第37話「マシン調整」
もてぎに着くと何処のチームも最終調整だけして終わりにしていたらしく、直ぐに貸切状態になった。
ミヤビにレースのルールを片っ端から叩き込み、俺やシヅ、マツモトさんを交えて集団で走る練習、スリップストリームの感覚を掴む練習、追い越しの練習。
明日の為に必要なことは全部一気に詰め込んだ。
幸い、ミヤビは記憶力が良いからルールは直ぐに覚えたし、ライディングの技術も完璧じゃないにしろ、大まかな感覚は覚えてくれた。
こうやって目の当たりにすると、思う。
「本当にセンス狂ってんな」
「でしょー?」
と、得意げに言いつつミヤビの息は切れている。
こんな才能の怪物が居たら小学生時代は避けられるか。自分らが必死に覚えたことをさらさらとやってしまうんだ。小学生じゃなくても耐えられる奴は少ないかもな。
「シヅ、レン、タイムはどんな感じだ?」
「ベストラップなら上位勢と変わらないくらいかしら」
「アベレージだと……6番手くらいでしょうか」
「くうう! 6番かー!」
悔しがってるけど普通に6番手食い込んでるのはバケモンだからな?
リュウだってワイルドカードの時は散々だったんだぞ。忘れたのか?
「瓦木君、もうこんな時間だけどまだ続けるのかい? 明日に疲れが残っても困るんじゃないか?」
「よーし! じゃあミヤビ、ラストアタック行くぞ! 本気で走れよ!」
「任された!」
準備をするミヤビと同じく俺もヘルメットを被り、グローブを嵌める。
そしてレンのパソコンを除くシヅに声を掛ける。
「なぁ、シヅ。最初に聞いておきたいんだけど」
「何よ」
「徹夜は得意か?」
「誰に聞いてるの? メカニックの仕事ならシンが納得するまでやるわよ。2徹だろうと3徹だろうと」
「世界チームより頼もしい」
「元チームの人たちに失礼なこと言うな」
良いものを比べると言うのは難しい。
元チームの方が技術も経験も経歴も上なのは確かなのに。
今はシヅの頼もしさの方が大きく感じる。
「シンー! 行くんじゃないのー!」
「あぁ! もう行く!」
ミヤビと一緒にグリッドへマシンを運ぶ。
ミヤビが乗るのは俺たちOVERDOSEの真っ赤なマシン。
対する俺はゴウが乗っていたGoodRideのサブマシン。
自分らのを使っても良いのだが、明日のレースで不調が出ても困るからシヅに言ってマシンを借りた。
レースシグナル役はマツモトさん。
ミヤビがスタートしてから少し遅れて俺も出発。
ここまでミヤビはバイクのことを、レースのことを、頭に、体に、叩き込んできた。
ならばここからは俺が頑張る番だ。
ミヤビはコーナーを曲がる時、足を出す。ロバーツ大好きなリュウにはあまり見られない……ここに関してはリュウが珍しいだけだが。
ミヤビがブレーキングする時の指は親指と人差し指を残し、残りの3本指でレバーを握る。
ここらへんを真似するのは死ぬ程難しい。と言うか感覚が気持ち悪い。
それでもやる。
ミヤビのブレーキングポイント、体重移動、足を出すタイミング、特有の癖、この1度切りで全部見抜け。
ミヤビのペースに合わせつつ、トレースに集中する。
マルチタスクは得意じゃない。1人で走ってる時より神経使うぞこれ。
それでもなんとか走り切り、シヅ以外をホテルに帰して一旦休憩。
「ふぅ……まじ疲れた」
「こんな馬鹿なこと、良く思い付いたわね」
「これしかないだろ。限界まで勝ちの確率を上げる方法」
「アジキさんのライディングをトレースして、セッティングをそれ専用に組み替える……これ私よりシンの方がキツくない?」
「承知の上だ」
走っては調整、走っては調整の繰り返し。
夜中も使って良いと許可は貰ったが、時間と体力は有限だ。
「もう少し休憩したら始めよう」
「分かったわ。それで、私たちのマシンはどうだった?」
「癖がなくて乗り易かった。現役で走ってた時のより」
ゴウのマシンはとにかく扱い易い。自分で思い描く操作が自在に出来るから手足のように操れた。
しかし、それが出来るのは俺だからだろう。
扱い易い分、良くも悪くも自分の操作が直に伝わる。ミスも目立つ。
どちらかと言えば加速に性能を寄せているが、腕がないと上まで引っ張るのは難しい。
「速く走る為ってよりは自分の力試しをするようなセッティングだな」
「最後まで親を信じていたんじゃないかしら。これで勝てれば技術は備わるからスカウトが来てもやっていけるように」
「ゴウらしいな。でも自分で操る方が楽しいからって理由もあるぞ多分」
「そうね。ゴウは全力で楽しみながら上に行こうとしていたから。きっとそう」
ゴウの話で盛り上がったところで休憩は終わり。
まず1度目のアタックで気になるところを微調整。
「行ってくる!」
1回目。
「ブレーキ効かせ過ぎだな」
「分かった。他は?」
「えっと——」
2回目。
「効かせ過ぎ。電子制御もやり過ぎでなんか抑え付けられてる感がある」
「それならここを——」
何度目か。
「だから! もうちょっと! もうちょっと緩めてくれって言ってんだろ!」
「もうちょっとって何よ! 具体的に言いなさいよ具体的に!」
「もうちょっとはもうちょっとだろうが!」
ミヤビの動きをトレースした俺の感覚。
それを言葉で伝えるのは死ぬ程難しく、途中から喧嘩しながら全力で調整し、なんとか完成した。
「はぁ……はぁ……もう走れない……無理……」
「語彙を増やすことを……おすすめするわ……」
走りに走って、もう朝の4時。疲れもそうだが……とにかく眠い。
ここからシヅには新品タイヤへの交換をして貰って……えっと? うわ、頭働かなくなってきちまった。
「顔、結構キテるわよ。後のことは私が説明しておくから寝たら? シンが戻るまではマツモトさんが指揮を執ってくれるはずよ」
「あー、そしたら伝言。ミヤビに無理して抜こうとするなって言ってくれ。それと一応サブマシンにはレインタイヤ入れといてくれ」
「分かった。それじゃおやすみなさい」
寝ぼけ眼を擦りながらホテルへ向かう。
普通に走ったら、良い順位は取れてもミヤビが勝つ可能性は限りなく低い。
もし俺の狙い通りのことが起きてくれるならあるいは……ねむ。
「ホテルまで遠いなぁ……」
今更になってシヅに送って貰えば良かった、と後悔した。
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