第30話「ゴウの母親」


 8月末。夏休みもそろそろ終わるそんな日、俺たちは総出で栃木に来ていた。

 各々はいつものバイクだが、俺は珍しくZ2を引っ張り出してきた。

 こいつで遠出をするのは本当に久しぶりかも知れない。

 シヅの案内で5台のバイクが辿り着いたのは一軒の家の前。

 

 「「「……」」」


 俺含めたシヅ以外の面々がヘルメットを外し、見上げる。

 一言で言うならデカい。とにかくデカい。外からでも分かるくらいデカいガレージがあるし、それを差し引いてもデカい。

 これがあれか……豪邸ってやつか……いやまあ親社長だもんな変じゃないよな。

 ミヤビの家と敷地も大概だが……田舎の畑まみれの中にあるから違和感はない。けどこっちは普通の街中にドカンと建っている分、迫力がある。

 

 「シヅキ? これドッキリ? ツキマチさんの家これ?」

 「そうよ。表札にも書いてあるじゃない」

 「すっごーいミスマッチ感ある集団だねーわたしたちー」

 

 気品すら感じる豪邸の前に並ぶ5台のバイクとアイドリング音。

 俺とミヤビはバッチバチにイジった旧車だからバイクに興味のない奴が聞けば余計に音が騒がしく聞こえるだろう。


 「俺ら輩過ぎるな」

 「今に始まったことじゃないでしょ。私たちはそこそこ輩よ」

 「顔に傷ある奴とかいるしな」

 「ちょっとちょっと、輩は言い過ぎでしょー」

 「リュウとモエはともかくお前は輩側だろ。間違いなく」


 レン? レンは免許持ってないしノーカンだノーカン。

 

 「うわっ! なんか開いた!?」


 そこでガレージのシャッターが突然開き始め、リュウが驚いた。

 ガレージの中には車に詳しくなくても分かる高級車が2台。それでも俺たちのバイクを停めるには余裕なスペースもある。

 本当にすげぇな。


 「音を聞いて開けてくれたみたいね。連絡はしておいたから大丈夫よ。入りましょう。ここにずっと居ても迷惑になるわ」

 「だな。行くぞ」

 「はーい」

 「は、はい……」

 「なんか緊張してきたー……ふー」

 「だよね……ゴウさんの親に会うんだもんね」


 家の雰囲気と死んだ友人の親に会う状況でレン、ミヤビ、リュウはかなり緊張している。

 相手はバイク嫌い。

 俺たちはバイク好きでゴウの死後もレースを続けている。

 シヅ曰く、かなり気難しい性格でレースの機会を与えたホンダ一家をこれでもかと言うほど嫌っているらしい。

 その割にシヅの連絡に応じているのは不思議だ。

 レースに誘った張本人の来訪なんか門前払いしそうである。

 まあでもゴウは取引のような形で許可を貰ってる分、全部を全部シヅに責任を押し付けようとはしてないのかも知れない。

 

 「来たのね」

 

 どうして良いのか分からずボーッとしていると奥から声が聞こえてきた。

 家の中に繋がる短い階段の上に人が立っている。恐らくゴウの母親だろう。

 腕を組み、こちらを見下す目付きは冷たい圧を感じる。ゴウが死んでるのに笑顔で歓迎されても怖いが、やはりこちらに良い印象はなさそうだ。


 「この度は——」

 「別に良いわ。早く上がって」

 「……だそうよ。行きましょう」


 シヅの挨拶をバッサリ切って、ゴウの母親は階段を登って行ってしまう。

 俺たちも挨拶のタイミングを失い、仕方がないのでモエと一緒にシヅの後を追って歩き出す。

 そうすれば戸惑っていた残りの3人も同じように歩き出した。

 

 「お邪魔します」


 皆んなでそれだけ言って、家に上がった。



 綺麗に掃除された家の一室。畳が敷き詰められた仏間。

 細い白煙と共に特有の香りが鼻を通り抜ける。順番に線香を上げ、その間は誰も口を開かない。

 何度目かのりんの音色が無機質に響き、最後だったシヅが優しくりん棒を置く。

 ……こっからどうすんだ? あっちはあっちでずっと喋らねぇし俺らも俺らで口を開くには空気が重過ぎる。

 すると、ゴウの母親が話しかけてきた。


 「……見たことがないそちらの人たちは豪の友達?」

 「は、はい! 私はリュウザキケイって言います! それでこっちがレンゲちゃんとミヤビちゃんとモエちゃん! シン君は私たちのチームの監督なんです!」

 「そ、そうなのね……」


 リュウが勢いよく俺たちを紹介するので若干引いている。


 「ゴウさんはライバルの私たちにすっごいすっごい良くしてくれて……頼りになる先輩でした」

 

 強く言い切るリュウを見て、ゴウの母親の表情が和らぐ。

 しかし、


 「だから私は走ります。自分の為に、走り切れなかったゴウさんの為にも絶対に勝ってみせます。それが私に出来る恩返しです」

 

 そこで表情から温度が消えた。


 「あなた……何を言ってるの?」

 「え?」

 「豪は死んだのよ? バイクなんて危ない物に乗ってレースに出て死んだのよ!? それを目の当たりにしてレースを続けるなんて馬鹿じゃないの!?」

 「えっ? えっ?」

 「豪はレースで死んだのに、レースを続けます宣言なんて不謹慎だと思わないの!? 豪が仲の良い友達にそんなことを願うはずがないわ。今直ぐレースなんて辞め——」

 「はぁ!? ふっざけんじゃないわよこの馬鹿親!」


 今度はシヅが言葉を遮り、叫ぶ。

 シヅの一触即発の雰囲気に俺たちも立ち上がった。


 「あんた本当にゴウの母親!? 親の癖にゴウを何も分かってない! ゴウならきっとレースを続けるのも辞めるのもこっち次第だって言うに決まってるわ! それでどっちにしたって、そっか、と笑顔で肯定してくれる!」

 「あなたに息子の何が分かるって言うのよ!」

 「分かるに決まってる! ゴウはバイクが大好きで、困ってる人を見ると見過ごせなくて……餃子が好きで、人と関わるのが好きで……何より自分を殺すことが出来た。だからライダーの道を諦めた。親の期待を守る為に」


 シヅの言葉は有機的で、長い付き合いと深い関わりを感じさせる物言いだ。

 

 「ゴウには夢を追って欲しかった。そうしたら今頃世界の舞台を走っていたかも知れないのに。それを! バイクは危険だとか安定しないとか下らない理由で台無しにするなんて、ふざけるな!」


 バッと右腕を振りかぶるシヅ。

 俺はその右腕をガシッと掴んで止めた。

 シヅは物凄い勢いで俺を見る。息は荒く、顔は赤い。相当頭に血が上っている。


 「それは、辞めとけ」

 「……ごめんなさい。熱くなり過ぎた」

 「なんで……ゴウさんが死んで悲しいのは皆んな一緒なのに……それこそゴウさんが望んでないことじゃないの……?」


 シヅとゴウの母親の激しい口論を聞いたリュウが泣き出した。

 リュウならそうなるよな。ゴウに死んで欲しくなかった2人が言い争ってるなんて意味不明な状況だ。

 シヅも落ち着き、ゴウの母親も理性を取り戻したと思ったら視線がミヤビに向く。


 「雅さんって言ったわね。あなた知ってるわ。全国模試でトップになったことがあるでしょう?」

 「まぁ……ありますけど?」

 「あなたなら勉強の大切さが分かるでしょう? 友達がレースに夢中で心配じゃないの? 良い大学に行けなかったら苦労するのよ?」

 「いや、アタシはただ普通に勉強やってるだけで良い大学に行くとか将来のこととか正直あんまり考えてないです」

 「……」


 予想外の答えだったのか動きが止まった。

 ここに居る時点でミヤビがレースを悪く思ってる訳ないだろ。てか全国1位取ったことあんのかよ初耳だわ。


 「お祖母ちゃんは学校向いてないって高校行かずにバイトしながら農業の勉強して家を継ぎました。お父さんは大学行かずにライダー目指して諦めて、それでも今は凄く幸せそうにしてます。だからアタシは勉強はともかく学歴そのものにはそこまで執着してません」

 「大学に行けば苦労しないかと言われると微妙よね」

 「これはアタシの感覚ですけど、苦労したくないならコミュ力の方が大事だと思います」


 それはそう。どれだけ頭が良くて提案が素晴らしいものでも伝えられなかったら意味がない。それに自分の意思を伝えるだけじゃなく相手の意見を受け止めたり流したりもしないといけない。

 これが出来ないと絶対に苦労する。間違いなく。


 「アタシは友達がライダーになりたいって言うのなら応援します」

 

 きっと自分と同じだろうと思っていたミヤビから真反対の意見を突きつけられ、反論どころか声の1つも出てこない。


 「あ、あの! 実はツキマチ先輩から預かってる物があるんです。これが何か分かりますか?」


 完全に意気消沈したゴウの母親に何かを取り出すレン。

 USBメモリか? 渡すタイミングがあったとすればサミノでスタート前にレンを呼び出した時だろうか。


 「これ……豪の勉強用に買ったUSBメモリ……」

 「まだ中に何が入ってるかは見てないです。勝手に開いたら駄目かと思って。だから今、見てみませんか?」

 

 そうしてパソコンにメモリを差し込む。

 中に入っていたのは1個の動画ファイルだった。

 

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