第3話 使える魔法が念力しかないという不運

 今、黒い鳥の姿をした女神はいない。

 彼女曰く、どうやら現世に現界していられる時間は限られているとの事だ。それも化身を使った姿でなければいけないという制約もある。


 本来であればお告げという手段で干渉してくるのが本来の関係だ。

 だけど僕の記憶が蘇ったばかりという状況や、この世界について何も知らないという状況を鑑みて、特別に化身の姿を取ったとの事。


 彼女の眷属にされた経緯こそ強引だったものの、初期活動のサポートが妙に甲斐甲斐しいのはなんでだ。なんでそのサービス精神を眷属契約に使えなかったんだろう。


「……まぁ今はいいや。問題は今の僕の状況だ」


 見てくれこの五歳児の貧乏揺すりを。


 ――ガタガタガタガタガッタンガッタン。


 緊張と不安と絶望が五歳児の心を苛んでいる貴重な光景だぞ。


「まさかの使える魔法が無属性……しかも念力だけとか、おかしいでしょ」


 無属性にどのような魔法があるのかという講義と魔法の実践でこの日は終わりにする予定だった。だけど訓練開始してからたったの五分で僕の欠点が露呈してしまったのだ。


 空間収納、発動せず。

 転移、発動せず。

 念話、発動せず。

 念力、発動した。

 千里眼、発動せず。

 エトセトラ、エトセトラ……。


 女神の膨大な知識から来る無属性魔法の数々を教えて貰い、その中で念力だけが発動した。そう、僕には念力以外の無属性魔法は使えない体質だったのだ。


「念力だけで一体どうやって邪神と戦うんだよ……」


 当然のように邪神はたかが五歳児が敵うような相手じゃない。

 この世界でも英雄クラスの人達が協力して倒すような、ゲームで言えばラスボス級の相手だ。


 言い忘れていたが、ここでいう邪神は本体じゃなく化身の方の邪神を表す。

 化身でさえそうなのだから、本体相手だとそこに全人類の力と女神の力が前提になってくるという無理ゲー具合だ。


「だというのにあのクソ女神は僕に邪神ハンターになれとかウケるんだけど」


 一応邪神の化身がボコボコ生まれてくるこの世界では、どの国も邪神問題に手を入れているらしい。そこで僕が女神の眷族として協力を申し出れば各国の協力を得られるかもしれない。


「問題はこの五歳児に協力してくれるかだけど……」


 ついでに言えば念力しか使えない欠陥魔法使いもプラスで。

 あ、あと修羅の女神が遣わしてくれた眷属という設定も。


 誰が信じるんだこんな奴……。


「とにかく……今は僕にやれることをやらないと……」


 そう言ってふと、天井に吊されている首吊り用の紐が目に入った。


「……そうだ。念力なら届くかも」


 母はまだ寝室にいて、ここにはいない。

 まるで具合が悪そうにここ数日は寝込んでいるからだ。

 心配っちゃあ心配だが、僕にはどうする事も出来ない。


「だけどこんな僕でもあれを捨てるぐらいは出来る……!」


 ずっと我が家の天井を占領してきた紐を見る。

 母が自殺するために用意した憎い存在だ。


 僕はそんな紐に向かって魔法の発動をイメージする。

 無属性魔法の発動は結果をイメージする事だ。

 空間収納なら物を収納した後のイメージ。

 転移なら指定した場所に自分がいるイメージ。


 なら念力は、対象となる物体を動かすイメージだ。


「……っ!」


 イメージし、体内マナが脈動する。

 魔法が発動されたという証だ。

 その瞬間、僕がイメージした通りに天井にぶら下がっている紐が一人でに千切れ、僕の元へとやってきた。


「……やった」


 念力を初めて使ったのは、魔法の訓練で女神の指示通りに椅子を動かす時に使った時だ。だがそれは女神の教えという事もあり、自力で念力を発動したという実感が無かった。

 でもこれは違う。

 前世と今世含めて、初めて経験する超常の力だ。

 僕が自力で、僕自身の目的のために使った力だ。


「……あばよ紐野郎。ずっと我が家にいてお母さんの首を絞めようとしやがって」


 清々しい気持ちを抱きながら僕は、この紐を庭に埋めたのだった。




 ◇




 どうも念力オンリー系マジックユーザー、ジョンです。

 僕は今、寝室から出てきた母と共に食事を取っています。


「……美味しい?」

「うん、美味しい」


 母の言葉に僕は笑みを浮かべて答える。

 母は僕の言葉に嬉しそうにはにかみながら自分の分の料理を食べる。


 母の外見は燻んだブロンドの髪に、恐らくは年齢は二十代前半。

 精神的に追い詰められているのかやつれているように見える。

 だがそれを抜きにしてもかなりの美人だ。

 所作は素人目の僕から見てもかなりの丁寧で、どこか教育を受けていた可能性が高い。


「おかわりは?」

「いるー」


 お皿の受け取り方や手慣れたように料理をよそる姿に昔は給仕をしていたのだろうか。素人目線ではあるがどこかそういう印象を母から受けていた。


「いっぱい食べて大きくなってね」

「うん」


 僕を見守る母の目と言葉には確かな愛情を感じられる。

 そこに嫌々僕を育てている印象はない。

 どう考えても子供を残して短絡的な思考で自殺を図るような人じゃないのだ。


(やっぱり邪神の影響なのか?)


 食事も終えて暫く観察していく。


「ふんふーん……♪」


 鼻歌交じりに家事をこなすお母さん。

 驚くべきことに今日一日お母さんは自殺をしようとしなかった。


「違いは……紐があるかないか?」


 今天井には首吊り用の紐はない。

 もしかしたらあの紐が母に自殺を促していた代物だった?


「でも……」


 自殺を図らなくなったが、時折悲しそうな顔をしているのは気掛かりだ。恐らく邪神とは関係ない方で追い詰められているのかもしれない。


「いったい、お母さんに何が?」




 ◇




 ある日僕はふと気づいた。


「鮮明に五年間までの記憶を思い出せるなら、僕の家庭環境も分かるのでは?」


 なんで気付くのに遅れたんだ僕のボケナスゥ!

 ふぅ、まぁそうと決まれば善は急げだ。


 思い出す。

 生まれたばかりだと視界がぼやけて何も見えない。

 でも声は聞こえている。


 恐らくお母さんと助産師の老婆。

 それを補助する女の人二人。

 そして大人の男二人分の声が聞こえる。


『立派な男の子です……』

『あぁ……まさか今の状況に生まれるとは……不運な我が子だ……』

『仕方がありません旦那様……これも全て邪神誕生を目論む輩の仕業……これは旦那様でも、アセリアでも、この赤子のせいではありませぬ……』

『本来であれば、孫の誕生を喜ぶところを……すまない私の事情に巻き込んで』

『いけません旦那様! お顔をお上げください!』


 その時点で僕の意識が途切れた。

 最初の記憶はこれで終わりだ。

 生まればかりの赤子をこんな森の中に移動させるのも考えにくいし、多分だけど僕はこの家に生まれたんだと思う。


「なんで肝心なところで寝てしまったんだ僕は……」


 だが彼らの声を思い出したお陰で色々と推測できるようになった。


「旦那様っていう人が僕の父親か? というと僕の父親は偉い身分の人?」


 だとするとその父に仕えているのがお母さんのお父さんか?

 なんだろう……なんか結構複雑な関係になって来たぞ。

 いや、先ずは置いておこう。

 重要なのは僕とお母さんがどうしてこの家にいるかという事だ。


「祖父(仮)は言った……全ては邪神誕生を目論む輩の仕業だと」


 だとすると僕のお母さんはそいつらに狙われているという事か? 父親(仮)の因縁に巻き込まれて、止む無く僕を身篭っている母をここに避難させた?

 だというのに母は精神的に追い詰められているし、邪神の影響で自殺を図ろうとしている始末だ。およそ対処出来ているとは言い難い。


「……そう言えば、僕はお母さんの事を何も知らないじゃないか」


 母の名前だって過去の記憶でアセリアと分かっただけでそれ以外は知らない。

 僕が立って歩けるようになった頃に、この家に書斎がある事は分かっている。情報を調べるのならそこが適切だろう。


「あとは、そう……僕とお母さんはどうやってこの家で生活していた?」


 疑問を抱けば次々と違和感が湧いてくる。

 例えば食料。

 例えば衣服。

 生活に欠かせない品物の数々。

 それらは一体どこで手に入れているのだろうか。


「……」


 思い出す。

 母は時折外に出て、僕を家の中にいるよう言い付けている事を。それを僕は今までずっと母の言いつけ通りに家にいて、母が外で何をしているのかは全く知らない。

 恐らくは、その間外に出ている母がそこで物資を手に入れてるのだろう。


「柵の外か……」


 過去の僕は一度だけ柵の外に出ようとした事がある。

 しかしその時、母は怒ったような様子で僕を叱ってくれたのだ。柵の外は危ないから決して出ないようにと。その時の母が怖くて、僕は今まで柵の外に行こうとした事はない。


「行くしかないか」


 母が寝たことを確認して、僕はそっと家を飛び出す。

 家の中の庭は意外と広く、周囲に設置されている柵までの距離は長い。やがて柵に辿り着くと、僕は息を潜んでそっと足を前に出した。


「……あれ?」


 すると足が何もないところで何かに当たり、前に進めないではないか。

 柵を境界線にして、家と外の間に何かがあるのだ。押し出そうとすると不思議な感触によって同じ力で押し返され、僕は外に出れない。


「まさか」


 他の場所を試しても全く同じだ。


「僕はこの家から出られないのか……!」


 愕然としながらも、もう一度考える。

 だとすると母はどうやって物資を手に入れているのか。可能性としては僕だけが敷地から出られず、母一人だけ出られるということだが。


「でも外は危ないんだろ? だったらお母さんだけ出れても意味はないはず」


 となると考えられるのは一つだけ。


 物資を届けてくれる協力者がいる筈。

 それなら辻褄が合うのだ。


「でもこのままじゃ邪神を倒しにいけないじゃないか……」


 ……。

 ぎゅるるる……。


「……食べ盛りだなぁ」


 頭を働き過ぎたか? なんて。


「なんか食べたいな……でもお母さんを起こすのもなんだし」


 周囲を見渡すと敷地外から十メートル先の木に木の実が見えた。


「いやでも出れないんじゃ……いや、念力なら行けるか?」


 ちょっと遠いが問題ないだろう。

 女神ネシアによれば念力の発動範囲は視界が届く範囲まで。ならばあの十メートル先にある木の実のような何かを取りに行ける筈だ。


 だというのに、だ。


「あれ? 木の実が動かない……」


 あれ? あれれ?

 あれれぇ〜?


「おいおい女神さんよぉ……何が視界が届く範囲までだよ」


 念力が発動してる感覚はある。

 でも届かない。

 つまり僕の念力には範囲制限があるという事。


「近くの葉っぱは動かせる……ちょっとずつ範囲を広げて……え!? そこでアウト!?」


 ヤバイって。

 ちょっとこの範囲の狭さはヤバイって。


「一メートル……二メートル……えぇ……?」


 半径二メートル。

 それが僕の念力の有効射程。

 スタープラチナかよお前。




「……参っちゃうねこれは」


 どうしよう。異世界に来てからこれが口癖になってるよ。

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