第31話「Gift」


 『あー、これを見てるってことはオレはサミノで死んじまったんだな? 見てるのは誰だ? レンゲちゃんに渡したからいつものメンバーだけじゃなくて母さんやマサキも見てるか?』


 動画が再生されると懐かしさすら感じる明るさでゴウが動いて話す。

 この言い方だとあのレースの前に撮ってるのか。


 「てかマサキって誰だ」

 「ゴウの弟よ」

 

 弟なんか居たのか。


 『皆んな、ごめんな。早くに死んじまって。おシヅには本当に世話になったのにこんな形でお別れなんて最悪だぜ。でもおシヅは強いから今頃シンたちのメカニックを引き続きやって優勝目指してるんだろうな。はっは!』

 「当たり前よ。この馬鹿」

 『もしかしたらケイちゃんはオレが死んだのを引き摺ってるかもな。でも大丈夫だ。世界を目指すと言ったケイちゃんが簡単に折れるはずがねぇ! ヨネミツの野郎をぶっ飛ばしてくれよな!』

 

 カメラに向かって力強く拳を突き出すゴウ。

 リュウはそれに応えるように左手で涙を拭いながら右拳を突き出した。


 『レンゲちゃんやモエちゃんはきっと大丈夫だろう。心配なのはミヤビちゃんだな。ミヤビちゃんは飄々としてるように見えて物凄く友達思いだ。口では前向きなことを言ってもオレが死んだことで迷いが出てるんじゃないか? それと熱い心を持ってるのにずっとふわふわしてると時間を無駄にしちまうぜー?』

 

 まるでミヤビのように語尾を伸ばしてヘラヘラと笑うゴウ。

 ミヤビは何も反応しない。ただずっと画面の中のゴウをじっと見つめている。


 『それで……その父さん、母さん。悪い、会社継げなくなっちった。マサキには好きなことやらせたかったんだけどな。あ、でもオレはライダーになれなかったことをそこまで悲しんでないぞ!? 高校選手権には出れたし、ケイちゃんって言う最高のライバルが出来て、多くの人と出会えた。会社を継ぐことは嫌じゃなかった。本当だ。ま、今じゃそれも出来ないし、シンとも走れなかったのは心残りだな』


 最初は明るかったゴウの表情が、声色が、トーンダウンしていく。


 『正直言うとケイちゃんが羨ましかったぜ。真っ直ぐに夢を突き進んでて、世界を目指せる環境に憧れてた。けど何より辛かったことはあれだな。オレはGPライダーを目指したかった。それを馬鹿にされてもどうでも良かった。それでもやっぱり親に自分の好きなことを頭ごなしに否定されるのは……辛かったな』

 「あ……ああああああ」


 普段なら絶対見せないゴウの弱々しい表情に母親が嗚咽する。

 ゴウはきっと駄目だと心の中で思いながらもライダーになりたいと打ち明けたんだろう。

 もしかしたら認めてくれるんじゃないか、と。

 しかし、それは叶わず高校選手権までに留めた。

 自分の好きなことを親に否定されるのはどれだけ辛いことなのだろう?

 否定されると分かっていて告げるのはどれだけ勇気が要るのだろう?

 俺には分からない。


 『だからオレは高校選手権に出て少しでもバイクの楽しさを伝えたかった。この動画が見られてる時点できっと楽しさからは掛け離れてっけどな!』

 「ゴウが自分の死に対していっちゃん不謹慎だろこれ」

 「私たちの悲しみ返して欲しくなってきたわね……」

 「ツッキーさんらしいけどねぇ」


 なんでずっとヘラヘラしてんだこいつ。

 

 『そろそろおシヅとシンが文句を言ってる頃だろうからこの辺で終わろう! 折角皆んなは生きてるんだから死者にばっか感けてんじゃねぇぞ! オレを忘れないでくれればそれで良い! じゃあな!』


 次の瞬間、画面が暗転し、ピアノの音色が流れ出した。

 それと同時に再び動画が始まる。もてぎのピットを隠しカメラで映し出したような映像で、シヅや他の部員がモニターに首ったけ。

 これは……俺たちが居ないから去年の映像か?


 『行けゴウ! そのままそのまま!』

 『『『うおおおおお! やった! 部長が勝ったぞおおおお!』』』


 そんな勝利に歓喜するチームメイトたちの映像。

 他には2人きりのピット内で良い感じの雰囲気になるゴウとシヅ。


 「ちょっ!? なんでこんなの撮影してるの!? 見るな! 見るなー!」

 

 宿泊先のホテルでワイワイやるGoodRideの面々。途中からはピットの映像に俺たちも参加し、どの映像でもゴウが笑い、俺たちも笑っている。

 リュウの結果に喜んだり、真剣にレースの対策を話し合ったり。

 

 『今日からピットにあのモエちゃんが参加してくれるぜー!』

 『モエだよー。可愛く映してねー!』


 手持ちのカメラで実況しながらピットを回ったり。

 全力でレースを楽しむ様子がピアノのメロディーに合わせて流れる。

 そして途中からは写真のスライドショーに切り替わった。

 レースでの写真は勿論、ツーリングした時の写真やシヅの家で撮ったと思われる写真も沢山ある。

 きっとこれは高校選手権が終わった後でもレースの思い出が残るように。

 もしくはバイクで死んだとしてもバイクが悪いものだとは思わせないように。

 楽しかった思い出として残したいと言うのが映像から伝わってくる。

 ピアノの音が止まるのと同時に2度目の暗転。


 『よーし、皆んなで写真撮っから並べ並べー!』

 

 これはリュウが初優勝した時か。

 ゴウの指示で上手い具合に並ぼうとする俺たちの姿が動画として映っている。

 

 『良し、準備完了!』


 カメラを固定したゴウが俺たち側に移動し、皆んなで笑顔を作る。

 

 『5、4、3、2、1、はい!』

 『『『……』』』

 『シャッター音した?』

 『動画でしたー! はっはっはっは!』

 『は?』

 『自分が被写体側に回ってまでやる人初めて見たー』

 『時間返せ』

 

 最後はしょうもないイタズラでバッシングされる様子が映されて終わった。

 皆んな本気で怒ってないのもあるが、その時さえもゴウは笑っていた。

 確かにバイクは危険だ。実際にゴウが死んでいる。

 だが、危ないだけならこの笑顔は出来ない。

 少しでもそれがゴウの母親に伝われば良いんだけどな。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る