第26話「安全を祈る」


 栃木県にある安住神社。別名バイク神社。

 道の安全を守る神様が祀られていたことで交通安全の神様として親しまれたことやその他諸々の事情があり、バイク神社と呼ばれるようになった。

 俺たちが走るのサーキットなので交通安全と言われると微妙ではあるのだが。


 「普通、来るなら開幕戦前じゃね?」

 

 今更感はそれなりにあった。

 もう次で折り返しだぞ。


 「そんなこと言っちゃ駄目だよ。神様に見放されちゃう」

 「そうだぞ。神様に見放されて転んだらどうする?」

 「転ぶのを心配するのは俺じゃなくて2人なんだよ」

 

 別に俺が公道で転ぼうがどうでも良い。

 レースで2人が転ばない方が重要だ。今のところリュウにクラッシュはなく、ゴウもクラッシュはあれど大きな怪我に繋がっていない。

 これからずっと怪我なく……は難しいが、せめて死なないで欲しい。


 「折角来たんだ。ぶつくさ言ってないで行こうじゃないか。こうやって3人で話す機会も珍しいしな!」

 「そうそう。楽しもう。そしてご利益を貰おう!」

 「おいおい走るな。人多いんだから迷惑だろデカブツ」

 「誰がデカブツか!?」


 ツッコミを返しつつ、ゴウは走る足を止め、リュウも歩きに切り替える。

 折角神社に来たと言うなら少しは落ち着けないのか。慌ただしく参拝するもんじゃないだろ、神社。

 しかしながらミヤビが居ないのは本当に珍しい。

 今日はレースの安全祈願と言うことで安住神社に来たのだが、メンバーは俺とリュウとゴウだけだ。

 モエはミヤビと一緒に動画撮影。

 レンはホンダ親子にバイク整備のいろはを教わっている。


 「こうやってシーズン中に大きく羽を伸ばしたのは久々だな」

 「今までどうしてたんだよ」

 「おシヅと居ると結局バイクバイクで休息感は薄かった。なんだかんだ走りに行っちゃうんだよな」

 「シン君が完全なる休息を与えてくれなかったら私もミヤビちゃんのところか大洗で走り回ってたね。確実に」

 「休息ってそんな神々しいもんだったか?」


 一応、バイクを使ったトレーニングは今日まで禁止している。

 ひたすら乗って乗って感覚を覚えるのも悪くない。しかし、体力にも限界があるから俺は休む時間はしっかり取る派だ。

 その話をシヅにしたら栃木に来たら、と言われたので皆んなで小旅行である。

 俺たちは手水舎で清浄し、参道を歩く。

 しゃり、しゃり、と玉砂利を踏む音が鳴る。


 「この音、心に優しいな」

 「ここに来ると落ち着けるんだ。最早オレとおシヅは常連だな」

 「うん。バイクに跨ってる時とは違う安心感」

 「バイクに跨ると安心するのか……まあその気持ちは分かる」

 「でしょでしょ!」


 参道はそれほど長くない。あっと言う間に拝殿に着いた。

 

 「さて、シンは何を願うんだ」

 「2人の安全」

 「じゃあオレはケイちゃんの勝利を」

 「なら私はゴウさんの勝利を」


 お互いに自分自身の勝利を願えば良いのに。

 まあでもリュウとゴウらしい。

 

 「えっと、一富士二鷹三茄子?」

 「初夢じゃねぇんだぞ」

 「二礼二拍手一礼だな。まあ年代や地域、神社によって変わるらしいけどオレとおシヅはいっつもこれだ」


 ゴウはポイッと賽銭箱に小銭を投げ入れ、参拝をする。

 俺もそれに続き、リュウは俺たちの真似をして最後にお辞儀を終えた。

 ちょっとでもご利益があれば良いな。


 「御守り! 私御守り欲しい!」

 「授与所はあっちだ」

 「お先に行ってきます!」


 1人でそそくさと走り出すリュウ。

 

 「ケイちゃんは折り返しでも楽しそうだ」

 「ゴウは楽しくないのか?」

 「楽しいさ。レースに出られて、仲が良いながらも競い合えるケイちゃんみたいなライバルが居る」

 「ポイント差は割とあるけどな」

 「はは、それを言うな。これから巻き返すさ」


 授与所で御守りの品揃えに右往左往するリュウを眺め、ゴウは話を続ける。


 「でも、もう折り返しなんだと思うと寂しいんだ」

 「終わりが近付くから、か」


 リュウはレースに出られる嬉しさで数を追う毎に楽しさが増している。

 だが、ゴウは楽しみながらも最後が訪れることを惜しんでいるらしい。来年はもうないから余計そう感じるのかもしれない。

 

 「シン含めて色んな人に期待されて、笑顔で一直線に進んでいけるケイちゃんが羨ましいぜ。その点で言うとヨネミツは少しばかり気の毒な部分もある」

 「ヨネミツ?」

 

 思いも寄らぬ名前が出てきた。

 

 「あいつは昔っから親の圧が凄いらしくてな。ライダーになる為に育てられてきたらしいぞ」

 「……あれで?」

 「そこは言ってやるな……シンが言うと洒落にならない」


 ヨネミツが小さい頃からライダーとして育てられてきたとは初耳だ。

 技術は感じられるが、俺とモエは名前を聞いたことがない。

 大分遅かったんだろうな。それでずるずる高校選手権か。


 「あいつは親の期待に応えたい一心で勝つことに執着している。勝つことだけが自己を保つ唯一の手段なんだ」

 「難儀なもんだな。親も子も」

 「そう、だな。考えれば考えるほど解けない難問ばかりだ」

 「だからと言ってあの態度はないだろ。あんなんで上には行けねぇぞ」

 「それは間違いない」


 身の上を知っても擁護する気になれないのはゴウも同じようだ。

 子どもは親が居なきゃ生きられない。だから親の期待や意思に従うべきなのか、自分のやりたいことを突っ走るのが良いのか。

 理解を得られないと突っ走れないのも大変そうだ。

 残念ながら俺にその気持ちは分からない。


 「シン君、ゴウさん! はいこれ、2人の分!」

 

 そこへ御守りを見に行ったリュウが戻ってくる。

 俺たちの分も貰ってきたようで、手渡されたのは。


 「御守り……ステッカー?」

 「そう! 皆んなの分もちゃんとあるよ! ミヤビちゃんとモエちゃんとレンちゃんはこれ!」

 

 ステッカーとは別にリュウはヘルメットを被ったてるてる坊主のストラップを取り出す。

 ミヤビとモエはバイクにステッカーを貼りたがらない。

 レンはそもそもバイクを持ってない。 

 周りを良く見てないと出来ないチョイスだ。

 

 「何も考えてないように見えてちゃんと頭使ってるんだよなぁ」

 「いやぁ、それほどでもぉ!」

 「ケイちゃん、多分半分くらいは馬鹿にされてんぞ」

 「えっ! そうなの!?」

 

 やっぱり何も考えてないのかもしれない。

 リュウはむーっと頬を膨らませて俺を睨んでいたが、やがてパッと元の表情に戻る。


 「ま、良っか! 何も考えずに楽観的な方が生きやすいってテツ君も言ってたし」

 「あんな奴の言うことを真に受けるな」

 「ミヤビちゃんも言ってたし」

 「あんな奴の言うことも真に受けるな」

 「それなら誰の意見なら真に受けられるの!?」

 

 楽観的が服着て歩いてるようなテツと楽観的でもどうにか生きていけるポテンシャルと抱えたミヤビの意見なんかアテにならない。

 誰の意見なら良いかと言われると。

 

 「シヅだろ」

 「ですよねー!」

 「オレはどうだ!?」

 「はぁ、もうそう言うことで良いよ」

 「なんで面倒臭くなってんだ!」

 

 さっきまでは神社の落ち着いた雰囲気に心が安らいでいたはずなのに。

 2人が騒がしくなると一気に普段の日常と変わらなくなる。

 悪くはないけどこんな場所に来ても趣がなくなるのはちょっと考えものだな。

 また機会があれば今度はモエを連れてくるか。周りが居るとドギツイ下ネタで揶揄ってくるけど2人の時はそんな揶揄い方はしてこない。

 

 「明日からトレーニング再開だな」

 「そうだね。凄い楽しみ! 何やる何やる!?」

 「ミヤビのとこでダートで良いか」


 こっちから帰るのにも疲れる。近場でそのまま泊まれるミヤビの家が良い。

 

 「オレもミヤビちゃんの家のコース走ってみてぇな! 次のレースが終わったらオレたちが茨城に遊びに行って良いか?」

 「マジで何もないぞ」

 「シンたちと一緒であることが大事なんだよ」

 

 無邪気に笑って見せるゴウは本当に楽しそうだ。何処に行くかより誰と過ごすかの方が重要らしい。

 名所名所……あの中華屋には連れてってやるか。きっとゴウなら楽しめる。


 そして、レースの日はやってくる。


 


 

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