第36話「問題解決」
『ねぇ? 本当に行って良いんだよね?』
「大丈夫だからさっさとしろよ。面倒事はさっさと済ませたいんだよ」
電話をぶった切り、息を潜める。
今は俺たちしか居ないが、あいつらが先に来て、バレても困る。
しばらくして足音が聞こえてくる。チラリと覗くとミヤビだった。
何者か……と言うか十中八九あのバレー部2人組の仕業であろう手紙がミヤビの下駄箱に入っていた。屋上に呼び出す為の偽のラブレター。
立ち聞きしたあの話が本当なら普通に犯罪なので対策を取ることにした。
「あれー? 差出人より早く来ちゃった。今時ラブレターなんて珍しいなー」
演技やらせても上手い……本当に絵以外はなんでも大丈夫なんだろうな。
その声がトリガーとなったのか屋上の扉が閉まる。
ミヤビがパッと振り返り、俺もそちらを見る。
屋上のたった1つの出入り口の前にはあの時のバレー部であろう女2人とこれまたガッチリとした体型の男2人。
「ぷっ! 馬鹿みたい。あんなのにひっかかっちゃってさ。ラブレターなんて今時ある訳ないじゃん」
「ほんとさ、ずっと嫌い。うちらからレギュラー奪いやがってさ。練習も来ないで試合に出られるとか、あのクソみたいな頼みごととか何様のつもり?」
いやいや、試合に出られないのはお前らの努力不足だろ。
練習してないミヤビ以下の癖に何を言ってるんだ。尤も、ミヤビは家に豆腐ちゃんとか呼んでちゃんと練習してるけどな。偶に俺も駆り出されるし。
「ふーん。それで何が目的。悪戯なら帰る。アタシ忙しいんだー」
「おっとそれは無理だな」
「離してくれない?」
1人がミヤビの腕を掴み、引き留める。睨まれても動じない。
「これから楽しませて貰うんだからな?」
「は? ちょっ、何して……むぐっ——」
運動部2人に押さえ付けられたミヤビの腕をバレー部組は縛り上げ、口に猿轡を噛ませる。あれじゃあ大声を出して叫ぶことも出来ない。
屋上は立ち入り禁止。近付く人間は基本誰も居ない。
だからこそ連中は考えるべきだった。
何故、屋上が開いているのか。
「へへ、アジキを自由に出来るなんて最高だぜ」
「流石にここまですれば心折れるでしょ」
「最後は猿轡外してフェンスに縛っておもちゃでも突っ込んどいてあげよっか? あはは、それじゃ助け呼んでも恥ずかしいねぇ!」
俺は横でカメラを構えたレンに目配せをする。
レンは力強く頷いてくれた。
「良し! はいはいそこまでそこまで!」
大声を出しながら大した高さもない給水塔を飛び降りる。
俺に続いてシヅも飛び降り、レンは梯子を使ってゆっくり降りてくる。
「今のやり取り、ちゃんと映像と音声に残しましたよ」
レンがカメラを掲げて4人組に映像を見せつける。
そうすると男2人が笑い出した。
「馬鹿だな。だったら力付くで証拠消してやろうじゃねぇか」
指をポキポキと鳴らして俺たちに近付いてくる。
あーあー、馬鹿だな。ここで退いとけば痛い目は見ずに済んだのに。
「さて、シヅ。やりますか」
「容赦は要らないわよね」
「ヒョロと女如きに負けるかよ!」
——俺たちは運動部推薦の2人組を秒殺した。
そうして4人を正座させ、ミヤビの拘束を解く。
「ほんと馬鹿だねー。アタシがノコノコ誘いに乗る訳ないじゃん。それにシンとシヅキに喧嘩で勝てると思うなんてねー」
今は離れてるとは言え、元々世界を走ってたんだ。生半可な鍛え方はしてない。トレーニングだって続けているし、喧嘩は得意だ。
モエが変な輩に襲われそうになるから自ずと得意になった。
「ま、これに懲りたら2度と馬鹿なことはしないことね」
「スッキリスッキリ! いやぁヨネミツをぶん殴ってやれない鬱憤張らせて最高だぜー!」
「テメェ……八つ当たりの為にわざわざ罠張りやがったのか!?」
「キレてんじゃねぇよ先輩。八つ当たりも兼ねてるだけだ」
元々はチームの一員——ミヤビの部活逃避をどうにかしようとしてただけだ。
バレー部で何か問題があるのかと思い、聞き込みをしようとしたらあの2人の会話を聞いた。監督としてこの問題を放っておく訳にはいかない。
これでしっかりと兼部して貰う。
「退学の覚悟くらいは出来でるんだろ。自己弁護、頑張れよ」
「は? ちょっと待ちなさいよ! これだけやって告発するの!?」
「当たり前じゃん。こっちには動画だってあるし」
「バッチリ録画してます!」
これにはレンも怒り心頭で語気を強める。
ボコボコにしたのは憂さ晴らし、強姦未遂を俺たちが止めただけで終わりです。なんて有り得ない。
「でも残念だったね。最近はディープフェイクが増えてるから動画の信憑性だって薄いんだよ?」
バレー部の片割れが勝ち誇ったように言ってくる。
「ミヤビ……この状況でこいつら何で強気なんだ?」
「馬鹿なんじゃない?」
そうか。そうだよな。
「んじゃ、そう言うことだから。ユウキちゃん、後は任せた」
「「「「え?」」」」
「よっこいしょっと!」
給水塔から最後の1人が飛び降りた。ちゃんとした紙巻き煙草を咥えたユウキちゃんだ。
ユウキちゃんは煙草を右手の指で挟み、口から遠ざける。空いた口から白煙を吐き出しながら4人を見下す。
4人の顔から一気に血の気が引いていく。真っ青だ。
動画があろうとなかろうと、あの一部始終をずっとユウキちゃんに聞かれていたのだから逃げ道はない。
「ほれミヤビ、行くぞ。こいつらに構ってる暇ないんだ」
「それ、大半の原因はシンがぐずぐずしてたからでしょ」
「だから急げって言ってんだよ」
「シヅキ的にはどう? アタシ、大丈夫そう?」
「かなり厳しいのが本音。だけど私はアジキさんの走り、あんまり知らないから分からないわね」
4人で部室に向かいながら、話す。
問題解決の中でも1つは完了した。もう1つはどうやってミヤビを勝たせるかだ。
ミヤビの天才的センスは分かる。
昨日もあのダートコースを走らせてみたら昔から遊びで走ってたのもあってか、かなりマシンコントロールは上手かった。
ただ、ミヤビはレース経験がない。
1人のタイムアタックだけなら良いタイムを出すかもしれないが、20台ものバイクが入り混じるレースで同じように走れるかと言われれば……難しい。
「難しそうなのはシンの顔が証明してるわね」
「レースだからな……無理ではない、はず。ミヤビ以外全員マシントラブルとかないとは言い切れない」
「ちょっと待った! それ願うレベルなの!?」
「昔の俺のレース見てたんだろ。俺でも流石にワイルドカードで勝ってねぇぞ」
「レース経験で言えばワイルドカード以下よね」
とにかく走らないと分からない。一刻も早くもてぎに行って練習させる。
「カワラギ先輩、トラックの運転手大丈夫なんですか? ユウキ先生居ませんけど」
「大丈夫大丈夫。代わりは呼んである」
部室の側にはユウキちゃんが持ってるトラックとは別のトラックがある。
そこに立っている人影を見て、ミヤビが気付いた。
「あっ! 犯罪者予備軍の人!」
「おいミヤビ! 失礼だろ! 訴えられてないだけで犯罪者だぞ! 予備軍なんて生温い!」
「こらこらこら、折角来たのにその言い様は酷いな。ただ、雅ちゃんのはグッとくるところがあるね」
「うげ……やっぱり変態……」
「なんですか……この人」
初めて会うレンは顔を引き攣らせている。
「マツモトハジメ、茨城を拠点にして活動するバイクチームの監督。腕は確かだけど性格に難あり。まあ気難しいとかじゃないのは見ての通りね」
「紫月ちゃん、久しぶりだね。お父さんは元気かな」
「元気ですよ。ゴウは元気の概念超越しました」
「悲しい事故だったね」
「でも今はOVEDOSEのメカニックですから。それを悼むのは後です。さっさともてぎ行きましょう」
「相変わらず強かな人だ。さあ乗って。積み込みは終わってる」
そうして俺たちはもてぎに向かった。
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