第42話「最終決戦」


 たった2ポイント差で迎えた最終戦——もてぎ。

 俺たちのピットはいつもより賑わっている。

 ミヤビ含めたチームメンバーは元より、モエにマツモトさん、ここまでの走りを見て元気を取り戻したGoodRideの部員たち。

 そして何より。


 「テツまで居るんだよなぁ……」

 「おおい! なんでがっかりしながら言うんだよ! 応援しに来たんだぞ!」

 「だって騒がしいんだもん。なぁ?」

 「ですね……兄がすみません。どうしてもって聞かなくて」

 「おおい妹! そこは違うよって擁護する場面だぞ!」


 妹のレンにまで騒がしさを肯定され、必死に抗議するテツ。

 うわぁ……テツが居るだけで本当にピットが教室化するな。


 「カワラギ先輩は良く兄と友達になりましたね。最初の印象はどんな感じだったんですか?」

 「面倒臭い奴だと思ったよ。今はもう一周回って……やっぱ面倒臭いな」

 「本当に一周回ってんじゃねぇ! 360度手前で止めてくれよ! シンには初友達への思い入れとかないのかよぉ!」

 「そこになければないですねー」

 「コンビニじゃないんだぞ!」


 ほら騒がしい。レンやミヤビは慣れてるから良いけど他の奴らは呆れてるぞ……特にシヅが。モエとマツモトさんは笑ってる。めちゃ笑ってる。

 でも……この騒がしさは。

 俺とシヅが同時に微笑んだ。

 考えてることは一緒らしい。


 「なんかゴウが居た時みたいね」

 「毛色はちょっと違うけどな」

 「それに勘違いしてるね。シンの初友達はアタシだから!」


 ミヤビは声を大きくして宣言する。

 確かにそうだけど何処で張り合ってんだよお前は。

 もうフリー走行が始まっていると言うのにピット内はこんな調子で他愛のない雑談が行われている。

 リュウはそれなりのタイムを出しながらコースの感覚を掴んでいるようだ。

 

 「瓦木君はどう見てる?」

 「Q2進出は余裕のタイムっすね」 

 「腕の怪我も問題はなさそうね。まだ痛いとは言ってたけど」

 「でも、先輩はしっくり来てないように見えます」


 タイムも悪くないリュウの走りをレンだけが訝しんだ。

 相変わらずレンは優秀だな。バイクのレースを高校に来て初めてやってるのにリュウの異変に気付くなんて。

 リュウが違和感を覚えるのは当然だ。

 セッティングを俺とシヅとマツモトさんで大幅に変えたからな。

 

 「それと動画見返してて思ったんですが、先輩が勝ってる時って乗り方が違いません?」

 「それ、絶対リュウには言うなよ」

 「気付いてたんですか!?」


 そりゃ気付くだろ。だっていっつもロバーツの真似してるのに勝ってる時はフォームが全然違うからな。

 俺を誰だと思ってんだよ。

 ずっとリュウの走りを見てきた世界チャンピオンだぞ。

 と言うよりレンの驚きは何で言ってやらないのか、だろう。


 「あれは自分で気付かないといけないことだ」

 「監督がそう言うなら言いませんけど……負けても知りませんよ?」

 「その時はリュウがそれまでのライダーだっただけさ」


 レースをしているのはケニー・ロバーツでなければケーシー・ストーナーでもフレディ・スペンサーでもない。当然マルク・マルケスでもない。

 情報を。

 技術を。

 上手い誰かを見るのは上達する上で重要だ。

 だが、実際にレースをするのは自分自身。

 何より見るべきは自分の走り。それを忘れた瞬間、そいつはきっと上達のコースから外れていく。


 「瓦木君は手厳しい教育方針なんだね」

 「厳しくなんかないですよ。当たり前のことです。俺が全部を教えても大したライダーにはなりません。リュウはリュウですから1から5くらいまで教えて、後は本人が10に達するか」

 「もしくはそれ以上まで突き進むか、だよね? シンちゃん」

 「それがシンとササハラさんが居たチームの方針だった訳ね」

 

 俺たちが所属してた時点で監督がかなりお爺ちゃんだったのもあって、そのチームはない。

 そうやって話している間にフリー走行が終わり、リュウが戻ってきた。


 「ふー……レンちゃん飲み物ー」


 リュウが降りたバイクを直ぐにシヅとマツモトさんが診る。

 リュウは椅子に座ってヘルメットを脱ぎ、レンからスポドリを受け取った。それをぐっぐっと半分くらい飲む。

 ミヤビはそんなリュウに嬉しそうに近寄る。


 「良いじゃん良いじゃん! 復帰直後に2番手タイム! これはもうQ2でポール獲得するしかないね!」

 「なんか良く分かんないけどかっこ可愛かったぜー!」

 「ありがとうミヤビちゃん、テツ君」


 素直に褒められ、笑顔で返すリュウの視線は俺に向けられる。


 「なんか走ってて変な感じあるんだけどセッティング変えた?」

 「気の所為だろ。ずっと走ってなかったんだし」

 「そっか……そっかな? シン君が言うならそうかも」


 そう言うところだなぁ。


 「「……」」

 「なんでシン君もモエちゃんもそんな微妙な顔してるの!?」

 

 まあ監督だし、世界チャンピオンだったこともバレたし、自分の感覚より俺の言葉を信じたくなる気持ちは分からなくもないが。

 どうしよう。なんか不安になってきたな。

 リュウの本来の走りに合わせたから気付けなかったら普通に負けるぞ?

 

 

 ——『運命のポールポジションは米満選手が奪い取りました!』



 盛り上がらないはずがないリュウとヨネミツのチャンピオン争い。

 Q2でもリュウは気付けぬまま、2番手をキープして終わった。

 

 「セッティング、戻した方が良いんじゃないかな?」

 

 マツモトさんが俺とシヅに提案してくる。

 勝つだけが目的ならそれでも良い。

 そもそもリュウにロバーツの真似事をどうにかしろと指摘すれば良いだけの話だ。

 

 「いや、シンならその判断はしないわよ」

 「あぁ、俺はリュウを信じる」


 だがしかし——分かってることを指摘出来ないのもどかしいいいいい!

 言いてええええええ! 

 めっちゃ言いてええええええええ!


 「その割には……言いたそうね」

 「指導側になって初めて分かることって、あるんだねぇ」


 モエの発言に俺は激しく頷いた。




 予選も終わり、本番直前。

 グリッドに各々のマシンを運び、それぞれのライダーが精神統一を行なっている。

 ポイント差は圧倒的でどう足掻いてもリュウかヨネミツのチャンピオンしかあり得ないが、これまでのレースで1位を取っているのもヨネミツか俺たちOVERDOSEのみ。

 だからか他のライダーたちが最後くらい、と1位を狙う闘志を燃やしている。

 こう言う時、大体のライダーは音楽を聞いたりしてリラックスするのだが。


 「リュウはあの日からずっとそれだな」

 「だって! 見てて楽しいんだもん! どんなブレーキングしてるのこれ!」

 「見たまんま」

 「分かんないよ!」

 「教えられる技術じゃねぇんだわ!」


 最後のレースがもてぎなのは分かりきっていたことだ。 

 その所為でリュウは俺がもてぎで勝った時の動画を見続けている。

 俺がハードなレイトブレーキングをするのを見て、何度もリュウは教えて教えてとせがんでくる。が、教えるのは無理だ。

 市販車ベースとMoto3マシンじゃ色々と性能が違い過ぎる。

 それにブレーキングなんて感覚的な技術を教えられるほど指導レベルがない。


 「教えることは大体教えた。後は思いのまま走って、勝ってこい」

 「ケイ! 絶対勝つよ! 応援してるから!」

 「ゴウがあの世から帰ってきたくなるくらいの走り、期待しているわ」

 「リュウちゃんファイト!」

 「先輩! 勝ちましょう!」

 「皆んな……ありがとう! 私! 頑張るぞー! うおー! って痛たた!」

 

 腕を大きく上に振って痛みに悶えるリュウ。

 完治してないんだから無理すんな。走る前から脱落だけは勘弁してくれよ。


 「じゃあ、行ってこい!」


 俺は最後にリュウと拳を突き合わせ、皆んなでピットに戻る。


 『さぁ、間も無く始まります最終戦もてぎ。ポイントリーダーは依然として米満選手ですがチームメイトの助けもあり、龍崎選手が2ポイント差』

 『今年は悲しい事故もありましたが、凄い展開になりましたね。ここまで1位を取り合っているのが2チームのみ。まるで1983年のWGPですよこれは』

 『観客席は今年最も盛り上がってるんじゃないですか?』

 『かもしれませんね』


 実況席では当然の如くツートップの話で持ちきり。

 ヨネミツの応援も多いが、肘で押し出した件もあるのか、それともモエが期待の新人ライダーとして紹介した影響なのかリュウの人気が凄いことになっている。

 OVEDOSEコールが特大サウンドで聞こえてくる。


 「アイドルかよすげぇな」

 「声優大好きでライブも行ったことあるけどここまで物騒なコール聞いたの初めてかも」

 「こんな物騒なコールがありふれててたまるか」


 ミヤビのアホみたいな発言にシヅがツッコんだ。

 名付け親の俺が言うのも何だけど良い意味で使われることはほぼない単語だからな……よく考えるとこのチーム名で許可降りたの謎だ。

 

 「薬の沼にハマった集団のパーティ会場みたいだね」

 「ササ先輩が言ってるのに可愛げが全く感じられない状況って結構凄いんじゃないですかね……」

 「あくまでチーム名叫んでるだけだからな? 勝手に倫理観の外に舵を切っていかないでくれよ」


 ボルテージが高まる観客席だが、スタートグリッドからライダー以外の人たちが離れていくにつれて騒がしさが静まっていく。

 1周だけのウォームアップ。

 その間も静かで、少なくとも頭上の声がピットまで届くことはない。

 これはMotoGPでもスーパーバイクでも8耐でもない。

 ただ高校生がバイクでレースをしているだけなのに多くの人が最終決戦を全力で見届けようとしている。

 ピリッとした緊張感が立ち込める。

 黙ってモニターを見つめる。

 

 「……」


 ウォームラップを終え、リュウが2番グリッド。

 静まり返ったサーキットでエンジンが高鳴る。

 

 『いざ! スタートおおおおおおお!』


 シグナルのスタート合図と同時に実況の声が響き渡り、歓声が巻き上がる。

 まずはスタートダッシュでリュウがヨネミツの前に出るが、あっさりと予選順位通りに戻された。

 後ろの順位も概ねグリッドそのままで驚くような展開もなく進む。

 ここで負けると本当に危ないヨネミツは相当仕上げてきている。

 その一方でリュウは今まで通りロバーツトレースで走っている為、イマイチ伸びない。

 と言っても後続は離しているのだが。


 「苦戦してるわね」

 「何も言わずにマシンのセッティング変えてるからなー。それでも2番手なのは完全にだろ」

 「後は気付くだけ……だね」


 今回ばかりはモエも神妙な面持ちで会話に混ざってくる。

 レースが始まる前はあんなだったのに……今じゃ落ち着いて会話出来そうなのはシヅとモエとマツモトさんくらいか。

 レンは元よりそう言う性格だから別に驚かない。

 しかし、あのミヤビとレースを始めて見るテツですら不安と期待が混ざった目でモニターを真っ直ぐに見つめている。

 リュウの走りを見守っている。

 勝って欲しい。

 そして何より怪我をしないで欲しい。

 そんな思いを抱えてるのだろう。


 「さあどうするリュウ。このままだと負けるぞ」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る