第27話「06」


 『高校選手権も折り返し! ポールポジションは今シーズン初のGoodRide! その背後には安定した成績を残すRiceRacingとOVERDOSE!』

 『今日の月待選手は落ち着いた走りでしたね。コースの特性上仕方ない部分はありますが、なんだか意識が変わったように見えます』


 予選が終わり、実況席が盛り上がっている。

 これまで何だかんだヨネミツかリュウがポール取っては勝ちを繰り返してたし、丁度良いタイミングで変化が出たのか。一緒じゃ面白くないもんな。

 そんな話題のゴウはうちのマネージャーと話している最中。


 「レンゲちゃんの言う通りに走ったらポール取れちったよ! すげぇすげぇ! アドバイザーのセンスあるぜ!」

 「そんな……烏滸がましいです」

 「と言いつつ照れてるレンちゃん可愛い!」

 「だってだって……こんなマッチョな人に言われたら照れますよ!」

 「ときめきポイント……そこなんだ」


 今は8月上旬で超暑い。

 ゴウは上半身をハダけさせてる為、鍛えられた筋肉が丸見えになっている。

 顔の良い女に目がないテツとは違うんだな、と思いきやレンはマッチョが大好物なのか……こう言うところの反応はやっぱり兄妹だな。

 

 「レンは見る能力に長けてるな」

 「でも走りはツキマチさんっぽくなかったよねー」

 「それはコース上仕方ないところもあるわね」


 ゴウの特徴はスタートの上手さと派手に突っ込み、派手に加速していく前輪荷重でのリスキーなライディング。

 しかし、ここはストップ&ゴーをするようなサーキットじゃない。

 だから試しにレンにアドバイスさせて、その通りに走らせてみた。

 低速パートを無理せず走らせ、幾つかある高速コーナーを全力で攻めると言うアドバイスを実行したゴウは見事なタイムを叩き出した。


 「て言うかライバルに塩送ってどうすんの」


 ミヤビがジト目で俺を見る。

 

 「メカニックして貰ってんだから良いだろ。それに同じ作戦で上手くいくほど本戦は甘くないんだよ。リュウを見てみろ」

 「今も昔も元気だねー」

 「そうなんだよ。リュウは元気なんだよ」

 「え? どゆこと?」


 自分の言ったことを繰り返され、ミヤビが目をパチパチさせる。

 シヅの家で話していたことをもう忘れたのか。


 「コーナーが多いサーキットはどうなるんだっけ、みっちゃん?」

 「……死ぬ!」

 「体力がの枕詞忘れちゃ駄目だよ! 物騒になっちゃうから、ね?」

 「以後、気を付けます……怖いよモエ」

 「バイクは危ないんだから冗談でも言っちゃ駄目だよ」


 あのミヤビが萎縮している。モエを怒らせると怖いんだよなぁ。

 

 「そっか。疲れてない訳じゃないんだろうけど、あの様子ならレースが終わるまでは大丈夫そうよねー」

 「モエとミヤビの所為でファンが急増したからそれで舞い上がってるのもある」

 「レースは観客あってこそだもん!」

 「だからって勝手にやるなよ」


 シヅの家に遊びに行った栃木旅行の日。モエは動画撮影にミヤビを巻き込み、思いっきり俺たちのチームの宣伝をした。しやがった。

 モエの宣伝効果は抜群。夏休みである為、学生ファンたちが押し寄せている。

 予選の時からOVEDOSEコールで溢れていた。

 初参戦のチームとしては異例のファン数だろこれ。

 それはそれとして。


 「予選でもかなり削られる体力の消耗を感じてないリュウは強いぞ」

 「そろそろ準備の時間ね。行くわよ、ゴウ」

 「おうよ! その前にレンゲちゃんちょっと——」

 「はい?」


 レンが変なタイミングでゴウに連れてかれてしまった。

 まさか男女で連れションもないだろうし、一体なんだ? 

 気にはなったが、俺たちもバイクをグリッドまで持っていかないといけない。


 「リュウ、行くぞ。準備しろ」

 「はーい! ステッカー確認オッケー!」

 

 リュウは元気な声で安住神社で受け取ったステッカーを指差し確認。俺たちのマシンにもゴウのマシンにもしっかりと貼り付けた。

 その前にプロテクターやグローブの確認をして欲しい。


 「ミヤビ、バイク運ぶの手伝ってくれ」

 「おっけー」

 

 1人でも十分運べるマシンを念の為、ミヤビと一緒にグリッドへ運ぶ。


 「シンはどう見てる? 今回のレース」

 「難しいサーキットだからな。それぞれタイムを出すのに苦戦してる。ヨネミツも思ったように走れてない」

 

 2番グリッドには苛立ち、眉間に皺を寄せてタブレットを睨むヨネミツ。


 「逆にゴウは上手い具合に走ってて、リュウは難しさを楽しんでる。タイム的にも3人が抜けてるから後ろは置いてけぼりになるかもな」

 「なるべく早く先頭に立ちたい感じ?」

 「バチバチにやり合っても良いけど、転ばれても困る。逃げられるならさっさと逃げてくれる方が安心だな。それだと見てる側はつまらんが」

 「今は見栄えより1勝、でしょ?」

 「今も昔も勝ちしか見てねぇよ」


 見てるだけなら面白い方が良い。

 しかし、こうやってレースに関わっていると勝ちしかいらない。どれだけレース展開がつまらなくても勝ってくれればどうでもよくなる。

 バイクを所定の位置に配置し、軽く点検する。

 予選終わりにシヅが診てくれたからバッチリ問題なしである。


 「リュウ、調子は?」

 「上々だよ。水分補給もバッチリ!」


 笑顔で答えたリュウはペットボトルのスポドリをぐびぐびと飲み干す。

 

 「アドバイスは一緒だ。ライン取りとスリップだけ気を付けろ。後は予選と同じように走りゃ良い」

 「コーナー集中……パッシングはどうしよっか」

 「スタートダッシュはゴウが上手い。抜けるタイミングがあればさっさと抜いちまえ」

 「うん! よーっし、やるぞー!」

 「頑張れ、ケイ!」


 最後にミヤビがリュウの背中を叩いた。




 ピットに戻れば既にシヅとレンが居た。


 「ゴウは?」

 「相当気合十分よ。今年1番張り切ってる。フカサクさんもありがとね」

 「いえいえ、大したことはしてないですよ」


 レンが頭を振る。

 ポールポジション取らせるアドバイスが大したことないはずないだろうに。

 

 「褒めるのはツキマチ先輩が勝ったらにしてくれると助かります」

 「そうね。予選だけじゃ意味ないものね」

 「今日のレンゲはライバルだね」

 「ゴウの筋肉に屈したか……」

 「屈して…………屈して、屈してませんよ!? 2人を応援してますから!」

 「大分揺らいだな」

 「やじろべえすらひっくり返りそうな勢いだったねー。寝返る気かなー?」

 「ちょっ、アジキ先輩! くすぐったいのでつつかないでくださいぃ!」


 ミヤビに脇腹を突かれ、体を捩らせながらレンが必死に訴える。勿論止まらない。

 その頃、モニターにはウォームアップでコースをゆったりと走るライダーが映されている。

 ゴウが軽くコースの外を走ると土煙が舞った。

 

 「路面の悪さは変わってないね。危ないから整備すれば良いのに」

 「モエか。何処行ってたんだ?」

 「ちょっと食べ物を買いに。なんとかバレずに戻ってこれたよ」


 そうか。自分の動画で俺たちのチームを宣伝したからファンがうじゃうじゃ集まってきてるのか。バレたら面倒だもんな。

 そうやって話している間にウォームアップが終わる。

 ライダーたちは自身のグリッドでアクセルを吹かしている。

 周りを威圧するように各々のエンジン音が響くこの瞬間が好きだ。

 そして、赤いシグナルが消えた瞬間——全マシンが一気に飛び出した。


 『さぁ! 始まりました6戦目サミノサーキット! 良いスタートを切ったのはやはりやはりポールポジションを獲得した月待選手!』


 スタート直後の連続コーナー。意外にもマシンが複雑に絡み合うことなく、すんなりと列が出来上がる。

 リュウは上手くスタートを切り、2番手。後ろはヨネミツ。


 「危なかったわね」

 「序盤のコーナーでライン外したから抜かれるかと思ったぜ」

 「取り敢えずはシンちゃんの予想通り?」

 「まぁな。ただ、ヨネミツの前に出られたのはデカい」


 レースの序盤は俺の予想通り、ゴウが少しだけリードし、後ろにリュウとヨネミツが連なっている。ヨネミツの後ろは早々に距離が離れた。

 

 「本当に3人が抜け出しちゃった」

 

 ミヤビが横で目を丸くしている。

 最初は抜け出していたゴウだが、少しずつリュウとヨネミツが追い上げ、団子状態に。

 1周目を終え、最初に仕掛けたのは、


 『おっと! ここで米満選手が龍崎選手の前に出る!』

 『空いたインに綺麗なラインで入り込みましたね』


 ヨネミツだ。コーナーの出口で膨らんだリュウのインサイドを突いた。

 

 「「あっ!」」

 

 ミヤビとレンが揃えて声を出す。


 「いや、平気だ」

 「そうね。あの程度なら」


 抜かれたリュウは次のコーナーをそのまま越えると、前輪が浮くほど加速してヨネミツの右に並ぶ。

 そう、次に待っているのは右コーナー。

 

 『ここで負けじと龍崎選手が抜き返した! 月待選手を追い掛ける形に戻ります!』


 序盤から熱いバトルを繰り広げるレース展開に実況席も観客席も盛り上がる。

 次の周回でも同じようにヨネミツがリュウを抜かす。

 だが、リュウが直ぐに抜き返してしまう。

 

 「焦ってるわね」

 「だな。このコースだと抜いても直ぐにコーナーが来るから差が出来にくい。無理に抜いてラインを崩せば本末転倒だ」

 「ツッキーさんも苦戦しちゃってるね」

 「元々苦手なコースよ。大逃げなんて期待してないわ」


 バトルを仕掛ければ、仕掛けた方も仕掛けられた方もタイムを落とす。

 しかし、ゴウとリュウたちの距離は序盤とそれほど変わっていない。

 いや、寧ろ。


 「ケイが近付いてる」


 リュウがヨネミツとの距離を離し、ゴウの後ろにピタリと張り付く。

 そこから短いストレートでしっかりと速度を上げて横並び。左コーナー手前でスパッとゴウの前——先頭に躍り出た。


 『ここで龍崎選手が切れ味の鋭い走りを見せます。しかし、月待選手も黙っていない!』


 ゴウの前に出る為に加速したリュウはコーナー出口で大きく膨らんだ。

 慌てることなくゴウは空いたインを走り、先頭に復帰。

 

 『いえ、まだ分かりませんよ?』


 解説の声と同時に歓声がワッと響いた。

 再びリュウがコーナー出口で前に出ると、ゴウも負けじとインコースを果敢に攻める。

 しかし、次はゴウが攻め過ぎた。


 「あれじゃ膨らみ過ぎてる!」

 「行けリュウ! チャンスだぞ!」


 今度は出口付近でリュウが順位を入れ替え、トップに。

 10コーナーで抜いたのは狙ったのか偶然か。どちらにせよここから高速コーナーの連続だ。

 さっきみたいに細々としたコーナーでは差が付けにくいが、このタイミングでのパッシングはデカ過ぎる。

 リュウもそれを理解している。

 一気にアクセルを開け、後続を置いてけぼりにしようとする。


 「ヨネミツさんが来てる。あのままじゃツッキーさんが危ない」

 

 リュウしか見えてなかった俺の耳にモエの声が届いた。

 

 『おっと! 14コーナーで米満選手が2番手に!』

 『少し遅れているように見えましたが、流石ですね』

 『『『うぉおおおおおおお!』』』


 前年度優勝者と準優勝者、ポッと出の最速ルーキー。

 注目度が高い三つ巴の激しいバトルに観客のボルテージは一気に最高潮まで引き上げられる。

 

 「くっ……!」

 「シヅ、水分補給忘れんなよ。まだまだ周回数は残ってるぞ」

 「分かってる」


 拳を強く握り締めていたシヅは気を紛らわせるように水を流し込む。 

 ポールポジションを取れれただけに、序盤で先頭を奪われたのはここが苦手なゴウにとって痛手となる。

 ゴウの出出しの加速がイマイチなのは体重体格か……アクセルワークか。

 その後もリュウはリードを続け、ヨネミツに近寄らせない走りを見せる。ヨネミツとゴウの距離も離れてしまった。

 逆に後続は10数周の間に離れていた距離を縮め、ゴウの後ろに迫っている。

 

 「ツキマチ先輩頑張れ!」

 「部長! 頑張れ!」

 「表彰台くらいは乗りなさいよ……! 意地見せろ!」

 「そうだそうだ! リュウともっと面白いバトル見せろ!」

 「いや、今からトップはキツいんじゃない?」


 モエに否定されてしまった。モエが言うからこそ説得力があるな。

 だが、そんなことはどうでも良い。

 気持ちが大事なんだよ気持ちが!


 「ゴウさん頑張れ! 表彰台だー!」

 

 そんな俺たちの声援が少しでも届いたのか、ゴウのペースが上がる。

 その周回ではファステストを叩き出す。


 「良いわよ。ここからここから!」

 

 これから良い流れが来る。

 ピットの誰もが、実況席ですらそう思っていた。

 

 ——その時までは。


 それは一瞬の出来事だった。


 「——!?」


 息を呑んだのはシヅか、ミヤビか、それとも俺か。

 11コーナーに差し掛かったところでゴウがリアタイヤを滑らせ、転倒。丁度直線でのクラッシュに体はコース外には出て行かず、後続2台がゴウの体を乗り上げた。

 

 「ゴウっ!」

 「あれはまずい!」

 

 ガバッとシヅが立ち上がる。

 突然のアクシデントにミヤビとレンが固まり、モエも口を手で覆っている。

 後続2人もクラッシュし、コース外へ投げ出されているが、まだ動いてるのが見られる。ゴウはだらりとして動いてない。

 レッドフラッグ……リュウも直ぐに戻ってくる。

 俺は急いでスマホを取り出す。


 「もしもし!? ユウキちゃんか?」

 『お? どうした? レースが終わるにはまだ早くないか?』

 「今直ぐ戻ってきてくれ!」

 『あ? なんで?』

 「良いから早くしろ!」

 『……分かった。今直ぐ戻る』


 ユウキちゃんに電話をし終え、シヅの手を引っ張り、ピットから出る。


 「ちょっ! シン!?」

 「そろそろだ」

 「シン君! レッドフラッグって何があったの!?」


 案の定、大声を出しながらリュウがピットに戻ってきた。

 バイクのエンジンは元気なままだ。

 俺はリュウからハンドルを預かり、降りるように促す。


 「詳しい話はモエに聞いてくれ。タンデムシートはないけど乗れるだろ?」

 

 テールカウルを叩くと、シヅはハッとして跨った。

 

 「怒られたら一緒に謝る。だから全力で行って」

 「分かってる。ちゃんと掴まってろよ!」

 

 俺は全速力でバイクを走らせた。

 シヅを一刻も早くゴウの傍に居させる為に。

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