第2話 持って生まれた使命が邪神討伐という不運
僕は今、宿命の相手と相対していた。
「修羅場の女神……!」
「修羅の女神な?」
そんなことはどうでもいい。
今の彼女は天国で見た褐色ワイルドな美女ではない。
一言で言えば黒い鳥だろう。
まるで光の大部分を吸収するあの黒色の塗料で塗ったみたいな漆黒の体だ。尻尾の部分が長く、体全体に金色の模様が走っている不思議な鳥の姿をしていた。
「……何しに来た」
『なんじゃ、ワシの眷属に会いに来たというのに悲しいのう』
「勝手に指名して何が眷属だ! 了承した覚えもないし、無効だよそれは!」
『ワシが決めた。ワシが了承した。ワシの眷属じゃ』
「僕の権利は一体どこに!?」
もう我が儘過ぎて参っちゃうねこれは。
「はぁ……もういい。それで? 本当のところ一体何しに来たの? 今記憶が戻って滅茶苦茶困惑してる状況なんだけど?」
『うむ、そうじゃな……』
そう言って黒い鳥の姿をした女神は悩む素振りを見せる。
まるで最初は何から言おうと考えている様子だ。そして暫くすると黒い鳥は真っ直ぐ僕の目を見つめた。
『先ず最初に、お主が転生して五歳の子供になっているのは把握しとるよな?』
「当たり前だろ……こちとらこの年になるまでの記憶を覚えているんだぞ?」
『まぁ五歳までの記憶を無くし、母との関係が上手くいかないよりかはいい状況じゃな』
女神のその言葉に僕はハッと嘲る。
「お母さんとの関係が上手くいく、いかない以前の問題だと思うんだけど?」
この状況に陥れば誰もがそう思う。
家庭環境不明。
母の精神状態不明。
極めつけに。
「五年だ……! 僕はこの五年間、お母さんが首を吊ろうとする光景を見て来たんだぞ!?」
最後はもう自分の感情がぐちゃぐちゃになってしまう程声が荒れてしまう。
前世があるからと言って今世の母親を他人だとは思えなかった。
何せ五歳になるまで母に育てられた記憶があるのだ。
時々正気を失うとはいえ、母から向けられる愛情は確かだし、何も知らない時の僕はそんな母親の事が好きだったのだ。
「何でこんなところに転生させたんだ……何で僕はこんな思いをしなくちゃいけないんだ……どうせならもっと幸せな家族に生まれたかった……!」
『そうは思っても、今更あの母親を見捨てられないのじゃろう?』
「当たり前だろうが!! 僕のたった一人の家族だぞ!!」
もしこれから再び転生できる権利が与えられたとして僕はそれを選ばないだろう。あの人が幸せになれるまで、僕はこの人生を生きなくちゃいけないと思ってしまったからだ。
だから僕は足掻くしかない。
この人生を幸福に満ち溢れるまで、ずっと。
『それがお主をここに転生させた理由じゃ』
「……は?」
唐突に発せられた衝撃の告白に僕の頭の中は真っ白になる。
『自分と関わってしまった他人を放っとけない善人の心。そのような心を持つお主だからこそ、ワシはお主を眷属としてこの世界に招いたのじゃ』
「……っ」
コイツはいったいどんな心境でそのようなことを言うんだ?
何も知らないままだったら褒められて舞い上がったかもしれないが、ただ僕のことを操りやすい駒だと自白するコイツに誰が良い印象を持つかよ。
まぁそれでも。
僕はコイツには逆らえないのも事実だが。
『さて、それではどうしてお主をこの世界に招いたのか。それには先ずこの世界には邪神と呼ばれる存在がいる事を話そうかの』
「……邪神」
それは今僕の目の前にいる存在でしょうか。
『遥か昔、一柱の邪神がおった。とんだ悪さをしたもんじゃからワシとこの世界の住人が協力してそいつの体をバラバラにしたのじゃ』
「うーんバイオレンス」
『殺しても死なず、すぐ再生するからバラバラにしたのが理由じゃ。じゃがバラバラにされた邪神はそれでも生きておっての。それぞれの部位にはまだ邪神の力が残っていた』
なんか嫌な予感がして来たな。
『今度はこの世界の住人が己の欲のためにその邪神の欠片を使い始めたのじゃ。人の欲を吸い、邪神の欠片から邪神の化身が生まれる……そんな現象がいつからか起き始めたんじゃ』
「それマジで言ってる? それじゃあこの世界に邪神が何体も生まれて来てるって事じゃん」
『まさにそういう問題が今この世界に起きておるのじゃよ』
僕は空を仰いだ。
ちくしょう、天井の首吊り用の紐が目に入っちまった。
「……思い出したぞ。確か天国にいた時言ったよね? 邪神の脅威渦巻く世界を救うとか」
『おー! 流石ワシの眷属じゃな! 話の分かるやつで嬉しいぞい!』
ぞい! じゃねえんだよなぁ。
「おい、嫌だぞ? 何で僕がそんなヤバイ事をしなくちゃいけないんだ。邪神ハンターは嫌だからな? 邪神ハンターは嫌だ邪神ハンターは嫌だ邪神ハンターは嫌だ……」
『邪神ハンターになるのじゃ!』
そんな某映画の組み分け帽子じゃないんだからさぁ!
『それにもし……母親の異変に邪神が関わっていると言ったら、どうする?』
「……え?」
『追い詰められる要素は元からあったかも知れんが、ここまで自殺に走ろうとした原因が邪神の放つ瘴気だと言ったらどう思う?』
「……」
その言葉に僕は唖然して、そして理解した。
「だから、僕を今のお母さんの元に生まれさせたのか」
そんな事を言われたら僕は逃げられない。
そのことを理解して、コイツは……。
「……邪神を、倒すしかなくなるじゃないか」
『じゃろう?』
鳥の姿だが、邪悪な笑みを浮かべている事だけは確かだ。
「……それで僕はどうすればいい? 邪神を倒せる五歳児とか嵐を呼ぶ五歳児しかいないと思うけど」
『なーにお主には魔法がある』
その言葉を聞いて僕は一瞬混乱した。
唐突にファンタジーな発言が出て来たなと思ったからだ。そしてその直後に、そういえばこの世界は剣と魔法の異世界だと気付いた。
「まさか魔法が使えるのか?」
『そうじゃ。この世界には魔獣を筆頭にありとあらゆる脅威が潜んでおる。それらの脅威に対抗するために魔法という力が生まれたのじゃ』
そしてそれは僕という転生者であっても例外ではない。
女神ネシアは僕に魔法という対抗手段でもって邪神を討伐させるつもりなんだ。
「いやいやいや、たかが五歳児が魔法を覚えたぐらいで邪神を討伐できるわけ……」
『果たしてそれはどうかな?』
なん……だと?
もしかしてあれか? 女神の眷属だからこそのチート能力が?
邪神スレイヤーになれるほどの能力がこの体に?
『まぁ無理なんだけども』
「無理なんかーい」
じゃあ眷属としての利点はなんだよ。僕がお前の眷属であるメリットを述べてよ。無許可で眷属にされたんだから何かしらのメリットがあるダルルォ!?
『ワシが邪神の場所を検知して!』
「うん」
『お主に知らせる!』
「うん」
『そしてお主が!』
「うん」
『邪神を討伐する!』
手段を言えっつってんだよ。
誰もお前の存在意義について聞いてないんだよ。
「もうダメだおしまいだぁ……」
気分はブラック企業に入社した感じだ。
未経験なのに仕事投げるから上手くやっといてねーって奴だ。
仕事舐めとんのか? ん?
『なーに心配する事はない。ワシは女神ぞ? 修羅ありし世界を守る女神ぞ? 戦い方なんぞワシが手取り足取り教えてやるわい』
「五歳児に戦い方を教えても……」
『先ずは魔法の適性を調べるのじゃ!』
「……適性って?」
女神が話してくれるには、魔法というのは七種類ある自然属性を操る力らしい。全部で火属性、水属性、木属性、風属性、光属性、闇属性、無属性の七属性だ。
『ただし人に得意不得意があるように、使える魔法の属性にも適性が存在しているのじゃ』
「この七種類の属性に、僕の得意な属性があるって事か」
『そうじゃな。そして適性でない属性でも修練さえ積めば他の属性も使えるようになるぞ』
「先ずは自分の適性属性を伸ばしてからって事ね」
邪神を倒せるかどうかは分からないけど、邪神を倒すと決めたなら先ずは僕にできる事を模索しなくちゃいけない。確かに女神の言ってる事は無茶苦茶だけど、それでも投げっぱなしにしないのはありがたかった。
『それじゃあ目を瞑り、体内の流れるマナを意識するのじゃ』
「……」
『火のように燃える感情、水のように流れる精神、木のように根付く慈心、風のように
眠る。
潜る。
探る。
七種類ある、己を構成する属性を見る。
そして見つけた。
その中で一際強く、そして大きく感じるそのマナを。
そのマナとは。
◇
ウッソだろ? 僕の体ってば無属性しかないんだけど。
「何が一際強く、そして大きく感じるマナじゃい!! 僕の中に感じたマナが無属性しかないんだけど!? 他の属性のマナなんてこれぽっちも感じなかったんだけど!!?」
『ウッソじゃろ? 生きとし生ける生命ならどれほど小さくとも他のマナがある筈じゃぞ?』
女神の言う事が本当なら、修練を積めば他の属性も使える理由が体内マナにある他の属性の力を伸ばす事だろう。でも僕は他の属性のマナを感じなかった。つまり僕にはその属性を伸ばすマナ自体がないという事。
「もしかして……無属性以外の属性が使えない……?」
『まぁ……そうじゃな』
邪神討伐のための手段が大幅に減って参っちゃうねこれは。
『ま、まぁ前向きに考えようかの! 無属性とは言わば超能力みたいなものじゃ! 物を収納する空間収納、瞬間移動する転移、他者と脳内での会話が可能な念話など、極めればこれほど便利な属性はないぞ!』
「そ、そうだね……他の属性が出来ない分、一つを極めればいいよね!」
そうして始まる魔法の訓練。
それで分かった事はただ一つ。
「僕ってば念力しか使えなくない?」
訓練開始してから約五分後の出来事である。
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