第41話「それぞれが見据える先」
シン君のあの走りを見てから、私はトレーニングの合間をひたすらタブレットに使っちゃった。
世界を走っていた頃のシン君を繰り返し見続ける。ナスカーみたいに。
それは今年最後のレースになる今日も一緒。フリー走行もまだ始まる前、トイレを済ませてピットに向かう途中も視線はタブレット。
モエちゃんから小さい頃の動画も貰っちゃった。
小さい頃のシン君は物凄く丁寧に走っているのに速い。速そうに見えないのにちゃんとタイムを出していて何だかとっても不思議な印象。
そんなシン君だけど世界で一気に走り方が変わった。
アクセルをガンガン回して速度を上げて、コーナーが近付けばギリギリまで耐えるレイトブレーキングで速度を下げる。そこから大きく体重移動でマシンを傾けて鋭い角度で向きを変えたら一気に加速していく。
びっくりしたのはその加速で後ろのタイヤがスライドしているところ。
ドリフトは不思議なことじゃないけどシン君のは一見スライドが分からないくらい完璧に制御してる。凄い。
でもストーナーさんが憧れと言っていたのに共通点はスライド走行くらいで他は似てない。どちらかと言うとスペンサーさんに近いような気がする。
「うーん?」
あのレースの前にストーナーさんの名前を出した理由が分かんない。
だってシン君がドゥカティライダー好きなの知ってるし……ストーナーさんを嫌いなはずがない。
考えながら歩いてたら誰かとぶつかった。
「うわっと! すみま……あ」
「前見て歩けこの……あ」
ヨネミツ君だった。
「タブレットで解析か……だが負けねぇぞ! おれのポイントは216でお前は214の2ポイント差。絶対に埋めさせねぇ! 親父に応える為に!」
ヨネミツ君は私だと知るなり血相を変えて凄い勢いで口の回転数を上げる。
そうだ。私はずっと走れてなかったけどミヤビちゃんとシン君のおかげでポイント差は後ちょっとまで縮まった。
順位によっては同点があったはず。でも私は絶対にヨネミツ君よりも速くないといけない。
「ううん。私だって負けないよ。だって皆んなが繋いでくれたから」
それに。
「ここで勝たなきゃシン君に追い付けない。シン君と肩を並べて走る……いや、あの肩を追い越せるようになるにはこんな場所で負けてられないからね!」
「は……?」
「じゃあね!」
なんか良く分かんないけどヨネミツ君と話したくなかったから走って逃げる。
今日はどうやって走ろう。
それを考えると楽しみで心が満タンになる。
シン君にトレーニングを見て貰ってる時。
シン君と一緒にダートコースを走った時。
ずっと前からシン君に特別な感情があった。
最初は恋愛感情かと思ってたけどどうにも違う。
あの日、シン君のレースを見て分かった。分かっちゃった。
これは——これは———なんて言えばいいんだろ?
走りたい欲?
勝ちたい欲?
とにかくシン君と走ってみたい!
本気の勝負をしてみたい!
その為にはまだまだ私の技量が足りてない。原付とリッターくらいの差がある。
だからこそ今回のレースで負けられない。
ここで結果出して絶対に世界でも走る!
なんかもうヨネミツ君がどうとかじゃなくなっちゃった! どうでも良くなっちゃった!
「よーし! 頑張るぞー!」
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