A010『スーパー無駄遣い』(45分で1228字)

A010『スーパー無駄遣い』(45分で1228字)

【悲恋】風・オアシス・最初の子ども時代


 地球で生まれて宇宙ステーションに移住した者を0世代と呼ぶ。0世代の中でも偏屈なテノルの部屋に、今日も一世代の一人目、ソプラノが訪れた。


「こんにちは。今日も歩いてきましたわ」

「律儀だね。君にとって歩くとは、どんなものなんだい」


 テノルの偏屈な仮面が彼女の前でだけは薄くなる。今では音が聞こえただけで歓迎の準備でココアを浮かせるうようになった。近隣の部屋に住む連中からも、表情が変わったと囁かれている。


「珍しい運動、ですわね。疲れはしますけども、この頃はその疲れさえも愛しくなっています」

「そうかい」


 テノルは大きなため息をついた。地球に残った一人を思い出して、写真立ての方へ顔を向けた。棚の上に伏せて固定されて、手動で起こすまでは何も見えない。


「これですね」


 ソプラノが親切心から足首で跳ねて、写真立ての足を持ち手だと思って掴んだ。接合が柔らかく、固定するテープの引っかかりにも負けて、歪んで折れた。テノルの位置からは音と少しの悲鳴で状況を察するにとどまった。


「おじさま、ごめんなさい」

「仕方ないさ。宇宙生まれでは写真立てを知らないだろう。それにその壊れ方は、地球育ちでもままある。懐かしいよ」


 改めて枠を掴んで写真を見た。若いテノルと、同年代の女性が並んで笑っている。自然区よりも木が多いどこかで、後ろ髪が靡いてテノルの頬を撫でる。上に建物がない空が広がるので、地球を知らないソプラノでも地球の写真とわかった。


「この方は」

「僕の恋人だよ。昔のね。彼女は地球に残り、僕はここに運ばれた。今では別の人と結ばれているらしいよ」

「連絡ができるんですのね」

「明日まではね」


 地球との連絡をつける手段が一箇所に集中している。オアシス・アルタネート・スピーク・インターフェース・システム、通称オアシスを使って連絡ができていた。昨今は0世代の減少に伴う需要の低下と距離の変化が重なり、事業仕分けの対象になった。稼働コストが高く、数人のために全体で負担するのは割に合わないと主張する勢力に対し、誰も的確な反論ができなかった。0世代を除いて、地球の誰かに用事がある者はいない。


「結局、こうじゃないか。なんら不自由させない方法があると言っておきながら、その方法を取り上げる。事情が変わっただの嘯いてな」

「おじさま。その方と私も話したいですわ」

「やめろ。勘違いされるぞ」

「なぜです?」

「僕には妻がいることにしたんだ。きっと彼女も安心して他の誰かと結ばれられるように。その甲斐あってすぐに結婚の連絡をくれた。だけど、子供がいることにはしてない。向こうにも子供が生まれたらすぐばれちゃうからね。そんな所に急に君が現れたら、謎の人物になるんだ」


 ソプラノは悪戯な笑みを浮かべた。テノルの困惑を見ながら、根拠のない話をする。


「その方も、結婚してない気がしますわね。こんなに誠実なおじさまと気が合う方なんでしょう」


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