第25話「シヅの父親」
トイレを済ませ、部屋に戻る途中でふと店内の様子が目に入った。
ミヤビのZ1の点検をしているシヅの父親の姿。
最初はふにゃふにゃしてて柔らかい雰囲気でシヅとは似ても似つかないタイプだと思った。
しかし、今は。
バイクに向き合うシヅの父親は真っ直ぐにバイクを見つめ、手を動かしている。
何か他の要素に気を取られることなく整備にだけ集中しているその姿はとても格好良く見えた。
暫くぼーっと整備を眺めているとこちらに気付いた。
「うん? どうかしたかい?」
俺は靴を履いて店の方に降りる。
「すっごい真剣に整備してるなって思いまして」
「そりゃそうさ。バイクはとても危険だ。事故れば紫月のように傷を負うリスクだって死ぬリスクだって車に比べたら高い」
「ですね」
「避けようのない事故は事故だ。でも整備不良による事故は絶対にあってはならない。だから整備士として決して手を抜く訳にはいかないよ」
そこで俺は今までの印象が間違いだと確信した。
普段は柔和ながらもバイクの整備に関しては一切の甘えを許さない完璧を求めるその姿勢は間違いなくシヅに受け継がれている。
シヅのきっちりした性格はこの仕事ぶりを見て形成されていったのだろう。
であれば小学生時代にやっていたバスケでの出来事も理解出来る。
「それだけ大事に診てもらえればバイクも嬉しいと思います」
「世界チャンピオンにそう言って貰えて嬉しいよ。僕は瓦木君のファンだからね」
「やっぱり知ってたんですね」
「僕がと言うよりは紫月と豪君が好きでね。毎レース、うちに泊まり込みで見に来ていたよ」
昔の二人を語るホンダさんは楽しそうで何処か寂しげだ。
「ところでこのZ1は誰のなんだい?」
「あの身長がデカい、アジキミヤビって言うんですけど。ミヤビが欲しいって言うんで俺があげました。元々乗ってもいなかったので」
「へぇ……そう言えば瓦木君も750RSを持ってるとインタビューで聞いたんだけど今日はモンスターなんだね」
俺、インタビューでそんなこと言ったかな。全然覚えてない。
テレビのインタビューでそんな話は出なかったはずだからなんかの番組か、もしくは雑誌だろう。
「モエが一緒にしてってうるさくて」
「可愛い子に囲まれていて羨ましい限りだよ」
「何言ってるんですか。結構大変ですよ」
「でも、嫌いじゃないんだよね?」
「まぁ、今までは大人たちと接することが多かったので」
小さい時からレースをしてて、世界にも行っていた。
ピットの中は当然大人だらけで同年代がいるとしたらライダーでライバル。チームの方針で他のライダーたちと関わることも少なかった。
日本に戻ってきた時はマジで同年代との接し方を忘れかけていた。
モエが居なかったらコミュ障待ったなしだったぞ……。
「あ、そうだ。ゼッツー見たいなら写真ありますけど」
「是非見せてほしい!」
根幹は一緒でも面の性格はシヅと真逆である。
スマホのカメラロールからパパッと探して手渡す。
「おぉ……! これは良いね! 派手にイジらずハンドルを低くして、マフラーもヨシムラで……キャブはTMR! 火の玉カラーが輝いてるっ!」
「正直キャブはFCRでも良かったんですけどヨシムラで合わせたいと思って」
「そう言うこだわりが出るのは良いよ。好きだよ」
セッティングに死ぬほど苦労したけど、その分完成した時の達成感はあった。
「ありがとう。見せてくれて」
「今度は乗ってきますよ」
「それは嬉しいね。ところで豪君は元気にやってるかい?」
「ゴウ……ですか? やってますけど」
正直何故そんな質問をするのか分からなかった。
ゴウを昔から知っているのなら心配する必要はないように思える。だって普段があんだけ元気に溢れているのだから。
「なら良いんだ。豪君はとても凄い人だ。多くの人を惹きつけ、引っ張っていく才能をひしひしと感じる」
「ライダーとしての才能も俺が保証しますよ。あーあ、高校出たら復帰しよ。それでリュウとかゴウと走れたら良いな」
どうしようか迷っていたが、リュウやゴウが闘志を燃やして楽しく走っている姿を見ていると俺まで走りたくなってしまう。
世界レベルにまで成長した二人と。
ホンダさんはそれを聞いて、ちょっとだけ困ったように微笑んだ。
「そうなってくれると良いんだけどね」
「世界が舞台じゃまだまだ分かりませんよね」
「そうだね。まだまだ分からないことばかりだよ」
「それじゃ、俺はそろそろ戻ります」
「あぁ、そうだね。8月になればまたレースだ。頑張って」
「それはリュウとゴウに言ってやってください」
別に俺は見てるだけだから、と返すより先に。
「頑張るのはライダーだけじゃない。瓦木君なら分かるだろう?」
「勝負しているのはチームってことですよね」
「そう言うこと。じゃあゆっくりしていって」
「はい」
俺はそう答えて皆んなの居る部屋に戻った。
ゴウの顔に似合わぬ綺麗なピアノの演奏はまだ続いていた。
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