第21話「龍が昇る為に」


 第三戦、静岡ラグナサーキットでQ2をを終えたリュウは初のポールポジションを獲得した。


 「良くやったなケイちゃん! 凄ぇぜ!」

 

 そう言うゴウもヨネミツよりも速いタイムで二番手だ。

 褒められたリュウは表情を変えながら言う。


 「なんか凄い不思議な感じ。走っててぐわー! ってなるの!」

 

 興奮してゴウ相手なのに敬語が抜けている。

 

 「うん? オレには良く分からねぇな」

 「ケイは割と感覚で走るタイプだよねー」


 ライダー二人とミヤビたちが予選の結果に喜び、談笑している。

 その様子を俺はシヅと眺めていた。


 「二戦目はあんなだったけど調子良さそうね」

 「初勝利を飾るならここしかない。後、皆んな言うけど四位って全然悪くないからな?」

 「へぇ……そんなにここと相性良いんだ〜」

 「うお!?」


 突然背後から声を掛けられ、振り返れば幼馴染のモエが居た。


 「なんだよ。来てたのなら普通に声掛けろよ」

 「久しぶりにシンちゃんに会えたからちょっと驚かせたくなっちゃった」


 テヘッと笑うモエはキャストケットと眼鏡を装備している。

 普段はバイク系の動画投稿者をしていて、容姿もアイドル顔負けの可愛さを持っている為、注目を浴びないようにしているのだろう。

 可愛さ自体は隠し切れてないが、『投稿者のモエ』とバレないだけで騒がれる確率はグッと減る。

 実際、騒がれていない。


 「もうびっくりちゃったよ〜。シンちゃんが高校選手権出てるんだもん。ぼーっとテレビ見てたら帽子にサングラスなんてしてたし〜」

 「俺自身は出てないけどな」

 「そう言うササハラさんは出る気ないのかしら? 今は高校生でしょう?」

 

 シヅのそんな問い掛けにモエは笑って首を横に振った。


 「わたしは出ないよ。レースより公道をのんびり走るのが好きだからね」

 「現状はともかくあなたが出たら簡単に勝ってしまいそうね」

 「あれ? シンちゃんだけじゃなくてわたしのことも知ってるの?」

 「知ってるわよ。ミニバイク時代、シンが一度も勝てなかった相手だもの」

 「詳しいねぇ。ほんとにシンちゃんのファンなんだ」

 「懐かしいな」


 モエも俺に釣られて昔は一緒にミニバイクのレースに出ていた。

 成績はすこぶる良く、このラグナサーキットで俺が一度も勝てないくらいには速かった。

 ただ、本人がレースにハマらなかったのもあり、県外のレースは俺の応援をするだけだったから有名投稿者じゃないモエの顔を知っている人はかなり限られる。

 

 「ところでシンちゃんはアドバイスしなくて良いの?」

 

 Q2も終わり、本番が間もなく始まるのに駄弁りっぱなしな俺をモエが心配してくれる。


 「要らない。リュウは勝つさ」


 フリー走行とQ2を見て、確信した。

 間違いなくこのサーキットで最速はリュウだ。対抗馬はゴウで、ヨネミツには負けることはないだろう。

 詳しくは説明しなかったが、シヅとモエなら見てれば気付く。


 『さぁ、始まりました第三戦! 初ポールポジションを取ったOVERDOSEが良いスタートを切る!』


 それに続くのはやはりゴウ。その後ろにヨネミツ。

 リュウは順調に第一コーナーをトップで切り抜けた。


 「んんん? あんまり何かが変わったようには見えないけど?」


 モエが横で首を傾げる。


 「まあ待て」


 確かに現時点で変化は見られない。前までと同じようにロバーツ顔負けのフォームでコースを駆けて——駆けて——駆け抜ける。

 このサーキットで最も特徴的なのはコークスクリューと呼ばれる下り勾配だ。

 コークスクリュー手前は上り坂の為、先が見えない上に直ぐ様左右に体重移動しながら坂を下ると言う高難易度コース。

 普通なら転倒を恐れて速度を落としそうなものだが、


 「えっ?」

 

 誰の声かは分からないその声で俺の口角が上がる。

 リュウは本当のギリギリまで速度は落とさず、落としたと思ったら下り坂の勢いを利用して加速しながら一気にコークスクリューを下る。


 『うおおおお! 凄い速度でコークスクリューを乗り越えた! これには後続の二人も慌てて速度を上げるぞ!!』


 リュウの走りに実況席は大興奮。


 「ゴウ! 馬鹿! あの走り方じゃ危ない!」


 リュウに触発されて勢いを増すゴウを止める為か、シヅはサインボードの指示を出しに行ってしまった。


 「ねぇ、シンちゃん。ケイちゃんってあんな走り方だった?」


 モエがモニターを見たまま驚いたように口を開く。

 リュウの走りの端々にはロバーツっぽさが残っているが、前と比べてそれらは完全に形を潜めていた。

 きっとリュウの頭からロバーツのことは消え失せ、楽しさのまま感覚でマシンを操ってるに違いない。このサーキットは絶対に好きだろうと思っていた。


 「あれが本当の走りなんだよ。憧れるのは悪くない。でも同じやり方が必ず自分にも当てはまるとは限らない」


 バイクよりも他のスポーツが分かりやすいかも知れない。

 野球で同じ投げ方をする名投手はほぼ居ない。打撃も同様に、だ。

 テニスや卓球でもフォームはバラバラ、それでも強い。


 「最初、リュウは勝っても負けても楽しいと言った」


 だから俺は最初に勝ちを経験させて、ワイルドカードで負けの悔しさを知らしめた。

 悔しさからくる努力すらも楽しくしたリュウはみるみるうちに成長した。


 「後はロバーツの走りをするんじゃなく自分の走りを見つけることでリュウはライダーとして初めてスタートラインに立つ」

 「でもあの感じじゃ次のレースでも同じ走りをするかは分からないよね? 言ってあげないの?」


 モエの言う通り、今のリュウは楽しさで頭が支配されているからあの走りが出来ている。

 次のレースも同じくらいの楽しさが感じられるとは限らない。


 「でもそれはリュウ自身が気付かないといけないことだ」


 高校選手権を勝つだけなら言っても良い。だが、リュウはプロのライダーを目指すと言った。

 ならば将来のことを見据え、自分の重大な欠点に気付く能力は必要だ。

 リュウはロバーツを追い掛けるんじゃない。抜かさないといけないんだ。


 「あぁ! ツキマチさん!」

 「ゴウ!」

 『おっとぉ! ここで月待選手転倒! 米満選手が一気に龍崎選手へ詰め寄る!』


 シヅのサインボードも虚しくゴウは転倒。

 残り周回数も少なくなってきたところでヨネミツがリュウを抜かすが、コークスクリューに入った瞬間——花火のような歓声が上がった。


 「うわぁ! 凄い凄い!」


 危険な下り勾配の途中だと言うのにダートを突っ切ってショートカットするリュウ。リアが滑ってもお構いなしだ。

 これにはモエも大興奮し、手を叩く。

 どれだけヨネミツが喰らい付いてもコークスクリューで離される。 

 ラストラップ。


 「行け! 行けえええ! ケイ!」

 「先輩! 頑張れぇ!」

 「「「ケイちゃあああん!!!」」」


 観客席に続き、こちらのピットも熱気を増していく。

 前二人が速過ぎる所為で後続は置いてけぼり、観客や実況の注目はトップ争いだけに引き込まれている。

 最後もやはりトップに立ったヨネミツはコークスクリューで抜かれ、慌ててアクセルを捻るが。


 「ぁ」


 モエが小さく声を出す。


 「あれじゃオーバースピードだ」


 ブレーキングが間に合わず、コース外に出たヨネミツはバランスを崩して転倒。

 立ちごけっぽい様子で直ぐに引き起こし、コースに戻る。

 だが、前との距離はどうしようもなく——


 『なんと! なんと! 第三戦は新星OVEDOSEの龍崎選手が初のポールトゥウィンを飾ったあああああ!』


 モニターでは拳を何度も何度も振るリュウの姿が映っている。

 実況と解説も盛り上がっているようだが、ピットの中が歓喜の嵐に包まれている影響で全く聞こえない。

 聞こえなくても良い。

 今は俺もこの喜びをみんなと分かち合いたかった。


 「よっしゃああああああああ!」


 叫びながら俺はモエと抱き合い、その後、帰ってきたゴウを交えて大はしゃぎした。

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