A008『ファントム・オブ・演劇』(31分で1180字)

A008『ファントム・オブ・演劇』(31分で1180字)

【童話】陰・幻・残り五秒の恩返し


 少年イボは下校のたびに寄り道をする。


 近道としてマンションの間を進む。斜めの道は西からの光を遮り、ビル風も併せて、秋のうちから肌寒い。静かで薄暗い道を通ってでも会いたい相手がいる。


「こんにちは。元気でた?」


 イボは駐輪場の物陰に声をかけた。ここに住む幻影が、姿を一時的に濃くして呼びかけに応える。縮こまって座る彼女の姿は、初めて会った日と比べて、小さく薄く曖昧になった。昨日と比べても、もっと。


「出ないよ。私はもう出ないんだ。約束通り今日は説明しよう」


 幻影は立ち上がった。顔が見えないのは昨日からで、今日は髪か服かの区別がなくなった。元より長髪の姿だったので後ろを向いていればいつも通りにも見える。壁を黒板のようにして、幻影の文字と図で特別授業を始めた。


 幻影には寿命があり、回復する方法はない。生まれた時から寿命が決まっていて、姿を消したままなら永久に残り続ける。多くは何も興味をもたずに漂っているが、たまに人前に姿を見せる理由ができると、寿命を消費して干渉できる。


 この幻影、ソプラノは残り少ない寿命を小出しにして、イボの前に現れてくれている。


「わかったかい。私のことは忘れて、他の友達を作るんだ」

「ソプラノのことは忘れない。ずっといたいよ」

「姿を見せなくてもいいなら」

「それだと、寂しい」


 イボにとっては貴重な友達だ。初めて会った時から、仲良くなれる気がした。誰にも興味を持たれず、一人で薄暗い隅っこにいる。似た者同士、仲良くなりたかった。


「それなら、最期に思い出を作ろう。最高の思い出を共有できるみんなを作ろう」

「ソプラノは簡単そうに言うよね」

「できるからね。そのために約束だ。あと一週間、私に会わないこと。蓄えておくためにね」

「来週に?」

「学芸会をするんでしょう。魔法使いの役だったね」

「台詞が少ない下っ端のね」

「演じきるんだ。私が輝かせる」


 ソプラノはここまで言い終えて姿を消した。イボが呼びかけても答えは戻らない。本当に当日まで姿を消すつもりだ。


 何が起こるのか期待と不安が入り混じって時は流れ、イボの出番が来た。大魔道士の仰々しい喋りの後ろで、ぞろぞろと並ぶ一人がイボだ。


 円陣に並んで、杖を掲げて順に呪文を唱えていく。


「我ら救世を望む魔術師なり!」

「この地に眠る御霊たちよ!」

「その姿を現したまえ!」

「あの暗澹を祓いたまえ!」


 最後まで唱えたら天使が降りるシーンとして照明が変化するはずだった。


 イボの杖から本物の光が飛び出し、円陣の中心で輝きながら渦を巻き、周囲へ霧散する。眩しい中に、何人かがしなやかな肢体と長髪の姿を見つけた。もちろん、イボも。


「皆の衆、刮目せよ! 天使様が降臨なされた!」


 大魔道士が台本とは違う言葉で演劇を繋いだ。


A008『ファントム・オブ・演劇』(31分で1180字)

【童話】陰・幻・残り五秒の恩返し

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