第24話「現在のポイント」
「到着。ここが私の家よ」
のんびりツーリングを楽しみながら向かっていた目的地はシヅの家。
個人店舗にしてはかなり大きな店で看板には『モーターサイクル—アトリエ—』と書かれていた。
バイクの工房をアトリエと称するなんて洒落てるな。
「ここがシヅキの家。でっかいねー」
「広いのは店で、家は普通よ。話を聞く限りだとアジキさんの家の方が広いと思うわよ」
「ミヤビちゃんの家は……ねぇ?」
「まあ、和風豪邸と言っても過言」
「そこで切るなー! 意味変わっちゃうでしょうがー!」
家の広さと敷地の広さでミヤビに敵う奴は中々居ない。少なくとも敷地に関しては農家でもない限り無理だろう。
ただ、シヅの家も家でバイクを並べとかなきゃいけない為、それなりに広い。
「バイクはここの正面から入って適当に店内に置いてくれれば良いわよ」
そんなことをシヅがサラッと言えるくらいには広い。
「おっす! お邪魔しまーす!」
慣れているのかゴウが威勢の良い挨拶と共に店内に入る。
シヅの家は初めてで、しかも店側から。あのリュウとミヤビですら一番乗りで入るのを躊躇っていたが、
「お邪魔しまーす!」
「待ってケイ。置いてかないで。お邪魔しますー」
「お、お邪魔します」
ゴウの後に続いてどんどん入って行った。
ゴウみたいなのが居ると安心する気持ち、分かる。いつもならその役目を追うのはミヤビだけど。
「店側から入って大丈夫なのか?」
「大丈夫。今日、定休日だから。皆んなが来るからシャッター開けて貰っただけよ」
「それ先に言っといてやれよ」
「でもでもシンちゃん。ちゃんと看板に定休日書いてある」
モエが看板を見ながら言った。
確かに看板には定休日と営業時間がしっかり書かれている。
「何言ってんだ。夏休み期間の学生に曜日感覚なんてある訳ないだろ!」
「そこはしっかりしなさいよ」
「シンちゃんのことだから漫画アプリで何の作品が更新されてるかで曜日把握してそうだよねぇ」
「え、エスパー!?」
「馬鹿やってないで早く入ってくれない?」
シヅに怒られ、俺とモエが並んで入る。
「お邪魔します」
「こんにちはー」
「「おぉ……」」
入った瞬間、モエと一緒に感激の声を出してしまった。
店内には数々のバイクが並べられていて、独特の油臭さがある。とても良い。
バイクを邪魔にならそうなところに置いていると最後に入ってきたシヅの声を聞いて店の奥から誰か出てきた。
「お、いらっしゃい。ごめんねぇ。奥で作業してたから気付かなくて」
油で汚れたツナギを着た柔らかい雰囲気。ぼさぼさになった髪を手でなんとか纏めようとしているが、纏まらない。
多分、シヅの親父なんだろうけどイメージと違った。
なんかもっとこう……頑固親父っぽいのを想像してた。
「うっす店長! この子がケイちゃん! オレのライバルだ!」
「初めまして!」
「フカサクレンゲです。お、お邪魔してます」
「そんでこっちがミヤビちゃんだ!」
なんでシヅじゃなくてゴウが紹介してるんだろう。
「それでこっちの二人が」
「瓦木君と篠原ちゃんだね」
「シン君たちのこと知ってるんですか?」
「そりゃあ勿論、知って——」
「……パパ?」
「……るさ。紫月と豪君から良く話を聞くからね。ははは……は」
シヅに睨まれ、勢いを失ったパパさん。
そうか。俺が嫌がるのを知ってるからシヅに口止めされてるんだな。モエは配信者だし別に知っててもおかしくないと思うけど、シヅが知ってたし小さい時の頃も知ってるとしたら口を滑らせそうだ。
「まあとにかく上がって。皆んなのバイクの点検をしておくよ」
「と言う訳だからどうぞ上がって……ってどうしたの?」
動こうとしないリュウやミヤビたちにシヅが首を傾げる。
「パパ……」
「パパ」
「パパ呼びなんですね……」
「う、うるさいわね! 別に良いでしょ!」
顔を赤くしてムキになるシヅを俺たちは和やかな目で見つめていた。
その後何故か俺とゴウだけ殴られた。
「良し、じゃあ現状をサラッとおさらいしよう」
高校選手権も既に五戦が終わり、それなりにポイントが重なってきた。
今までは変に意識し過ぎないように言ってなかったが、そろそろ自分と周りのポイントを把握しておかないと走りに緊張感が出なくなる。
「と言う訳でレン頼んだ」
「今の流れでワタシですか!?」
「ポイント集計はしてくれてるかなぁーって。俺もやってるけど脳内だし、現状のポイントしか分からないからさ」
ポイントの話をするとはレンに伝えておいたので、分かりやすい表を作ってくれているはずだ。
「一応表にはしているので、今出しますね」
流石はレン。マネージャーとして最適解をオールウェイズ叩き出してくれる。
レンはリュックから一枚の紙を取り出す。
そこには何故か水着姿の女性の姿がデカデカと写っていた。
「あっ、間違えました。これは兄がもしもを備えて持たせたポスターです」
「何のもしもを想定してんだよあいつは」
この妹に対して兄の思考回路が意味不明だ。
「本命はこちらです!」
レンの作った表には横にポイントの内訳も書いてある。
1位——25ポイント。
2位——20ポイント。
3位——16ポイント。
4位——13ポイント。
5位——11ポイント。
そこから下は1ポイントずつ減っていき、15位までがポイント圏内。それ以下はノーポイント。
「えっと、まずゴウは3、2、8、4の1回クラッシュだから57ポイント」
「リュウザキ先輩は2位が3回、1位、4位なので98ポイントですね」
「んでヨネミツがトップ4回の2位が1回で120ポイントか」
「ヨネミツチームがポイントリーダーでその次がケイ。3番手が広島のゼッケン92でその後ろにツキマチさん……」
ミヤビが表の順位を指差しながら声に出し、俺たちを見る。
「これってどうなの?」
「順位のまま見てくれれば大丈夫だよ。かなり良い方だけどまだ5戦だけだから油断は出来ないね」
ミヤビの問いにはモエが答えた。
ポイントランキングで邪推する必要はない。そのまま数字が大きい方が勝っているだけのこと。
ただ、モエの言う通りまだまだ5戦。
ポイントをひっくり返すことも出来れば、ひっくり返されることもある。
特に避けたいことと言えば。
「ノーポイントはうーんって感じ。ゴウさんも順位は悪くないのに1回だけのクラッシュが痛い……」
「そうだなケイちゃん。クラッシュでのリタイアは何としてでも避けないとな。オレみたいに体が丈夫ならまだしも怪我の恐れがある」
「怪我の恐れはゴウでもあるだろ」
まるで自分は怪我をしないと言いたげなゴウにツッコミを入れておく。
ゴウは麦茶を飲み干し、豪快に笑った。
「はっはっは! 他に比べれば丈夫な方だ!」
「だからと言って無理な走りをして良いとでも?」
「お、おう。それに関しては反省してるぞ……だから睨むのをやめないか!」
シヅの言う無理な走りはリュウが初勝利を飾ったラグナサーキットのことだろう。
コークスクリューを攻めるのはリスクがあるのにリュウに触発されたゴウは派手に走ってずっこけた。
追い付こうとするのは分かるが、あの時のゴウは完全に自分の走りを忘れていた。
単純にリュウと勝負しに行って、やらかした。
「ツッキーさんは結構リスキーな走りだよねぇ。豪快に行くから抜けはするけどその後にライン崩して抜き返されちゃう」
「リュウみたいにバチバチにやり合うタイプとは相性良いけどヨネミツみたいに自分のペースを崩さない奴はハマらないんだよな」
「その分、コース幅が広いサーキットは得意だぞ!」
後はアクセルをガバッと開けられるサーキットもゴウは得意そうだ。
「次のサーキットは相性最悪ね」
「次は兵庫のサミノサーキットですよね。どんなサーキットなんですか?」
レンは昨年のレースを経験しているゴウとシヅに聞く。
あぁ……確かあのサーキットは。
「あそこは直線が短くてコーナーが多い小型のサーキットで、要するにコーナーが多くて直線が短いサーキットだ!」
「全然要せてませんけど」
「初手が要してたのに言い換えようとするからよ」
「コーナーが多いとどうにかなるの?」
次に質問を投げかけたのはミヤビ。
「簡単に言えば疲れやすいのよ。アジキさんも何度かサーキット走ったことあるならストレートとコーナーでどっちが大変かは分かるでしょう?」
「あー、そう言うこと」
基本的にライダーはコーナーで体を使って、ストレートでそれを少しでも休める。
次のサーキットはその直線が短いから体を休めるポイントが少ないのだ。
「それにあのサーキットは路面が悪いの。コーナーが多いのに路面が荒れてるから危ないんだよね」
「何よりそれだ。サミノが1番苦手なんだよ。どうしたもんか」
ピッチャーの麦茶を注ぎながらゴウが唸る。
路面は滑りやすいしコーナーまみれで直線少なめ……ゴウの走りの良さをこれでもかと潰しにきているようにしか思えないサーキットだな。
そんでこれだけ疲れるし滑るし、難しいと言っているのに。
「うわぁー! 楽しそう!」
リュウはスマホでコースに目を奪われていた。
「ケイちゃんは得意そうだよな」
「オフロードをオンロードマシンで走れるからね。ケイは凄いんだから」
「褒めてくれるのは嬉しいけどいつもミヤビちゃんが得意げなのはなんで?」
「友達が褒められたら嬉しいってだけ。ねぇねぇそれよりも! なんかしようよなんか! 休みに来たのにずっとレースの話じゃ疲れちゃわない?」
「賛成! なんかしようよなんかっ!」
ミヤビの提案にモエが乗る。
休みを取って、折角集まったのだから遊びたいと言うのは分かる。だが、なんかって何だ。
リュウはゴウの顔を見て、言う。
「この辺に遊べるサーキットありますか?」
「おうあるぞ!」
「いやいやいや! もう疲れたからバイクは勘弁して!」
「運動もしてたしな。モエも割と限界近いだろ」
「シンちゃんはわたしの理解度が流石。もうこれは体の相性も心の相性もバッチリな運命の白い液で結ばれてるねっ!」
「オブラートに包むなら包んでから喋れよ。包みながら喋るな」
「なんか最後らへんオブラート突き破ってるわよ」
赤い糸が白い液に変わると生々しさが凄い。その表現は最初で最後にして欲しい。
「リラックスと言うのならオレが人肌脱ぐとしよう」
「「「えっ」」」
「服は脱がねぇからな!?」
なんだ。脱がないのか。
オブラートじゃなくパンツを突き破らないか焦ったけど杞憂だったようだ。杞憂じゃなかったら困るけどな!
そうして立ち上がったゴウは部屋の片隅に置いてあったアップライトピアノの前に移動する。
「さ、何弾いてほしい?」
「カンパネラ」
「初手からドギツイ注文だなミヤビちゃん。まあ任せろ!」
ゴウは両手を握ったり開いたり繰り返し、指を鍵盤に置き——叩く。
冗談だと思ったが、ゴウはカンパネラを弾き始め、ミヤビやリュウが大きく目を見開いた。
最初はガタガタだった音色が段々と滑らかな演奏に変わっていく。
「意外過ぎる特技だな」
「意外と意外でもないのよ」
シヅの言葉の真意は読み取れなかった。
「それよりもちょっとトイレ行きたくなっちった」
「部屋出て右に行けばあるわよ。分からなかったらパ……父さんにでも聞いて」
「……パパ」
「殴られたいの?」
「ささっ、トイレトイレー!」
俺は逃げるようにして部屋を出た。
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