第20話「監督エアプ」


 2戦目は4位と表彰台を逃してしまったが、上位なことに変わりはない。開幕戦の2位も合わせて調子は悪くない。寧ろ良い。

 突如立ち上げられた部活の好成績は見事に広まり、リュウに新たな視点からのファンが増え、バイクへの印象も少なからず和らいでいる。

 バイクのマイナスイメージな偏見は嫌いだから嬉しいことだった。

 しかし、有名になればそれなりに面倒事も増える。


 「なぁなぁカワラギ。頼むってぇ」


 2年に上がってもクラスが一緒だったミヤビと、クラスが変わっても休み時間になれば俺たちの教室に入り浸っているテツと話していれば後ろから声を掛けられた。

 ここ最近で嫌になる程聞いた声。どうせ話の内容も同じだ。

 

 「今ミヤビちゃんと喋ってんだよ。邪魔すんじゃねぇこのボケナス」

 

 しつこ過ぎてテツですらこの有様である。


 「はぁ、また来たよ。なんとかしてよー、監督ぅー」

 「拒否と言う対応をこれまで何度も取ってきたはずなんだけどな」

 

 言い寄ってくる男の名はヨシダ。レースの結果を聞きつけてからバイク部に入れてくれ入れてくれとうるさい厄介者のクラスメイトだ。

 ミヤビがこんな雑な扱いをするのはヨネミツとこいつくらいだろう。

 

 「だからさ。俺が部に入れば少しは手伝えることだってあるだろ?」

 「ない」

 「ないよねー」


 俺がキッパリと言い張り、続いてミヤビは窓の外を眺めながら軽く言う。

 レース本番以外でやることは俺とレン中心で回しているし、本番はシヅたちが手伝ってくれる。

 そもそも手伝えることを把握してない時点でお察しだ。少しは手伝うつもりなら少しのリサーチくらいしてこい。

 役立たずを迎え入れる必要性は皆無である。

 

 「レースの知識も経験もない奴なんか今更要らない」

 「なんだよ。経験に関してはカワラギだってないじゃんか。ちょっとバイク乗ってるってだけで」

 「じゃあヨシダ君はケイを予選突破から初戦2位まで導けた? あんなのこの学校じゃシンにしか出来なかったよきっと」

 

 リュウのトレーニングをずっと見続けてきたミヤビの槍のような発言。

 ヨシダは対抗する武器も、防ぐ盾も持ち合わせているはずもなく顔を歪めて黙り込んだ。

 なんだかそう言われるとちょっと照れる。


 「ミヤビのおかげもある。あんなコース持ってるとは思わなかった」

 「何よりはケイの努力」

 「だな。そう言うことだ。諦めな」

 「ちっ、違うんだよ。そう言うことじゃなくてだな……俺にも出来ることが——」

 「しつこい」


 ヨシダが喋っている途中で切り捨てる。

 そう言うことじゃないのならなんだ? 初めにレース経験の話を出したのはお前だぞ。

 それにリュウたちが知らないだけでレース経験はある。知識も同様に、だ。

 俺の我慢にだって限界がある。

 ヨシダが次の方便を模索するより先に畳み掛ける。


 「そもそもお前の目的はレースじゃなくてリュウに近付きたいだけだろ。そんなことの為に入れる訳ないだろうが。普通に話に行けよ」

 「ケイちゃんなら誰が相手でも優しく接してくれるぞ」

 「ケイも厄介ファンが付くようになったかー」

 

 どちらかと言えば俺に厄介が降り注いでたけど。


 「お、俺は本当にリュウザキさんを——」

 「おーっす。授業の準備しろー! 深作はそろそろ自分の教室戻れー!」

 「はーい。じゃあなーミヤビちゃん。あ、シンも」

 「さっさと戻れ」


 しっしっとテツを追い払うと、またもや言葉を遮られたヨシダも悔しそうに自席へ戻る。

 

 「これで諦めてくれれば最高だね」

 「何がどう転んでも受け入れることはないから安心しろ」

 「お、そう言えば瓦木と安喰はバイク部だったな。凄いな。いきなり好成績を出してるって結城先生が嬉しそうに話していたぞ」


 世界史の先生が話を俺たちに振るので注目を浴びてしまった。

 ミヤビがなんか返してあげなよ、と視線を向けてくるのでそれとなく返答を考える。


 「初戦はなんとか。この前はちょっと落ちちゃいました」

 「それでも凄いのは変わりないさ。いやぁ、バイク良いよなぁ。自分も高校の時は祖父さんの勝手に乗り回してたぞ」

 「勝手に乗り回してたんですか……」


 隠れて煙草や酒をやるよりは可愛らしい……のか? まあ高校生っぽい遊びだ。


 「GT50って結構古いバイクなんだけど知ってるか?」

 「知ってる! スズキのバイクですよね!」

 

 俺より先にヨシダが答え、してやったりと俺を見てくるが。


 「ヤマハだ間抜け」

 「はっ?」


 スズキにはGT750やGT380があるからその原付版だと勘違いしたんだろう。

 残念ながらGT50はヤマハのトレールバイクだ。


 「瓦木は流石だな。まあサンパチは有名だから今の子たちが間違うのも無理はない」


 先生は優しくフォローをするが、さっきの会話の後だったヨシダは逆にそれが辛そうだった。

 唇を噛みながら俺を恨むような目で見つめてくる。

 同情は全く湧いてこない。

 俺とミヤビで目を合わせ、息を吐いた。



 あれからヨシダは言い寄ってこなくなったが、それよりも重要な問題がある。

 最初に相談を持ち掛けてきたのはレンだった。


 「リュウが変か」

 「割と普段から独特な雰囲気だけどねー」

 

 レンがリュウの様子が変だと言うのでミヤビと何故かテツも引き連れてリュウの様子を見に行くことにした。

 昼休みの廊下は賑やかで、4人でぞろぞろ歩いていても気に留める奴は居ない。

 

 「何時から変なんだ?」

 「2戦目が終わった少し後からです」

 「確かに話しかけても精神がどっか抜け落ちちゃってんのかって思うくらいに上の空なことが多かったかもしれない」

 

 同じクラスのテツもリュウの異変を感じ取っていたらしい。

 思い当たる節としては前回、表彰台を逃したことである。だが、その件に関してはしっかりと対処を取った。

 トレーニングも特に問題がないように見えたが。


 「なんだろうね。お腹でも空いてるのかな。寝不足とか?」

 「ミヤビじゃあるまいし。怪我……でもないはずだ」


 部活動の危険さから定期的に保険室の先生や、一緒になる時であればシヅにも診て貰っている。

 こう見るとシヅはレースに必要なことに精通し過ぎている気がする。

 

 「リュウザキ先輩は怪我したら隠すような人でもないですし」

 「ともかく見てみろって。オレに任せろ!」

 「あ、おい」


 止める暇もなく、テツが教室に飛び込んでいく。なので俺たちは後ろの入り口から顔を出し、様子を見てみることにする。

 リュウは窓の外を眺めながら咥えたお菓子を人差し指で押し込んでポリポリ食べ進めていた。空を見てるだけあって本当に上の空だ。

 普段から何を考えてるのか分からないが、更に拍車が掛かっている。

 逆に何も考えていないのだろうか。


 「ケイちゃーん! おっす! 昼飯お菓子だけで大丈夫かー!」

 「あっ、うん! 美味しいから大丈夫だよ! っじゃなくて……次のレースでもなくて、あれ? えっと」

 

 声もおぼろげに聞こえてくるし、この距離からでもしどろもどろになってるのが分かる。

 ほらな、とテツがこちらを見ている。

 これは重症だな。

 一先ず、俺たちはリュウの異変の原因を考える為に屋上へと移動した。


 「んー……どうしたもんか」

 「あれじゃ部活にも影響しそうだねー」


 フェンスに体を預けてミヤビと空を仰ぐ。

 雲が散りばめられているが実に綺麗な空だ。晴天だったり曇天だったり、雨が降ったり……と、空の気分は分かりやすくて良いな。

 でも分かりやすいのはリュウも一緒か。

 違うのはその気分を外部からどうにか出来たりすることだ。


 「気分の分かりやすさはともかく原因までは分からんなぁ……」

 「本当に知らないの? 確定情報じゃなくてもなんとなくーみたいな?」

 

 なんとなく……なんとなくと言われても思い当たる節はない。

 日常生活はクラスが違うから分からない。少なくともテツの話では上の空になっていること以外いつも通りらしい。

 レースに関しても2位からの4位だから別に悪くない。

 ……。

 ………。


 「……?」


 さっぱり分からず首を捻る。


 「監督、しっかりして下さい」

 「しっかりのしようがないだろ!?」

 「監督なら選手の心くらい読まないと」

 「出来るかそんなこと。言ってくれないと分かんねーよ」


 ミヤビの冗談を軽く受け流して、次は2人に聞いてみる。


 「「……?」」

 「俺と一緒じゃねーか。最近は俺よりリュウのサポートしてるマネージャーしっかりしてくれよー」

 「うっ……でもカワラギ先輩よりは先に気付きましたもん!」

 「ケイは悩みとか抱えなさそうに見えるからどうしても気付けないのよねー。隠すのが上手いって言うか。誰かに言われないと気付けないって言うかー」

 

 ミヤビの言う通りだった。

 リュウはいっつもテンションや明るさが変わらない為、悩みを抱えているかが分かり難い。その代わり嘘は直ぐに分かる。

 

 「でもさ、レースがどうとか口走ってたよね。じゃあやっぱりレースのことが不安なんじゃないのー?」

 「2戦目の後、本当に何もなかったんですか?」

 「なくはなかった。でもあれか? 違うと思うんだけどな」

 

 ぼそっと呟くと、2人が俺にグッと近寄ってくる。


 「その話、詳しく」

 「詳しく聞かせてください」

 「なんでそんなに食い付くんだ。まるで俺が悪いみたいじゃあないか」

 「その可能性があるからに決まってるじゃない。ほら、早く話しなさいよ」

 「分かったよ。あれは——」


 あれは、丁度2戦目が終わった後のこと。

 シヅやレンたちに片付けを任せてぼーっとサーキットを眺めていた時、後ろからリュウが声を掛けてきた。


 『あの、シン君? ちょっと良い?』


 初戦で表彰台に乗り、レースを楽しむリュウにしては珍しくか細い声だった。

 振り返れば、まるで捨てられた子犬のように眉を垂らし、不安が服を着ているみたいなリュウが居た。

 俺はそこで察した。

 きっとリュウは前回の結果がまぐれだと不安になってるのではないか、と。もしくは俺たちの見えないところであの馬鹿にまた何か言われたんじゃないか、と。

 最初は明るいんだと思っていたが、リュウのメンタルは意外と弱めだ。特に言われたことを引き摺るタイプの癖に無理矢理隠そうとするきらいがある。

 ならば! こちらも言葉で対応すれば良いだけの話だ!


 『大丈夫だ。リュウは速い。俺を信じろ』


 そう言ってやった訳だ……が、ミヤビとレンの視線が痛い。

 

 「先輩……いや、カワラギさん……それ本気ですか?」

 「えっ?」


 あれ? なんかレンと心の距離が離れた気がする。

 救いの手を取ろうとミヤビを見るが。


 「監督エアプ」

 「はぁっ!?」


 選手でやってたからそりゃそうだけど! 監督なんかやるのは初めてだけど!

 ミヤビのは短い言葉で普通に悪口だから余計にグサッとくる。

 

 「何が悪いってんだよ!? 選手の不安の取り除こうとしたのは正解だろ!?」

 「リュウザキ先輩は自分から声を掛けてきたんですよね? それなら詳しく話を聞いてから安心させるのが定石だと思います」

 「そりゃシンが言うんだから間違いないんだろうけどさー。具体的な悩みは何も解決してないのが悪い。悪過ぎる」

 「うっ……」


 尤もなご指摘である。

 あんな顔をしてたのはただ自信がないとか、ヨネミツに何か言われたとかじゃなく、あのサーキットで思うように走れなかったのが原因だったのか?

 それならちゃんと話を聞いておくべきだった。

 1人で反省会を行う。するとミヤビが優しい口調に変わった。


 「シンはあの順位の理由が分かってるんでしょ?」

 「うん? あぁ、あのサーキットはそもそもコースの幅が狭いから追い抜きが難しい。抜かそうとしてラインを外すと逆にロスる。リュウなら路面が滑り易いのはそこまで苦じゃないけど焦ればそれなりに影響が出てたな」

 「「……」」

 「予選で前の方のグリッド取って逃げ切りが最適解なんだよ。今のリュウにはちょっと難しいコースだった。経験不足ってやつだ。まあ4位は正直凄いと思うぞ」

 「それを本人に言ってあげなさいよ!」

 「しっかりして下さい!!」

 「はい……すみませんでした」


 監督業に限った話じゃないが、他人が絡むと意思の疎通が難しい。まだまだ学ぶことは沢山ありそうだ。

 屋上で2人にこってり絞られた後、俺は1人、パックのジュースを飲んでいた。

 来た時と同じくフェンスに体を預けて右手のスマホを見る。


 「次のレースは静岡か。これなら初優勝狙えるな」


 去年は実家に戻ってないから久しぶりの静岡だ。

 実家に顔を出しに行っても……やっぱ面倒だな。気が向いたら行くとしよう。

 スマホのメモを眺めながら次のトレーニングを考える。

 その時、いきなり着信画面に切り替わった。


 「うお、びっくりした。誰だこんな時に」


 着信者の名前は篠原萌ササハラモエ。 

 静岡に住む幼馴染からの着信だった。

 これは……うーん、またピットが騒がしくなりそうだ。

 

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