第33話「怪我」
予選が順調過ぎた9戦目。
本戦でヨネミツは必死にこちらを抜かそうとするも、リュウがそれを許さない。
ストレートで抜かれてもコーナーは一歩も譲ろうとしない。それなりに緊張感のあるサーキットをひらひらと走っている。
「こりゃ完全にリュウのペースだな」
「行け行けー! あんな奴負かしちゃえー!」
「ストレートで抜かれても全く焦ってなさそうね。コーナーであれだけ抜かし返せてれば当然かしら」
「油断は出来ない。けどこのままなら平気そう」
モエもリュウの勝利を確信している。
周回数も減ってきた。このままの流れであれば負けはしないだろう。
策があればもう仕掛けてきてるはずだし、残り2周でどうにか出来るほどヨネミツの走りが変わっているようにも見えない。
どうせまたメインストレートで抜きに来るんだろ?
『米満選手! またもや仕掛けました!』
スリップストリームでぐんぐん伸びるヨネミツ。
「ん?」「?」「あれ?」
俺とシヅとモエが首を捻る。何かが変な気がした。
第1コーナーを超え、横に並んだと思ったら何故かヨネミツはマシンをリュウに寄せて——肘を突き出した。
それ以上の接近接触を避けようとしたリュウはマシンをヨネミツから遠ざける。
しかし、それ以上は出られない。コース外だ。
ゼブラゾーンに乗り、焦ったリュウは更に外側のダートゾーンまで逸れる。
そしてバランスを保つことが出来ずに派手に転倒した。
「先輩!?」
リュウは仰向けになりながら右肩を痛そうに抑えている。
「命に関わる事故ではなさそうね……」
「ねぇシン……今、あいつ押し出さなかった?」
「……レン、ミヤビ、引き上げる準備しとけ。ゴウの時同様後片付けは俺たちでやっとく」
「それは出来ない。あんなことされて黙ってられる訳ない! アタシも残る! 絶対にあいつに言ってやる! そうじゃないと気が済まない!」
ミヤビは声を荒げて言う。こんなに怒っているミヤビを見るのは初めてだ。
「シンだってそうでしょ!? ツキマチさんのあの事故の後にこんなことされて怒ってないの!?」
「怒ってるに決まってるだろ!」
「っ……!?」
壁を叩きながら言い返す。
怒ってない訳がない。ゴウの死を見て、その後にあんな危険なことをやられて腹が立たない訳がない。
「だからこそリュウの傍に居てやってくれ。きっとミヤビが突っ掛かれば俺もその勢いで手が出る」
「でも!」
「頼む。俺は皆んなを暴力沙汰を起こしたチームの一員にはしたくない」
膨れ上がる怒りで全身に力が入る。殴り込みに行きたい精神を抑えてミヤビを説得しようと真っ直ぐ目を見る。
「……分かったわよ。ユウキちゃんに連絡取ればいい?」
「あぁ」
「レンゲ、行くよ」
「は、はい。あの……カワラギ先輩、また後で」
ピットに残ったのは俺とシヅとモエの3人。
ぐっと握った拳を振り上げ、
「シンちゃん」
「……」
叩きつけるのを止めて、ゆっくりと降ろした。
「これからどうするつもり?」
「ピットに乗り込む」
「表向きはGoodRideのメカニックの方が目立ってるし私が殴り込みでも良いわよ?」
「いや、シヅとモエは一緒に来てくれるだけで良い。もしもの時に俺を止められるのは2人だけだ」
ここでリュウやミヤビたちに迷惑は掛けたくない。
これが1人だけの戦いなら容赦なくぶん殴りに行けたんだけどな。
「行くぞ」
2人を引き連れ、表彰式前ではしゃいでいるヨネミツたちのピットに顔を出す。
お祭り騒ぎだったピットは一瞬で鎮まり、ヨネミツだけがスカした顔でこっちを見てきやがる。
「なんだよ? 文句でもあるのか? あいつが勝手に転んだだけだろ?」
勝手に転んだ、だけ、か。
俺は無言でヨネミツに近付き、胸ぐらを掴んで無理矢理椅子から立たせる。
「調子乗んなよノロマ野郎。お前如きがライダー目指してるんだとしたらお門違いにもほどがある。もっぺんミニバイクから始め直せ」
「あぁ?」
「あ、それより小学校で道徳の授業でも受け直したらどうだ?」
「おい君、暴力は」
「暴力は反対だってあなたたちが言うの?」
モニターで見たことがある分析係の手がシヅの言葉で止まった。
「コース上でやったあれが暴力じゃなくてなんだと言うの? 殺人未遂みたいなもんでしょ。それが分かってるからあなたたちは私たちを見て黙りこくった。違う?」
「チームならライダーを支えるのも間違いを正すのもやるべきだと思う」
「何も知らない癖に喚くんじゃねぇ!」
モエの言葉を聞いて、ヨネミツが俺の手を振り払う。
「こっちは必死なんだよ! お前らみたいにヘラヘラして軽い気持ちでやってる奴らに何が分かるってんだ!」
「俺はこの場で誰よりもレースが分かってんだよ! 何も知らないのはお前の方だ」
「は? 何言って——」
「次、同じことやってみろ。容赦しねぇぞ」
踵を返してピットを出る。
「必死だからって何やっても言い訳ないでしょ。そんなことも分からないならライダーなんて辞めてしまえこのロクデナシ」
「大好きなレースの世界、荒らされたくない」
リュウが軽い気持ちでやってる?
馬鹿言うな。このレースに軽い気持ちで参戦しているライダーなんて居ない。
ゴウだってそうだ。
世界を目指しているから他の人より気持ちが上だ、なんてふざけんな。
絶対にこんな奴を勝たせてやるか。
「リュウを絶対に勝たせる」
「同感よ」
しかし、病院で告げられたのはまさかの事実だった。
「レースに出られない……?」
「うん。そこそこ派手にやっちゃったみたい。一応、茨城の方の病院に移ってから色々するみたいなんだけど走れるとしたら最終戦だけだろうって」
終わった……いや、終わったと言うには早いが、2戦ともノーポイントならヨネミツがそのどちらもノーポイントにならなければ優勝は無理だ。
「怪我だもんね……しょうがないよね……」
接戦なのはリュウも理解している。ブワッと目元に涙が溢れ、流れる。
「シン君にミヤビちゃんに、皆んなに一杯手伝って貰って……予選突破して……凄く楽しかったんだ……ゴウさんの為にも走ろうって……思ったのに。うわぁあん!」
病院だからか声量は抑えめに激しく泣き出すリュウ。
怪我の理由はどうあれ怪我した事実はどうしようもない。世界の舞台でも何処の世界でもある話だ。
ケイが涙目になり、シヅとモエが悲しそうにリュウを見つめる。
そんな中でミヤビだけがリュウのベッドに近付き、無事な左手を力強く握った。
「み、ミヤビちゃん?」
「大丈夫! こんなことでアタシたちの優勝を消させたりしないから」
「でも……」
「次のレース、アタシが走る」
「え?」
……。
………。
…………は?
「このまま終わりなんて嫌。だからケイが走れないならアタシが走る。元々そう言う話はしてたでしょ」
「してた……気はする」
「ね、シン。良いでしょ?」
「ミヤビお前忘れたのか? 次のレースは大会と被ってんだぞ」
「あっ」
本当に忘れてたのか。バレー部のエースだろ何やってんだ。
去年はいつも使う体育館が使えないと言うことでずれ込んでいた大会が今年はいつも通りの日程で行われるのだと、前に豆腐ちゃんが言っていた。
それに俺は……。
「いや、行ける。大会は2日間開催だから初日は皆んなに頑張って貰う」
「お前なぁ……」
「それくらい!」
「……」
「それくらいアタシは腹が立ってるの。勝ちたい。アタシがあいつに勝ったら最高級の煽りになるし、次に繋がる」
ふざけてない。ミヤビは本気で次のレースに出て、1位を取ろうとしている。
どうやって顧問を説得するのか。
そもそもレースをまともにやったことがないミヤビがほぼぶっつけで勝てるのか。
問題は山積みだ。
「シヅはどう思う?」
「監督の指示に従うわ」
「……そうか。考えさせてくれ。俺も色々ぐちゃぐちゃなんだ」
その時、モエは俺を心配そうに見つめていた。
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