第35話「安喰雅」


 翌日の放課後。今まで避けてきたミヤビを探す……つもりはなかったのだが、バレーコートに向かっているとミヤビの声が聞こえてきた。


 「監督! お願いします! どうしても今度の日曜日はバイク部の方で出ないといけないんです! お願いします!」


 ちらりと中を覗いてみると、ミヤビが顧問に頭を下げていた。

 バレー部の顧問は確かウエダ先生だっけか。

 熱血マンと噂のウエダ先生はミヤビの勢いにたじろいでいる。


 「いや安喰……大事な大会の初日だぞ? お前が居なくてどうする? ただでさえ練習にだって来てないのに」

 「それでも……! アタシはあのまま終われない。友達が泣いてるんです。大事な友達が。だからお願いします! 1日くらいアタシが居なくても強さは変わらないはずです!」

 「そうは言っても」

 「2日目、フルで出ます。アタシだけはローテ要りません。前衛だろうが後衛だろうが最高の動きをします。練習も毎日出ます! だから今回だけ、どうか!」

 

 あんなに必死なミヤビを見るのは初めてかもしれない。

 思えばあの時もヨネミツの奴をぶん殴りに行く勢いだったもんな。

 何時からこの説得が続いてるのかは知らないが、ウエダ先生の顔を見るにそれなりに長いこと続いているっぽいな。


 「高野ぉ……高野からもなんか言ってやってくれ」

 「監督、あたしからもお願いします。ミヤビをレースに出させて下さい!」

 「まさか高野もそっち側か……」

 「こんなミヤビ初めてなんです。きっと物凄く大事なことなんだと思います。だからお願いします!」

 

 豆腐ちゃんまであの熱血先生に頭を下げ、ミヤビのレース出場を頼み込む。

 意外だな。豆腐ちゃんなら死ぬ気で止めるもんだと……いや、違うな。ずっとミヤビと一緒に居た豆腐ちゃんだから止めないんだ。

 もしくはこれを認めさせれば毎日練習に来るからだろうか。流石に豆腐ちゃんもそこまでは狙って……狙ってそうだな。

 体育館内の話に耳を傾けていると、そんな俺の近くから声が聞こえてきた。

 直ぐそこの建物の角で話している奴らが居るらしい。


 「ねぇねぇ今の聞いた? 幾ら何でも自分勝手過ぎでしょ!」

 「だよねー! アジキさ、ちょっと上手いからって調子乗ってるよね。練習にも来ないでさ!」

 「ま、私らが練習中に嫌がらせしてたからなんだけどね!」

 「「キャハハハハハ!」」


 あいつらはきっと俺がここで聞いているのを知らないのだろう。

 ありがたいくらい大声でペラペラと情報を喋ってくれている。

 ミヤビが頑なに練習行きたがらないのはこれが理由か。こんなこと言ってるくらいだからあいつらはレギュラーでもなんでもないんだろう。 

 レギュラー組と仲良くないと試合で連携なんか取れる訳ないもんな。

 

 「でもさ、割とピンピンしてるのうざくない?」

 「分かる。今度こそ心へし折っちゃおうか?」

 「3年の野球部だった先輩にアジキが好みって人居た気がする。襲わせちゃおっか」

 「良いね良いね。なんか屋上が開いてるって噂聞いたことあるし屋上にでも誘い出して……手足縛って、口塞いで……」

 

 俺はそこまで聞いて、体育館側から離れた。

 えーっと、レンは何してんだろう。電話したら出るか?

 スマホを取り出しながら部室に入り、モンスターのエンジン始動。

 

 「出ないな……まあレンは後で良いか」


 バイクに跨り、学校を出る。

 レンが出ないとなると、まあシヅに連絡して……俺だけじゃ駄目そうならマツモトさんにも一応連絡しておくか。

 

 


 

 「お願いします! どうかどうか! この通り! シラハの顔に免じて!」

 「高野の顔に免ずるところがあるのか!? ないだろ!?」


 くっ、確かにシラハで免ずるところがあるかと言われたら……ない!

 アタシが持ってる手札で監督を従わせられるものもない!

 でも、それでもアタシはレースに出たい。出ないといけない。レースに出て、あの間抜け男の鼻を明かしてやらないと気が済まない。

 だから——退けない。

 言葉で駄目なら、と顔を上げて監督の目を見つめる。

 静かに、真剣に、ただ凝視する。

 監督も困って口をモゴモゴさせている。何を言うのか考えが纏まらないのかなー。


 「ねぇ、ミヤビ。本気?」


 そこで沈黙を破ったのは部長。

 パッと部長の方を見る。するとその後ろで体育館の開いた扉を横切るシンが見えた。


 「えっ? っと、なんでしたっけ部長」

 「バイク部の方のレースに出るのは本気なのって言ってるの」

 「それは当然。本気ですとも」

 「じゃあミヤビ抜きでも勝てるって言ったのも本気なの?」


 一体部長は何を心配してるんだろ。


 「そりゃそうですよ。アタシが居たら強いのは間違いないです。でもたった1人居なくなっただけで弱くはなりませんよ。チーム競技ですから」

 

 皆んな上手いのにどれだけ自分たちの実力を低く見積もってるんだろ。聞く人が聞いたら煽りになっちゃうよあんな謙遜。

 自信があるのなら堂々とするべき。アタシみたいに。

 アタシが上手いからってそれだけじゃ県大会優勝出来ないし、全国だって勝てるはずない。


 「監督、初日は大丈夫です。ミヤビ抜きで行きましょう」

 「さっすが部長! 部長なら分かってくれるって思ってましたよー! と言う訳でアタシはこれで!」

 「あ! おい待て安喰!」

 「ミヤビ!? ちょっと待——!」

 

 部長とシラハが言うんだからオッケーと言っても過言じゃない!

 わざわざシンが体育館まで来てた。ちょっとは考えが纏まったのかも。

 そうじゃなくても今日がデッドラインな気がする。レースまで残り2日。家でレンゲに見てもらいながらダートコースは走ってるけどやっぱりシンが居ないと無理だ。

 今日こそは何としてでも説得する。

 全力ダッシュで部室に向かう。

 けど、部室にシンのモンスターはなかった。

 レース用のマシン2台とアタシのZ1が寂しく並んでいる。


 「間に合わなかったか……!」


 いやでもまだ追い付けるかも?

 アタシは大急ぎでバイクを外に運び出し、エンジンを……あぁ! チョーク引かなきゃ!

 朝乗ってきたから大丈夫だと思うんだけど一応、アイドリングが安定してからチョークを戻す。

 くっ……! これがシヅキの言ってた旧車の弊害!

 シヅキに絶対被れと言われたヘルメットも忘れてアタシはバイクを出す。

 シンは出来るだけ大通りを通らない。きっとあの河原の道を使ってるはず。

 バイク操縦でシンには敵わない。


 「でも、地の利はある。アタシの方が道に詳しい」


 近道を使って河原の道へ。

 すると緑の中にシンの真っ赤なモンスターが見えた。

 超目立ってるなー。あれ? シンが乗ってない?

 良く見るとバイクはスタンドが出てて、止まっている。

 アタシはモンスターの近くに停めて、降りる。辺りを見渡すと土手の下でスマホを耳に当てるシンが見えた。

 

 「シーーーン!」


 電話が終わるのを見計らって、土手を駆け降りる。


 「やろう! ちゃんと許可貰ってきたから」

 「その長過ぎる髪でやるつもりか?」

 

 そう言われると思った。

 アタシはリュックからハサミと袋を取り出す。


 「お、おい!?」

 

 左手で髪の毛をぎゅっと1本に纏めて、纏めた部分をハサミでバッサリ切った。

 ジョキン、と鳴った音はホラーゲームのあいつを思い出す。

 ぶった切った髪の毛を袋に突っ込みながら首を振り、髪の毛を散らす。


 「アタシの覚悟は出来てる。逆にシンは何を躊躇ってるの? ここは高校選手権でMotoGPじゃないんだよ? ケイだけじゃなくてアタシが走ってもレンゲが走っても同じチームとしてのポイントになるんだよ?」


 MotoGPと違ってこっちはライダー1人だけでポイントを争わない。

 優勝目指すのならアタシが走るのは間違いなんかじゃないのに。

 

 「このまま負けられない。そうでしょ世界チャンピオン」

 


 ——アタシは昔から苦手なことが少なかった。



 言葉も直ぐに覚えたらしいし、運動すれば何だって上手く出来た。シラハから顔とスタイルは褒められてたから容姿が良いのも自覚していた。

 苦手なことがあるとすれば絵を描くことくらいだ。

 だからか、何をやっても沼にハマれないことが多かった。

 ちょっとやそっとで上手くなれば大人からは褒められても周りの皆んなはアタシを嫌い始める。そんなのやってても楽しくない。

 そこから趣味が1人で出来るゲームや読書に変わったある日のこと。

 

 「雅、もてぎに行くぞ!」


 毎年恒例お父さんのレース観戦に巻き込まれた。

 レースはいっつも興味ないけど遊べる場所があるので毎度一緒に行く。

 何故かお父さんは椅子のあるチケットは買わずに土手で見たがるからアタシは1人でアトラクションを楽しんでからその場所に向かう。


 「レースかぁ……」


 正直面白さが分からない……真面目に見たことないんだけどね。

 何よりうるさい。お父さんにはそれは変だと言われたけど、アタシはMoto3が1番うるさく感じた。

 

 「おっ! 来たか! 雅、ほら見てみろ! あの赤白のマシン!」

 「なーにー? あれがどうかした……の」


 今は練習走行中。お父さんが言っているであろうマシンに乗っかる人は小さく見えた。

 

 「あれは瓦木真君って言ってな。なんと雅と同じ12歳なんだぞ! ありゃ凄い。絶対に世界で活躍するライダーになる!」

 「アタシと同い年……」


 その日、シンの大人に引けを取らない走りに魅入られ、レース観戦にハマった。

 お父さんがレースを見に行くと言った日は学校を休んででも見に行った。

 レースでひたすらに結果を出し続けるシンを見て、アタシはゲームをとことんやり込むようになり、シラハの居るバレーチームにも入った。

 楽しさもそうだけど何より上手く、強くなりたかったから。

 


 ——だから本当に高校入学した時はびっくりした。



 「じゃ、じゃあミヤビはずっと俺のこと知ってたのか!?」

 「当たり前じゃん。お父さんずーっとシンのファンだったしねー」

 「それじゃあ……アジキサトシ安喰慧ってもしかして……」

 「そう、お父さんだよ。シンのこと応援したいってバイクのカスタムパーツ作ってる会社に転職して、シンが居たチームに新しくスポンサー締結してるはず」


 あの時もびっくりしたなぁ。突然、会社辞める! って言ったと思ったら既に辞めてて次の職場見つけてるんだもん。

 営業で色んなところを飛び回るかもだけど一緒に来いとか言われたら。

 まあ、拒否だよねー。

 

 「うわ……マジか……アジキさんがミヤビの親父だったのか。確かに珍しい苗字だとは思ったけど娘とは思わんだろ……」

 「最初は勝手にスポンサーやろうとして社長にどやされたらしいよ」

 「そう言う勢いのあるところはちゃんと血筋だな」

 

 失敬な。アタシをお父さんと一緒にしないで欲しい。


 「アタシはお父さんと違ってプロを目指せる天才だから!」

 「親に対して容赦ねぇな!」

 「それで世界チャンピオンはこのままで良いの?」

 

 危ない危ない。このまま話してたらどんどん脱線してっちゃう。

 

 「あのシンが監督をやるチームがこんな形で諦めるの? それともMotoGPルールを貫き通す気なの?」

 「……気が変わった。あいつの心をへし折る」

 「おっそ」

 「うっせ」


 微妙に格好良く決まらないシン。

 レースを見てた時は手の届かない存在だと思ってたのにこうなるとちゃんと普通の同級生なんだよねぇ。

 推しとは推せるくらいの距離感が1番良いのかなー。

 最早推しじゃなくて友達になったからどうでも良いや。


 「それでシンさ、聞きたいんだけどアタシ後2日でどうにかなりそう?」

 「…………正直キツい」

 「マジか……」

 「マジだ……」


 どうしよう。発言者がシンだと説得力が違うんだけど。

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