。人為的だったらもっと対処出来たと思うの。
例えば物資を運んで来てくれる奴らから逃げる、隠れるとかさ。
それでお母さんは一応洗脳から逃れられるじゃん。
もし僕が何らかの手段で家の結界をすり抜けたら、無謀にも邪神教団相手に一人で戦ってたと思うと命が幾つあっても足りないよね。ね!?
「もうね、言わせて貰うけど僕を邪神ハンターか何かにしたいなら、こんな信頼性もへったくれもない情報提供止めよう? 裏で腹黒行動を取るのも止めて? 僕の女神に対する不信感がストップ高になってんだけど」
『ではそうしてくれれば邪神ハンターになってくれるか?』
「嫌に決まってんじゃん」
『ほれみろぉ!』
「それが人に物を頼む態度かぁ!?」
人に頼み事をしたいならもっと誠実に言って!
その上で誠実に丁寧に断るからさ!
『それにしても、念力しか使えないというのに良く邪教徒共を退けたな』
「はぁ……まぁ幸運だったよ。半径二メートルしか使えないけど、代わりに出力だけはデカイらしいからさ」
『え? 何それ知らん……こわ』
「女神様ぁ!?」
女神に聞けば、彼女は僕の今の状態に関しては何も知らないらしい。
そもそも念力とは視界に映る範囲までが念力の有効射程であり、力自体は本人の持つ力に依存する物だという。
つまり僕本来の念力の出力は五歳児並みの力しか出せないというのだ。
『ほぇ〜……どうやら他の魔法が使えない事と念力の有効射程を代償に、出力だけ全振りしたみたいな感じじゃの』
「おま、お前……っ」
いや本当に貴女いる意味ある?
最初から最後までずっと僕の自力じゃない?
眷属認定するにも行き当たりばったり過ぎでしょ。
『まぁワシがお主を選んだのはお主の類稀なる幸運で選んだのだがな』
「え? (トゥンク)」
僕、自分の幸運を褒められるの大好き侍。
もっと褒めて。
『お主ならどうにかしてくれる。だからこそこの邪神が跳梁跋扈する世界に招いたのじゃ』
「なんて酷い他力本願だぁ……」
僕の胸の高鳴りを返して欲しいな。
「え、えーと……」
「あっお母さん」
そう言えば僕と女神以外にも母がここにいた事を忘れていた。
五年間交流してきたクレアの裏切りや、訳知り顔の息子に言葉を話す黒い鳥。はっきり言って母は今混乱しているのだろう。
誰だってそうなる。僕もそうなる。
「邪神ハンターって……どういう意味ですか……?」
『言葉の通りじゃな。お主の息子はこのワシ、修羅の女神ネシアの眷属にして、この世の邪神を討伐する宿命を持った存在じゃ』
「違います」
今のところ女神に脅迫されている一般人です。
「そんな、息子はまだ五歳ですよ!? それなのに邪神を討伐するってどうかしてます! 様々な国がいくつも滅びながら討伐するような相手を一体どうして!?」
待って? 英雄クラス数人が討伐するような相手じゃないの?
国家クラスにまで関わってくるの邪神って。
あっ、ダメだ。女神が露骨に僕から目を逸らしてら。
「もう過去の英雄様ですらこの世にいないのですよ……」
あ、ふーん。
この女神、過去の栄光を持ち出して僕の邪神討伐のハードルを下げたな?
しかも多分この女神の言う英雄って国家戦力並みの超人とかじゃない? そんな化け物数人で邪神を倒せるとかちょっと邪神の力盛り過ぎだと思うんですけど。
え? 盛ってない?
なら余計にダメじゃん。
『大丈夫じゃ。この小僧はワシが見出した存在……きっと、恐らく、多分、邪神を討伐してくれるかもしれない可能性が万に一つあるとワシは思うのじゃ』
「よくそんな博打で僕を邪神の討伐に向かわせようとしたよね」
『何とかなるじゃろ、行け』
「僕以上に運任せしてるよコイツ」
何? 幸運男だからってラッキーマン並みの幸運期待してるの?
バカじゃないの?
『まぁここで押し問答をしても事態は待ってくれないのじゃがな』
「「え?」」
その瞬間、巨大な地震が僕達を襲った。
いや、それは僕が知っている地震とは生温かった。まるで大地が飛び上がったような感覚で、一瞬の浮遊と同時に地面に叩き付けられ、体が吹き飛んでいく。
僕は必死に念力を使って僕とお母さんに迫る家具や家の崩壊を受け止めながら、何とか外に出られないか足を動かす。
「ジョ、ジョン!?」
「良いから僕に捕まってて!」
まるで地盤全体が崩壊したような揺れだ。
素直に玄関から出られないと悟った僕は、母を抱き締めて共に窓へと走っていく。そして念力を使って僕達の体ごと窓の外へと飛び出た。
「グゥッ!?」
「きゃあっ!?」
窓を壊し、僕は母の下敷きになるよう念力で体勢を動かし、そのまま背中で着地する。空気が肺から飛び出るのはこれで二回目だ。
それでも人間は慣れる物で、僕は何とかすぐさま息を整える事が出来た。
「もう、何が起きたんだ……!?」
五年間、母と暮らした家は完全に崩壊した。
いや、それ以上に。
「何だ……あれ?」
遠近感が狂うほどの巨大な木が、根を動かしながら大地に立っていたのだ。
『誕生してしまったか……『木星の邪神』が』
「あれが、邪神……?」
『元は度重なる森林伐採に怒れたエルフ共が、この世界全体を森林で埋め尽くすために生まれた邪神教の一つじゃった』
しかしそこにクレアと呼ばれる女性が現れた。
彼女は己の人身掌握術で木星の邪神教を手中に納め、陰でその勢力を拡大させた。その勢力は七十二ヵ国ある国々に密かに信者を根付かせる程の一大宗教になったという。
「最初にエンカウントしたカルト団体がヤベー規模の団体様で草」
『まぁ、当然有象無象の信者に統一された欲があるわけでも無く、長らく邪神誕生の兆しは無かった。しかしそれも当然じゃろう。クレアの目的は邪神誕生ではなく、邪神教を利用したビジネスなのだから』
だが、ここ最近はそのビジネスすらも破綻したという。
『きっかけはとある国の公爵が『木星の邪神教』を一掃したという事。そのせいで『木星の邪神教』はほぼ壊滅し、クレアの望むビジネスが果たされなくなったのじゃ』
「それが……僕の父親なのか?」
「……ジョン、知っていたの?」
母の言葉に半信半疑だった僕は確信した。
やはりクラウスという人物は僕の本当の父親なのだと。そしてある意味この事態を引き起こす事になった原因であると。
それでも仕方がなかった部分はあるけどさ。
「それにしてもやけに詳しいね女神様」
『お主が予想以上に弱かったせいでな。これはいかんと考えたワシはスマートに情報収集をしていたのじゃよ』
「神のくせに情報収集してたのかよ」
『全知全能は主神の特権じゃ。ワシらはただ人間基準で神扱いされる程の存在なだけじゃからな。何でもは知るまい』
そこまで話して、僕はようやく抱いていた疑問について尋ねる。
「クレアはお母さんがあの首紐で自殺する事で邪神が誕生するって言っていたけど、お母さんはまだ生きている。それなのにどうして邪神が誕生しているんだ?」
『邪神が誕生する儀式には三つの条件があるのじゃ』
一つ、欲を持つ人間が欲が溜まる程の祈りを邪神の欠片に捧げる事。
二つ、邪神由来の道具を使い、人間を贄として捧げる事。
三つ、邪神の力を受け止める器を用意する事。
『一つ目の条件は人ひとりの持つ欲だけでは溜められず、だからこそ複数の人間を必要としているのじゃ。これが邪神教と呼ばれる宗教が生まれる理由じゃな』
「なるほど……」
曰く、これは長年の宗教活動で既に達成済みとの事。
『一つ目が邪神の力を構築する物なら、二つ目の条件は邪神の命を構築する物じゃ。これは邪神の力が秘められた道具が必要で、この道具によって殺された、もしく死んだ生物の魂は邪神の命を構築する材料になるのじゃ』
そして贄となる人間は、出来れば願う邪神の力に沿った物が好ましいという。
今回の場合『木星の邪神』は森林を司る邪神で、贄となる対象は木属性の力に秀でた存在が対象であると女神ネシアは言う。
「お母さんの適性属性は……」
「木属性、です」
『更にお主の夫が恨みを作ったせいで狙われた訳じゃな』
「おい」
コイツには配慮という考えがないのか。
いやないんだろうなぁ(諦観)。
『最後の条件は邪神の肉体を構築する条件じゃ』
「邪神の器か……」
『これが彼の邪神教が自らの邪神を誕生させるのに遅れた理由じゃ』
曰く、邪神教の教主こそが今回の邪神を生み出すための器だという。
『その教主はエルフ族の女王でのう……自国の女王を邪神の器にする事を憚れたエルフ族は、代わりの器を見つけるまでずっと待っておったのじゃ』
それなのに教団は公爵の粛清によって数は減り。
生贄は数が足りず、器は適任者とその周囲が拒絶。
『その上このような事態じゃ。後がなくなったクレアは適当な木属性の人間を生贄にして、器である女王に儀式を強要させたんじゃないのかの』
「「えぇ……?」」
さて、と話を終えた黒い鳥が僕の方へと目を向ける。
『邪神が誕生した。結界が破壊された事で事態を把握した父親の国が増援を寄越すまで後三時間。その間あの生まれたばかりの邪神は世界を森林で埋め尽くすために暴走し、主らを殺すだろう。それで? この話を聞いたお主はどうする?』
僕はため息を吐いて、そのまま手で顔を覆った。
「……参っちゃうねこれは」
◇
世界中のありとあらゆる森林が悲鳴を上げる。
新たに誕生した邪神によって、声ならぬ声を秘めていた森林がようやく叫んだのだ。
自分達を殺す生命の全てに天罰を。
自分達を殺す生命の全てに復讐を。
世界各地で木の根が動き、増殖し、侵食していく。
森を増やせ。同胞を増やせ。緑を増やせと動き出す。
国すらも飲み込み、七十二ヵ国あった国が次々と減っていく。
大地の全てが緑に染まる。
星の全てが木になっていく。
その新たに誕生した邪神の名は。
――木星の邪神クアラチュラ。
星を木で埋め尽くす邪神の化身である。
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