A007『アラクネの気性は荒くねえ』(30分で1431字)

A007『アラクネの気性は荒くねえ』(30分で1431字)

【王道ファンタジー】鳥・蜘蛛・悪の恩返し


 アラクネにも好む地形がある。


 ソプラノは廃墟を好む。この地域は人間の冒険者が多く、廃墟で待ち構えていれば月ごとに三人は期待できる。


 旧文明の遺物だとか言われていた頃は大群で殺到するので、アラクネ界隈では誰も寄り付かない危険な地だった。ここ数年は目ぼしい調査が終わった様子で、物好きな人間だけが何かを求めてここに来る。


 それを踏まえるとソプラノも、物好きな側と言える。現にこの地でアラクネの巣を見たことはない。徘徊型と会ったこともない。今日までは。


「ごめんください。どなたかいますか?」


 隠れ場所にするつもりで建物に入ったら、アラクネの巣が待っていた。


 広い作りだが壁は薄く、床板のつなぎ目とは別に色とりどりの線が引かれている。何かに使う施設だったらしい。何度も下見して、特別な仕掛けがないとわかったから入ってみた。


 先客がいた。


「どなたかのお声。助けてくださいまし」


 人間とは違う声だ。目を凝らしてよくよく観察する。巣の糸の反対側に、小さなツバメがからめとられていた。


「君がここの家主かな?」

「まさか。巣作りにいい場所を探していたら、引っかかってしまいました。仲間からはもちろん見捨てられて、もう三日はここにいます」

「巣の主は?」

「あなたじゃあないんですかい?」

「留守だったら、助けてもいいかしら。その代わりここに人間を連れてきてほしいのだけど」

「お安い御用です。僕が巣を作ったらすぐに奪いに来ますよ」


 取引は成立した。ソプラノがツバメの周囲を切り取ると、すぐにどこかへ飛び去った。これからどこかで食餌をしながら巣を作る。それまでソプラノは別の餌を探しながら、ツバメの巣を見つけさせる。恩を売ったのでしばらく利益を期待できる。オヤツ以上の価値がある。


 待ち構えて二日目、ツバメは巣作りを中断してソプラノの元へ飛来した。別のアラクネも同じ場所にいる。ツバメを捕らえていたあの個体だ。


 巣を作るアラクネの中でも珍しい、一匹であちこちに構えるタイプだった。この巣に戻ったらソプラノに乗っ取られていて、しかも食餌を奪われている。激怒したアラクネがソプラノに掴みかかっている。


 このままではツバメは、助けられるだけで何もしない恩知らずになってしまう。それだけは避けなければならない。高度な意思疎通が可能な生物は、信用を失ったらその情報がたちまち共有されて、子孫の繁栄チャンスが失われる。今日を末代とするつもりはない。


「ソプラノさんを離せ!」


 果敢な突撃でアラクネの後頭部にアルミの棒を叩きつけた。軽すぎるので致命傷には程遠いが、気を逸らす程度の傷は与えた。この隙をソプラノが活かしてくれるよう願う。


 結果は成功だ。


 ソプラノの次の一撃でアラクネは息の根が止まった。消耗した分を食って補充する。巣を作るタイプは小柄で、相応に可食部が少ない。ソプラノの傷を癒すにはまだ足りない。


「無事でよかった! 約束は果たしますよ」

「あの時のツバメさん。おかげで助かった」


 ソプラノはオヤツにありつけた。鳥は体重こそ軽いものの、飛行能力のために余計なすべてを削ぎ落とした結果だ。エネルギーが詰まっている。


 ソプラノは生きるために残機を消費した。巣を作らないアラクネは各地で残機を作る。今回は早かったので、またどこかで作っておきたい。


 他の建物も巡っていく。餌か、困っている誰かを求めて。


A007『アラクネの気性は荒くねえ』(30分で1431字)

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