第23話「夏休みに一息」
三戦目で初優勝を飾ったリュウはその後に続いた四、五戦を二位で終えた。
今の時期は七月下旬、夏休み。
二度目の勝利を飾れはしながったが、好成績を残しているリュウに休息と褒美を兼ねて、俺たちバイク部一行は栃木まで遊びに来ていた。
「はい一点貰い!」
「くっそぉ! 次だ次! ボール回してくれ!」
クーラー付きの体育館で激しいバスケバトルが繰り広げられている。
ハーフコートの二対二。ミヤビとレンのコンビとゴウとリュウのコンビが和気藹々とバスケを楽しんでいる。
「良くやるなぁあいつら……俺はもう疲れたぞ」
「レンゲがバスケ経験者だったなんて驚きだわ。にしても……ミヤビが強いわね」
「あいつは何やらせても大体強いからな」
「逆にあのコンビに対抗出来てるツッキーさんとケイちゃんも凄いねぇ」
かれこれずっとバスケだのバドミントンだのやって、あのシヅですら疲れてるのにモエは息も切らさずニコニコと試合を眺めていた。
流石に汗はかいてるな……ちゃんと人だ。
「なーにー? そんなに見つめちゃって。こんなところで欲情されてもわたし、困っちゃう」
「欲情してねぇ! ただ体力あんなって思っただけだよ」
「抜群のスタイルを維持する為には色々と必要だから。それなりに力もないと大型バイク乗れないんだもん」
「人気者はそれなりに頑張ってるってことね。そのストイックさ、益々ライダー志望じゃないのが悔やまれるわ……」
レースを見るのが好きなシヅはモエのように才あるライダーの走りを見られないのが悔しいらしい。
そうだな。モエがあのままレースを続けていたらどうなってたのか気になる。
「もしかしたら俺より」
「それはないよ」
俺の言葉を遮るように言って、首を振るモエ。
「あのまま続けてたら直ぐにシンちゃんが追い抜いてたと思うよ。今のゴウさんが一歩足りないのと同じで、わたしは逆にバイクが大きくなったら勝てない。動画で色んなバイクに跨ってると分かっちゃうんだぁ」
「こんなバイク、スピード出して操れない……ってか」
「そう。市販車でそう感じるんだからレース用マシンなんか絶対無理だよ〜」
確かにモエは身長が小さく、百五十四しかない。胸はそれなりに大きいが、高校生になっても女の子っぽさが目立つ華奢な体だ。
昔は良く風邪を引いていたし、怪我の治りも遅かった。
今はスタイル維持の運動の影響かそれなりに改善してるみたいだが、根本が変わってなければレースには向かない体質と言える。
「でも」
モエは小悪魔のような笑みで俺を見る。
「わたしはバイクが大好きだし、シンちゃんと一緒ならなんでも楽しいもんね。それにベッドの上ならわたしが跨る方かもしれないしぃ……ね?」
「なぁ! ミヤビより返しにくい下ネタぶっ込んでくるの辞めてくれよ!」
隣でシヅがゴミを見るような目で俺を見ている。
なんで俺なんだよ! モエの方が悪いだろうが!
「えー? わたしはずっと昔からシンちゃんと結婚したいって言ってるのに」
「二人は付き合ってるの? 別に幼馴染の関係を考えれば変じゃないでしょうけど」
「付き合ってない。そもそも今は俺たちしか居ないから良いけど人気投稿者なんだからそう言う発言気を付けろよ。ガチ恋勢がキレるぞ」
「あー、ササハラさんの視聴者結構居るわよね。投げ銭勢とグッズ全部買います勢」
レース経験者でディープなバイク好きのモエの動画はちゃんとしたバイク好きの視聴者も居れば、容姿に釣られて見ている視聴者も多数居る。
そんな奴らは当然バイクはおまけでモエ目当て。
ガチ恋して気を惹く為に貢いでる奴もまあまあ居た気がする。
「別にわたしはアイドルのつもりないし、もしガチ恋してるならやり方が間違ってるよね〜。グッズはあくまでわたしが欲しい物を勝手に作ってるだけでファンの子たちが使ってくれたら嬉しいなってだけなの」
「投げ銭コメントもオフに出来るならしたいとか言ってたよな」
「うん。もし本当にわたしが好きならバイクに乗って、何処かに行くこと。そうすれば偶然撮影中のわたしと出会えるかもしれない」
「バイクの良さを伝えたいって活動も進むことになるわけね」
「貢ぐだけならそれは愛じゃなくて崇拝だよ。それにグッズは利益考えた値段設定にしてないし、普通に動画を見てくれたり、評価してくれたりするのが一番」
これはモエが良く言っている理論だった。
お金を多く落としまくる人が居ると、そうじゃない人はどうしても自分はあそこまで出来ない、と卑下してしまう可能性がある。
動画と言うネット環境があればタダで見られるコンテンツにお金を落とすことをあまり考えてほしくないと言うのがモエのスタンスだ。
動画を見てくれる人は総じて等しいファン理論である。
そこにどれだけお金を落としたかはどうでも良い訳だ。
「それやるならバイク用品とか買って欲しいっていっつも言ってるよな」
「バイク啓発活動してるのにわたしにばっかりお金が集まっても困っちゃう」
その容姿じゃ仕方ないと思う。
バイクに乗るのには金が必要で、生活するにも金が必要だし稼げるならそれはそれで良いと思うんだけどそうならないのがモエだもんな。
バイクを全力で楽しんで、それを広めたい。
後はそれなりの生活が出来れば稼ぎは気にしない。やっとバイクの免許が取れて本当に楽しそうで何よりだ。
「それであいつらは?」
「まだやってるわね」
「やってるねぇ。わたし、お腹空いちゃった」
時計の短針と長針が真上を向いて重なった。
このまま放っておくと終わらなそうで困る。しょうがない。
「モエは動けそうか?」
「動きたくない、かな」
「んじゃ、シヅ、行こうぜ」
「さっさと終わらせてご飯に行くわよ。ゴウ、ミヤビ、今から昼飯決めの対決するから一旦止まって」
シヅがそう言えば四人はピタリと動きを止める。
「おう! 良いじゃねぇか! やろうぜ!」
「チーム分けどうするー? アタシは負けるつもりないよー?」
「このままで良いだろ。モエは動きたくないから審判。だからジャンケンで勝ったチームがシードな」
「よーし! やるぞ! 監督には負けない!」
「足を引っ張らないよう頑張ります!」
『まさかシンがあんなにバスケ強いとは……』
『おシヅ……フィジカル強過ぎな……』
インカムから憔悴し切ったミヤビとゴウの声が聞こえて愉快愉快。
バスケ対決は俺とシヅのチームが優勝した。
ミヤビが俺をどう見てるのかは知らないが、こちとら世界のルーキーチャンピオンだ。生半可な鍛え方はしてないし瞬発力には自信がある。
何より凄かったのはシヅだ。
ミヤビのセンスだけじゃどうしようもない技術とゴウにすら負けない体幹。
「武道経験者ってすげー!」
『それで一括りにしないでくれる? 武道をなんだと思ってるの』
『もしかしてホンダ先輩、バスケやってました?』
先頭を走るリュウの後ろに乗っているレンが言った。
『小学生の頃ね。世界を目指すとはいかなくてもやるならしっかりやりたいじゃない? でも残念ながら私のやる気に並べる人は誰も居なかった』
『そうだったんですね……でも小学生じゃ』
『ま、しょうがないわよね。今は分かるわ』
話を聞く限り、シヅの負けず嫌いでストイックな性格は昔からなのだろう。
勝つ為にかなり厳しい練習や指示を飛ばすシヅに普通の小学生が付いていけるはずもなく……ってところか。
今は、と言ってるあたり昔は自分と同じパフォーマンスを他人に求めていたんだろうか。小学生らしからぬ性格だし、それで付いてこられる小学生は普通のチームには居ないな、うん。
『結果、一人で何処までも極められるパズル、プラモにハマって最終的には実際のバイクをバラして組み立てるのを延々と繰り返してたんだよな!』
『勝手に店のバイクを使って怒られた記憶があるわ……まあ当然、商品自体に問題はなかったけれど』
『当然……? 小学生がそれやって当然……?』
バイク知識があるリュウの戸惑った声が聞こえてくる。
『実質オーバーホールになってて怒るに怒り切れなかったらしいな! はっはっは! 流石はおシヅ!』
インカムでもゴウは相変わらずの騒がしさ。
個々人でボリューム調整が出来るインカム誰か作ってくれねーかな。バイク行列の最後尾を走りながらそんなことを考える。
それにしてもこう大人数でツーリングをするのは良い。後ろからならみんなのバイクが一望出来る。
先頭にレンを乗っけたリュウ、そこからゴウ、ミヤビ、モエ、シヅ。
スーフォアからZ900RS、Z1の新旧Zの並びが美しい。俺とモエは赤と黒で色違いのモンスター797だ。
シヅはVFR800F……V4のツアラーってチョイスが渋過ぎる。
『ケイ、そこ曲がって。道の駅で一旦休憩しましょう』
『分かったー!』
夏は小まめに休憩を取らないと死んでしまう。
曲がった後はシヅが先頭になり、地元民の案内で道の駅へとバイクを停めた。
シヅに絶対被れと言われて久々に持ち出したヘルメットを脱げば爽快感……はあまりなく、夏の暑さが直に襲ってきた。ヘルメット内よりかはマシだけど。
「うおおお、来た時にも思ったがオリジナルのZは言葉では言い表せない良さがあるなぁ……」
「ふふん! シンから貰ったんですよー!」
カワサキ大好きなゴウが今日で何度目かの感動を見せている。
ミヤビのZ1は漆黒に染め上げられ、絞りハンでバックステップと言う出立ち。
一体何処で覚えたんだそのカスタムは。遥か昔のロックミュージシャンスタイルじゃないか。
「そう? 私は普通にZ900RSの方が良いと思うわよ。インジェクションだし」
「「「えええええ!?」」」
台無し発言をするシヅに対してゴウ、ミヤビ、リュウの三人が声を揃えて叫ぶ。
「何言ってるんだおシヅ! このバイクには今や一千万の価値があるんだぞ!」
「ないわよ。そんな値段出して買うなんて馬鹿馬鹿しい」
「シヅキ! バイク屋の娘なのにこの素晴らしさが分からないって言うの!?」
「バイク屋だからこそ言ってるのよ」
「わたしだったら出して二十万、かな?」
「妥当だな。俺も貰えてラッキーだったよ。今の値段なら絶対買わねぇ」
「モエとシンまでー!」
俺もZ2乗ってるし、格好良さは認めるが現状の値段に関しては認めない。
「あのー、飲み物でも買ってきてからバイク談義しませんか?」
「年下に意見させんなよゴウ」
「そうよ。年長者がリードするのが定石でしょ」
「わたし、お手洗い行ってくるね〜」
「オレか!? オレが悪いのか!?」
約一名マイペースにトイレに行ってしまったが、まあゴウが悪いで良いだろう。汚名を被るのも年上の役目だ……多分。
そうして俺とゴウもトイレを済ませ、外に出ると丁度シヅとモエが居た。
「リュウとレンはもう戻ったのか?」
「うん。なんかバイクを眺めたいって言ってたよ。好きだよね」
リュウはそりゃ好きだろうよ。ただモエも大概だぞ?
「ミヤビちゃんは良く食べるからなんか食べ歩きしてそうだな」
「今から昼飯だっつーのにな」
「暑いし、ソフトクリームでも食べない? ほら、これだけ居ればケイちゃんとレンちゃんにも持っていけるし!」
そんなモエの提案に乗り、居るかどうか分からないミヤビ以外の人数分のアイスを買って駐車場に戻る。
「はー、モエちゃんのモンスターはシンにプレゼントされたのか」
「将来乗る為のバイクが欲しいって言ったら誕生日に買ってくれたんだ〜。他にはZX-25Rも持ってるよ?」
「おお! モエちゃんはカワサキの良さを分かってくれるか! 漢カワサキ! 最強だぜ!」
「本当に長続きするキャッチコピーだよねぇ」
モエは自身が女であることに突っ込まず、笑顔で流す。
女社長になっても尚続く、カワサキと言ったら! のキャッチコピーだ。正直キャッチコピーなのか乗り手が勝手に言い出したのか分からない。
「スズキ乗りが居ないのが寂しいわね。ドゥカティは二人も居るのに」
「リュウのR25は実家置きっぱだからヤマハも居ないけどな」
「SV650、良いバイクよ? 一台どう?」
「増車する予定はないな」
「そう。シンかササハラさんならあの良さが分かると思ったのだけれど残念ね」
残念さなど微塵も感じていなさそうなシヅ。あの話の流れからセールスに持っていったり……意外に茶目っ気あるんだよなぁ。
そろそろ俺たちのバイクが見えてくる頃、リュウとレンの他に二人の人影。
ベテラン……かどうかは分からないけどおっさんライダーだ。
「このCBは君の? スーフォアは重たいからもっと軽いのに乗った方が良いよ」
うーわ……出たマウントおじさんだ。リュウが物凄く渋い顔をしている。
「このZ1かなり綺麗だなぁ」
「ちょっと! 人のバイクに勝手に触らないで下さい!」
もう一人のおじさんがZ1を触ろうとすればレンが遠ざける。
俺とゴウは顔を見合わせ、近寄る。
「オレたちに何か用でもあるのか?」
「人のマシンベタベタ触ろうとしてんじゃねぇよおっさん」
「「おぉう……」」
ゴウが出てきたおかげでおっさん共が軽く距離を取った。
体格が良いだけで威圧になるの便利だな。
「僕らはただ親切なアドバイスをだね」
「そんなの求めてねぇよ」
「良くないな。大人にそんな態度を取るなんて」
うっぜえええ! この上なくうぜぇ!
そんなセリフを吐くなら敬意を払われるような態度を取れよ馬鹿野郎。
「折角大型乗るならやっぱりリッターが良いと思うよ。操れる楽しみが凄いからね」
ぐだぐだ語り出したがわざわざ聞く気も起きなかった。
「排気量だけデカくて心は小さいのどうにかならないの? ロケット3でも乗ったらどう?」
「お嬢さんはVFRか。いやぁ、扱いやすそうで良いね」
「マウントジジイ如きが」
「おっととと! おシヅ落ち着け落ち着け!」
ブチ切れたシヅを俺とゴウで取り押さえる。
シヅが怒ってるんだからさっさとこの場を離れれば良いのにおっさん共は離れようとしない。
これじゃあ仕方ない。
「モエ、頼んだ」
「わたしは排気量とか関係なく自分の好きなバイクを大事に乗ってる人が一番好きだなぁ。おじさんたちもそう思わない?」
「「思う思う。思っちゃうー!」」
面倒臭いおっさんがイチコロだ。やはり可愛いは正義。
そうして俺たちは逃げるように道の駅を出た。
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