第4話 事態が動くのが早すぎるという不運

 どうも、クソ雑魚念力使いのジョンです。

 使える魔法が無属性の念力、そして有効射程が半径二メートルというとんでもない弱点が判明した僕はあの後不貞腐れるように眠りました。


 半径二メートルという射程は広いようで狭い。

 特に五歳児の体と身体能力を持つ僕にとっては致命的な範囲だ。

 何をするにしても僕は、念力の有効範囲内に敵がいないと無理だ。五歳児の身で敵の懐に入ると考えればもう無理ゲーだ。


「女神は今どうしてるんだよ……」


 とにかく今は女神と相談したい。何せここは剣と魔法の世界だ。遠距離で僕を殺す手段は山のようにあるだろう。懐に入る前にジ・エンドだ。


 そうやって悶々としている僕に、母から声が掛かってきた。


「ジョン? お母さん今から外に出るから家にいなさいね」

「え? あ、はーい」


 はいじゃない。

 もしかしてこれは協力者を知る良い機会なのでは?


 そう思った僕は母に隠れるよう窓から飛び出て、こっそり近付いていく。すると、母は外に通じる入り口付近に立ち止まった。

 恐らく協力者がやって来るまで待機しているつもりなのだろう。僕は僕で物陰に入ってそおっと母の様子を見る。


 そうやって五分ぐらい経ったのだろうか。

 僕達の家に数人の大人がやって来たのだ。


「今週もありがとうございます……クレア様」

「いいえ、これも全てはあなた方の生活のためですよ」


 クレアと呼ばれた女性を筆頭に、その集団は大小様々な荷物を持ちながら家の前で母と談笑していた。一向に家の敷居を跨がない時点で彼らもこの家の見えない壁を越える事が出来ないのだろうか。


 暫く談笑している光景を見ていると、母は急に不安そうな表情を浮かべてクレアに質問をし始めた。


「それであの……クラウス様は今……?」


 クラウス様……?

 誰の事だろう?


「……クラウス様は」


 あれ? クレアという人も急に曇り顔を浮かべたぞ?


「クラウス様はやはりアセリア様の事を何とも思っていない様子でした……」

「そんな……! ……いえ、クラウス様はそのような方ではありません! きっと何かの間違いです!」

「ですがもう何度も申し上げたようにこれが事実なのです。私も何度かアセリア様に会うよう進言致しましたが、クラウス様は嫌な顔をなさるばかり……やはり身分違いは如何ともし難く」


 ……は? え、いやいやいや。

 何を言っているんだこの女は。

 クラウスって人は流れ的に僕の父親の可能性がある。そしてその父親は僕の記憶の中だと、ちゃんと僕と母を労っていたんだ。あの声は、僕を抱いた温もりは、決してクレアが言うような男の物じゃない。


「クラウス様は常々こう言っておりました……「アセリアがいなくなって清々した」と」

「クラウス様がそのような事を仰る訳がありません! 私とミネルヴァ様は幼少の頃からクラウス様と共に暮らしてきました! なのに、どうして……?」

「幼少の頃からの知己と言えど、お互いの身分は貴族と庶民なのです……内心貴女様の事を疎んじていたのでしょう」


 おいおいおい……!

 そう言う事をわざわざ口にしなくても良いだろ!

 ……っ、いやここで飛び出しても事態が混乱するだけだ。

 ここは我慢して情報収集に徹するしか……!


「だったら……だったらどうしてあの方は私の事を第二夫人に……」

「貴女様は騙されているのです。所詮は貴族の男、庶民である私達の事を心の底から愛していないのですよ」

「そんな……そんな……!」

「あぁお気を確かに! はい、これをお嗅ぎください。気分が晴れますよ」

「あ……あぁ……」


 そう言って、その女は何かのお香を母に嗅がせる。

 すると母は先程の動揺はどうしたのか、徐々に落ち着いていき……落ち着いて……?

 何だ? 何かがおかしいぞ?


「貴女様は騙されているのです。ですがそんな貴女様を私達は見捨てませんよ」

「私の……味方……」

「えぇそうです。憎きクラウスをどうにかしたいと思いませんか?」

「クラウス様を……」

「貴女様の行動一つであの人を絶望に叩き落とせるんですよ」

「私は……何を……すれば……?」


 おい、まさかこれって。

 こいつらはまさか母を洗脳しているのか?

 その事実に気付いた瞬間、僕の頭が真っ赤に染まっていく。


「何、簡単な事ですよ」


 まさか、全てなのか?

 全て、こいつらの仕業なのか?


「私が渡した紐を覚えていますでしょうか?」


 母を精神的に追い詰めたのも。

 母が自殺を図ろうとしたのも、全て。


「貴女様はあの紐で首を吊れば良いのです」


 そう笑みを浮かべたその女の顔を見た僕は。


「っ!!」


 怒りに身を任せて彼女らの前に飛び出した。


『っ!?』

「てめぇらこの野郎!! 僕のお母さんに何をしてんだよ!!」


 ドン、と見えない壁に阻まれ僕は奴らに近付けない。

 それでも僕はこの見えない壁に拳を叩き付けて怒りを露わにする。


「……誰かと思えば、もしかして君がアセリアの子供?」

「それがどうしたってんだ! 僕はお前らを許さないぞ! よくも、よくもお母さんを洗脳しやがったな! 僕が一体どれだけお母さんが首を吊ろうとした光景を見てきたか分かるのか!」


 僕のこの言葉をきっかけに、先程母に向けていた丁寧そうな笑みや物腰は消え、クレアという女性は残虐そうな笑みを浮かべる。

 ちくしょう、それが本性って訳かよ。


「あら? それは気の毒ね坊や。本当は五年前に首を吊らせて貰う予定だったのだけど、どうも成功しなくてね? お陰で首を吊らせるまで五年もこんな茶番を続けてきちゃった」

「お前達は一体何がしたいんだ!」


 くそ目の前の見えない壁が忌々しい。

 だけど冷静になればこの壁がなかった場合、僕は成す術も無くこいつらに殺されているのだろう。それにこの壁があるお陰でこいつらも家の中に入れないのだ。


「それは勿論、私達の邪神を誕生させるためよ」

「……! まさか、そのためにお母さんを利用して!?」

「えぇ、そのために私達は邪神の首紐を彼女に渡したの。彼女が邪神の首紐を纏ったまま死ねば邪神誕生に必要な贄が足りるからね」


 こいつら、僕が何も出来ないと理解してここまで情報をべちゃくちゃと……!

 ありがたいけどムカつくなぁ!


「それで、坊やはそこで突っ立てて良いの? ほらあなたのお母さん、首を吊りに家の中に入っていくわよ?」


 その言葉を聞いた僕はハッとなって母の方へと振り返る。

 すると、そこには家の中に入っていく母の姿があった。


「あらぁ? 止めに行かなくて良いのぉ?」


 そう言って笑みを浮かべるクレア。

 だけどお前は知らないだろうなぁ。


「お母さんが家の中に戻っても首は吊らないよ」

「……それは、どうして?」


 僕はそんな彼女に向けて嘲るように笑みを浮かべる。


「お前らがお母さんに渡した紐はもう僕が引き千切って捨てましたぁ! 残念でしたねぇ! もう二度とお前らの計画が成功する事がないって知って超スッキリしましたああああ!!」

「……は?」

「ひぇ」


 そう言った瞬間、彼女はおろか周囲の仲間達までも表情から感情が消えた。

 はっきり言って、急な変わりようにちょっとだけちびりました。


「……何をバカな事を。あの首紐は邪神様の力が備わっている神具よ? それをたかが子供の腕力で引き千切れる筈が……」


 ちょっとボソボソと何を言っているのか分からないが、今までの鬱憤を八つ当たりしよう。

 女神の横暴に強制転生された事とか、無属性以外使えないとか、念力の射程が短いとか全部クソ女神が起因してそうだけど関係ないよね。ね!


「大体お前らの計画ガバガバなんだよなぁ! 洗脳するにしても辻褄が合わないクソ設定で話すせいで洗脳が毎回浅くてさぁ! 赤子でも自殺阻止するの簡単でしたぁ! やーい赤ちゃんに計画阻止され続けてるぞこいつらダッセー!! 五年間僕達に物資を届けてくれてありがとうございまちゅ〜! 君達の頑張りはここで泡になりまちたー! ねぇ今どんな気持ち? ねぇ今どんな気持ち!? あっ引き千切った邪神の首紐の残骸とか見る!? 君達の大事な物だしねぇ……でも残念!! バラバラにして土に返しましたぁ! そんでその後おしっこもかけましたぁ!! 君達の大事なものが土まみれしょんべんまみれになってまーす!!」


「ねぇ坊や」


「はい」


 いや、はいじゃないけどさ。

 お姉さんの顔がかなり怖くてさ……ねぇ? 人間って、子供の頃にトラウマになったお化け屋敷よりも怖い顔を浮かべられるんだねぇって。


「どうして私達が五年も周りくどい事をやって来たか分かる?」

「いえ分かりません」

「この家の周りに結界があるからよ」


 外にも出れず、中にも入れない。

 攻撃しても同じ力で跳ね返され、魔法は壁に当たった瞬間消滅する高度な木属性の結界がこの見えない壁の正体。


「まさか国を守るほどの結界をこの家にも張るとはとんだ誤算だったわ。でも、木属性の魔法なら私達『木星の邪神教』にも一家言があるの」


 本来なら認められた者以外入れない結界を解析し、週に一度力の弱い時期限定で結界に干渉出来る対抗魔法を彼らは編み出したのだ。

 それでも干渉出来るのは生物以外の透過のみで、結界の中には入れなかった。


「だから私達は本来の協力者を消して成り代わり、こうして計画を進めてきたの」


 なのにその計画をただの子供が邪魔をした。


「私、あなたの言葉を信じるわ」

「何をでしょうか」

「本来なら首紐を引き千切るなんて事はありえないのだけど、あなたはまだ自分の母親が首を吊ろうというのに冷静でいるもの。これは本当にやってくれたのだと思うしかないじゃない」


 彼女の体から溢れ出る強烈な圧に名前を付けるのなら、それは殺気というものだろう。

 そう僕は今、その殺気という物を受けている。


「……っ」

「結界を壊せばすぐさまあの公爵に知られるでしょうけど……もう仕方がないわよね?」

「一つだけ、聞かせてくれ」

「あら、何かしら?」

「どうして、僕のお母さんなんだ」


 どうして母が邪神の贄なんて物に選ばれたのか。

 僕の言葉を聞いたクレアは一瞬ポカンと口を開いて、そして笑い出す。

 狂気にも似た笑みを浮かべて、僕を見てきた。


「ははははははははは!! ……はは、はぁ……それはねぇ、あなたのお父さんを絶望させたいからよ」

「……え?」

「私達の同志は君のお父さんにやられた。その恨みからよ」

「……は」


 呆れて物も言えねぇ。

 こいつらまさかそのためだけにこの五年間ずっと僕のお母さんを狙ってきたのか。

 僕の父親に仕返しするために、ずっとこんな茶番を続けてきたのか。


「……それマジで言ってる?」

「マジの大マジよ」

「……………………参っちゃうねこれは」


 女神様ぁ。

 僕、これからこんな奴らと戦うんですかぁ。

 ちょっと勘弁してくださいよぉ。


「私達の手に掛かるより自殺をしてくれた方がショックが大きいと思ったんだけどねぇ……耐えに耐えた結果がこれかぁ」


 腐れ狂信者が僕から離れていく。

 いや、違う。結界から離れていってるんだ。


「最初からこうすれば良かったわ」


 その瞬間、僕は轟音と共に強烈な衝撃にやられて吹き飛んだ。


「がは……っ!?」


 地面をバウンドするように転がり、家の扉に衝突して扉を打ち破るように家の中に入った。肺の空気が全て口から飛び出し、意識が明滅する。


「あ、あぁ……」


 それでも僕は気絶しなかった。

 当たりどころが良かったのか、それとも運が良かったのか。


「くそったれ……五歳児の成長に影響が出たらどうしてくれるんだ……」

「……ジョン?」


 どうやら自殺するための首紐がなくて、家の中央でずっと立っていた母が我に返るように僕の方へと向く。


「お、母さん……」

「ジョン……ジョン!? どうしたのジョン!?」


 母が血相を変えて倒れている僕を抱き抱える。

 先程の衝撃で体を動かす力が出ない。

 その上、外にいた邪神教の奴らはゆっくりと僕達の方へと近付いてくる。


「に、げて」

「なんで……どうして……」

「あら、本当に洗脳が解けているわね」

「クレア、様……?」

「洗脳さえ出来れば良かったと思ったんだけど、本当に設定自体がガバガバだったのね……次は良く練らないと。まぁ次なんてあるか分からないけど」


 クレアの横にいた男数人が母の元へ近寄ってくる。

 それを僕は黙って見ているしか出来ない。

 それが悔しくて、悲しくて。


「く、るな」

「坊やが悪いのよ」


 確かに僕が天井の紐を捨てなければ。

 僕が激情に駆られてこいつらの前に出なければ。

 僕がベラベラと挑発しなければ。


 ……あれ、確かに僕が悪いね。

 僕が事態を悪化させて早めたもんじゃん。


 いや、それでも。


「おまえらより……まし、だ」

「……子供なのに凄い減らず口ね」


 あぁでも最後は精一杯抵抗させて貰う。

 くだらない軽口をやっている間に僕はようやく息が楽になる。

 それと同時に思考もクリアになってきた。


 男達の手が僕達に迫る。

 それと同時に僕はイメージをする。

 男どもをぶん殴るイメージを、こいつらをこの家から吹き飛ばす結末を。




「……イピカイエー、くそったれ」




 その瞬間、男達は顔を陥没させて家から吹き飛んでいった。

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